その③

文字数 3,126文字

「もうかくれんぼは終いだ、綹羅!」

 サンはそう叫ぶと、プラズマを適当な方向に飛ばした。それは今度は直進せず、宙で曲がって綹羅が隠れている瓦礫に当たった。あまり大きなプラズマではなかったので、瓦礫は一部が黒く焦げただけに終わったが、

「そこだな!」

 サンが真っ直ぐ向かい、拳で瓦礫の山を粉砕。綹羅の姿を発見した。

「何故バレた!」
「いいことを教えてやろう。私のプラズマはな、相手を追尾することもできる! たとえ私がお前を見失っていたとしても、だ!」

 こちらは原理がハッキリしており、相手の魂の波動をプラズマは追う。だが、大雑把な動きしかできないので、障害物を避けたりはできないのだ。

「そ、それじゃあ最初から隠れても無駄だったってことか…!」
「そうだ。お前がどんな面白い手法を用いるかを期待していたのだが、あれしかできないとはとんだ骨折り損だ。もう一気に勝負を決めてやる」

 その言葉に怖気づかない綹羅。

(まだ、負けたわけじゃない! できることはまだある!)

 希望は捨てない。だから抗って見せる。

「うむ?」

 サンの腕に植物を生やした。そのつるは綹羅の方に伸び、そしてそれを掴んで一気に引っ張る。つるは抜けずにサンの体が引っ張られた。

「コイツ…無駄に足掻くか!」

 そして、それが無意味な行動でないことを教える。つるをちょっと千切った。すると、

「う? 痛みが?」
「そうだぜ! お前の体から生えた植物が傷つけば、それをお前が味わうことになる! これでお前の体を縛ればまだ勝負は見えないだろう!」

 一瞬、サンの表情が崩れた。その隙を綹羅は見逃さず、自分の肩に葉っぱを生やして光合成をしながら、つるを掴んで思いっきり振り回す。

「ぬうう、やるな…っ!」

 手を放して瓦礫にサンの体を叩きつけた。

「どうだ? これでもお前が優勢かよ?」

 しかし、何もなかったかのように立ち上がるサン。

「確かにこれには驚きを隠せない。だがな、お前の負けは変わらないのだぞ! この植物、千切ることはできそうにないなら、燃やしてしまえばいい」

 と言い、プラズマで焼き払う。そのダメージはサンにもちろん返ってくる。

「ぬうっ……!」

 結構な痛みを感じている様子。現に足が後ろに下がった。

(これでなら勝負ができる!)

 綹羅はそう感じた。今の距離では生やすことはできないので、もう一度近づくか、向こうから距離を詰めてくるか…。そのどちらでもいい、サンに植物さえ生やすことができれば、十分に勝てる。


「しかし綹羅……地味だな」
「ん? 何だいきなり…?」

 唐突にサンは語り出した。

「管制室に残された情報によれば、お前にはキメラ植物を生み出すことができるはずだが? それをしないで戦うのか」
「キメラ植物? 何だそれは?」
「とぼけるなよ? 私は知っている。地球上には存在しない植物を生み出すことで、相手を攻撃する。お前はそれで勇宇を仕留め、泰三にも大打撃を与えた、違うか?」

 それを聞いた瞬間、綹羅は、

「な、何を言っているんだ! どうして泰三たちが出てくる?」
「簡単だ。お前は一時期…と言っても本当に短い間だったが、シャイニングアイランド側についた! そして勇宇と泰三の二人と対峙し、彼らを痛めつけたのだ」
「そんな嘘に惑わされるか!」
「嘘ではない。お前は環が死んだと間違え、堕ちた……」

 聞いていることが我慢できなくなった綹羅は、サンに攻撃を仕掛ける。だが、避けられた。

「動揺しているぞ、お前! もしや心当たりがあるのではないか? その様子では記憶にはないのだろう? しかし、思い当たることがある……間違いないな。そうだ、『太陽の眷属』との戦闘データを見せてもらったが、その日に泰三と勇宇がいなかったのはどうしてかな? そしてお前には、その前の日の記憶があるか?」
「あるさ! 百深たちと戦う前の日のだろ!」

 叫んだまではいい。だが、図星。全く思い出せないのだ。

「…………あれ、おかしい、ぞ? 俺はあの日、何をして…?」
「さらにその前日! お前はプレリュードと戦った。それは私も確認しているが、その後のことはどうかな?」
「プレリュードとの、戦いの後?」

 あれは結構な死闘だった。だから綹羅は鮮明に覚えている。その後に百深たちの裏切りが発覚し、直希によって環が吹き飛ばされて……。

「………え?」

 その先の記憶がないのだ。

「そう! お前がシャイニングアイランドに寝返り! そして二人を傷つけた! これは覆しようのない事実!」
「う、嘘だ! 俺が泰三たちを……泰三たちと戦う理由がない!」
「フフフ…あるのだよ。お前は血に染まるつもりだったのだ。環が自分のせいで死んで、それを忘れることができず、かと言って日常に戻ることもできない。お前の心は振り子のように揺れ、そして負に染まった」

 サンはそのことを淡々と述べる。綹羅は首を振って否定するが、

(本当に俺が二人を?)

 一度その発想が生じてしまうと、草木のようにドンドン育ってしまう。

(まさか、だから陵湖たちは泰三と勇宇のあの時の怪我について俺に何も教えてくれなかったのか? 俺が二人をやったから?)

 そして、点と点が線で結ばれる。こうなると疑念の芽はもう、花を咲かせる段階にまで育った。

(これでいい…)

 一方のサンは、かなり冷静だ。綹羅の心は完全に平常を失っている。これではまともに神通力を使うことはおろか、動くことすらできない。もう一押しする。

「後ろにいる環に聞いてみてはどうだ? 何か知っているかもしれないぞ?」

 綹羅は、素直に環の方を向いた。この時の彼は完全に手足が震えており、動揺しているのは火を見るよりも明らか。しかもまずいことに、環は綹羅がシャイニングアイランドで行方不明になったことを知っているし、泰三と勇宇が彼と戦ってかなりのダメージを受けたことを美織から聞いている。

「環…。俺は、どうなんだ? アイツの言っていることは本当なのか? なあ、答えてくれよ…」

 弱々しい声だ。

(勝ったな…)

 サンは勝利を確信する。環の返事を聞いたら、綹羅は絶対に頭を抱えるか跪くかのどちらか。その動きで隙が生まれ、そしたらプラズマで焼き払うだけだ。
 しかし、環は立ち上がって叫ぶ。

「綹羅! 今そんなことはどうでもいいよ!」

 環の返答には、綹羅だけではなくサンも驚いた。

「何?」
「え、どういう意味だよ、それ……」
「私は、ハッキリとこの目で見たわけじゃない。だから断言はできないけど、人は誰でも道を誤ることあるって! それに私のために神通力者と戦ってくれた綹羅の行いが、間違っているわけないよ! 負を感じてしまったことは多分本当なんだろうけど、それがどうしたのさ! 泰三も勇宇も、綹羅のことを責めたりしてない。ってことは、過ぎ去ったことは水に流してくれたんだ。だから綹羅がまた悩む必要はないんだよ!」

 彼女の言葉には、正の温もりがあった。それは綹羅の心に再び根付こうとした負を、払いのけるほどに強力。

「今重要なのは、負に染め上げようとしたシャイニングアイランドとの因縁に決着をつけること…目の前のサンに勝つことだよ! だから昔のことなんて今は、いや今以降もどうだっていい。前に進むのに、後ろを見る必要がある? 綹羅、草木は地面を見ながら育たない。常に明るい太陽を目指している!」
「………」

 ほんの少し、沈黙がこの場を支配した。
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