その④
文字数 3,641文字
気がつけば、空を覆う雲は去っていた。まるで太陽が、二人の戦いの行く末を見たいと言わんばかりに顔を出している。
(ちょっと不利だ…)
泰三は自分を照らす日光の熱を感じると、そう思った。今の状況では綹羅が簡単に光合成を行えてしまう。それはさっき体験したように、危険。だがその壁を打ち破らなければいけないのだ。
「貴様から来ないのなら、こちらから行かせてもらおう」
綹羅が先に動くことを宣言した。が、その言葉に反して前に出ようとしない。
(いいや、これは!)
何かある。泰三の本能がそう叫んだ。だから彼は横に飛んだ。するとさっきまで立っていた地面の下から、植物が芽を出した。瞬時に樹木に育つと、泰三目掛けて倒れる。
「速い…! だが…」
倒れてくる大木に対し、泰三は水をバスケットボール大の球にして撃ち込む。それが命中すると、木ははじけ飛んだ。
「どうだ綹羅! これでもお前が完全に上だと言えるか!」
「ほう。だがこんなことで誇らしげになるとは、貴様は二流だな」
直後に泰三の足元に、植物が生える。図鑑には載っていない形状…間違いなくキメラ植物だ。
「その毒矢に耐えられるか…! 撃ち出せ!」
開花と同時に、花の中央にビッシリと並んだトゲが顔を覗かせる。狙いを泰三に定めており、彼が動けば花はその動きを正確に追うのだ。
「こ、これは勇宇がやられた……!」
喋っている暇はない。トゲが一発発射される。泰三は水を噴射しその軌道を曲げた。ミサイルのように追尾はできないのか、そのトゲは地面に突き刺さる。
「地面の舗装が溶けた? そんな強力な毒を…?」
刺さると同時に、瞬時に泥と化すアスファルト。
(元々金属すらも溶かせる酸を分泌できる植物なんだ……。この程度の毒はあってもおかしくはない。だが、これは一発もくらってはいけない!)
二発目以降は、一気に連射される。
「うぬおおおあああああ!」
被弾は即、死を意味する。この毒のトゲを泰三は水を出して必死に捌く。幸いにも、勢いは殺すことができるので、後は数が問題だ。
「終わったな…」
綹羅がそう呟いた。そして次の瞬間、泰三の背中に衝撃が走った。
「うぐえっ! さ、刺さった? 馬鹿な?」
間違いない。鋭い針が肉に刺さる感覚だ。当たった部分が異様に熱を帯びている。
「ま、まさか……。これは、囮…!」
後ろを向くと、目の前に咲いているのと同じ花がある。綹羅は既に二輪目の花を用意していたのだ。
(ど、毒が……! 俺の体に…!)
何かが体の中に入ってくる感覚を味わったわけではないが、泰三にはわかる。間違いなく注入された。どんな性質かわからぬ毒が。膝が崩れて、彼の体は地面に倒れた。
「貴様はここまでだ」
綹羅はそう言うと、陵湖たちの方を見た。彼の中では、完全に泰三を仕留めたことになっている。
「いや……まだだ!」
ここで泰三は最後の悪あがきに出る。起き上がると同時に水で槍を作り、綹羅の方に一歩踏み出す。
「しぶといな、その姿勢だけは褒めてやろう。だが今ので貴様の勝ち目は完全に潰えた。何をやっても、もう無意味だ。貴様に残されたのは一瞬の死と、永遠の忘却のみ」
「まだ終わっていない! 俺は必ずお前を連れ戻す!」
そして駆ける。だがその動きは、鈍い。毒が回りつつある証拠だ。対面している綹羅からすれば、用意に先の読める動き。
「フンっ!」
綹羅を包むように、植物の根が彼の周りに生える。これで防御は完璧。何故なら相手の泰三の水は、根が全て吸い取ってくれるから。
「な、何だと?」
しかし、信じられないことが起きた。泰三の放った水を浴びると、急激に根は枯れ始めるのだ。
「予想外だろう…? 昔、植物を育てていた時に起きたことがある………」
泰三は水に細工をした。水の中に含まれるミネラル成分を大幅に増量したのだ。通常、植物を育てる場合は軟水が好ましく、硬水を与えるとミネラルが過剰になって枯れることがあるのだ。彼は幼少時代の経験から、それを考え実行した。
「植物がこの水を吸い取れても、枯れる!」
それこそが、泰三が見抜いた綹羅の弱点。攻撃に対する動きは単純で、身代わりとなる植物でガードするだけ。だからその植物さえどうにかどかしてしまえば、綹羅を直接叩くチャンスが生まれるのだ。
「そして!」
綹羅はすぐに火炎放射できる花を生み出そうとした。だがその花びらが開くよりも、泰三の水の槍の方がわずかに速かった。
「心を、貫けええええええ!」
「ぬごわぁっ!」
突き刺さった。水の槍が、綹羅の心に。物理的な破壊をもたらせるほど、この槍は強くはない。だから泰三は心に攻撃することを選んだ。負に染まった心を洗い流すことができれば、綹羅を取り戻せるかもしれない。泰三の手は綹羅の左胸にぶつかった。
「き、貴様…! だが!」
「ううううおおおりゃああああああああああああああああああああ!」
そして、次に泰三は最後の作戦を実行に移す。心の浄化にはこれが必要と考えているのだ。
「が、はあっ!」
瞬間、綹羅の胸と泰三の手の間から、赤い水が噴いた。それは間違いなく、血である。それを見た綹羅の目は焦点がぶれているのか揺れ、そしてすぐに瞼が閉じて体が崩れた。
「よ、よし…………」
綹羅は、自分の胸に槍が突き刺さったと錯覚している。そして噴き出した血を見れば、自分がやられたと理解するはず。しかし実際に噴き出していたのは、泰三の血液である。手から自分の血を出し、水を操る神通力でわざとらしく盛大に噴水させたのだ。水をプラスして量を水増ししてもいた。
だがその血しぶきとともに確実に、綹羅の負の心は砕け散ったのだ。
「俺が、立っているぞ……。綹羅……」
泰三はこの死闘を制した。制すると同時に、体に限界が来る。彼の体もまた、地面にバタリと倒れる。
「泰三!」
陵湖たちは彼の元に駆け付けた。
「……大丈夫だわ、心臓はまだ動いている」
美織がそれを確認した。
「でも、綹羅の方は?」
絢嘉が駆け寄ると、そちらも動く様子はないが、生きている。
「すぐに運び出しましょう。私の父のホテルに!」
陵湖たちは綹羅と泰三と勇宇の体を担いで、シャイニングアイランドの柵を越えて園内を出た。
「う、うう…ん…」
綹羅は目を覚ました。
「だ、大丈夫?」
目の前には、環がいる。
「た、環…さん?」
信じられない光景を見たかのように彼は驚いた。そして環も彼の体を抱きしめる。
「呼び捨てでもいいよ、綹羅!」
その行為に、綹羅の頬が少し赤くなった。だが、それよりも重要なことがあるはず。そう思って聞く。
「ここは、どこなんだ? 俺はシャイニングアイランドにいたはずじゃ……?」
環は一度離れると、
「ねえ、どこから覚えてる?」
「んーっと、確か、百深たちが裏切って……。その後は何も…」
「ああ、話に聞いた『太陽の眷属』だね…。まさか四人がシャイニングアイランドに寝返っていたとは私も予想外だよ…」
綹羅が目を覚ましたのを知って、陵湖や絢嘉、美織もその部屋に入ってくる。
「泰三と勇宇は?」
「あなた、何も覚えてないのね……。二人は今はちょっと、話せる状態じゃないわ。でも心配しないで。無事よ」
美織は言葉を濁した。本当は綹羅にやられたのだが、それを今、話せる状態ではないのだ。だからシャイニングアイランドと戦い、負傷したとだけ言っておく。
「そうなのか………」
綹羅は、自分がその戦いに加勢できなかったことを悔やんだ。記憶がないために、こういうことが起きてしまう。しかし四人は呆れたりしない。綹羅もシャイニングアイランドが生んだ被害者の一人なのだから。
「ねえ環、ちょっと協力してくれない?」
陵湖が環に頼んだ。
「いいけど、何を?」
「私たちは落とし前をつけたいんだ。『太陽の眷属』と!」
陵湖たちは、自分たちを裏切った百深らを決して許したりはしない。特に美織、
「直希のヤツ、どこまでも最低…。こうなったら…」
怒りを露わにしている。彼女たちは『太陽の眷属』と再戦するにあたり、環を戦力に加えようと思っているのだ。一度戦った感触では、互角だった。だから次戦では、相手の予想を裏切る人材が欲しい。
「俺にも行かせてくれ!」
綹羅も名乗り出た。
「何言ってるの? あなたはまだ寝てなさい! 昨日ここに運び込んで、それで次の日に出動できる人間がいる?」
彼女の言葉は正しい。今日はあの、泰三との死闘からまだ一日しか経過していないのだ。
「行くさ、俺は! 俺の目の前で裏切りを宣言した百深たちは、俺も許せないんだ…!」
(ちょっと不利だ…)
泰三は自分を照らす日光の熱を感じると、そう思った。今の状況では綹羅が簡単に光合成を行えてしまう。それはさっき体験したように、危険。だがその壁を打ち破らなければいけないのだ。
「貴様から来ないのなら、こちらから行かせてもらおう」
綹羅が先に動くことを宣言した。が、その言葉に反して前に出ようとしない。
(いいや、これは!)
何かある。泰三の本能がそう叫んだ。だから彼は横に飛んだ。するとさっきまで立っていた地面の下から、植物が芽を出した。瞬時に樹木に育つと、泰三目掛けて倒れる。
「速い…! だが…」
倒れてくる大木に対し、泰三は水をバスケットボール大の球にして撃ち込む。それが命中すると、木ははじけ飛んだ。
「どうだ綹羅! これでもお前が完全に上だと言えるか!」
「ほう。だがこんなことで誇らしげになるとは、貴様は二流だな」
直後に泰三の足元に、植物が生える。図鑑には載っていない形状…間違いなくキメラ植物だ。
「その毒矢に耐えられるか…! 撃ち出せ!」
開花と同時に、花の中央にビッシリと並んだトゲが顔を覗かせる。狙いを泰三に定めており、彼が動けば花はその動きを正確に追うのだ。
「こ、これは勇宇がやられた……!」
喋っている暇はない。トゲが一発発射される。泰三は水を噴射しその軌道を曲げた。ミサイルのように追尾はできないのか、そのトゲは地面に突き刺さる。
「地面の舗装が溶けた? そんな強力な毒を…?」
刺さると同時に、瞬時に泥と化すアスファルト。
(元々金属すらも溶かせる酸を分泌できる植物なんだ……。この程度の毒はあってもおかしくはない。だが、これは一発もくらってはいけない!)
二発目以降は、一気に連射される。
「うぬおおおあああああ!」
被弾は即、死を意味する。この毒のトゲを泰三は水を出して必死に捌く。幸いにも、勢いは殺すことができるので、後は数が問題だ。
「終わったな…」
綹羅がそう呟いた。そして次の瞬間、泰三の背中に衝撃が走った。
「うぐえっ! さ、刺さった? 馬鹿な?」
間違いない。鋭い針が肉に刺さる感覚だ。当たった部分が異様に熱を帯びている。
「ま、まさか……。これは、囮…!」
後ろを向くと、目の前に咲いているのと同じ花がある。綹羅は既に二輪目の花を用意していたのだ。
(ど、毒が……! 俺の体に…!)
何かが体の中に入ってくる感覚を味わったわけではないが、泰三にはわかる。間違いなく注入された。どんな性質かわからぬ毒が。膝が崩れて、彼の体は地面に倒れた。
「貴様はここまでだ」
綹羅はそう言うと、陵湖たちの方を見た。彼の中では、完全に泰三を仕留めたことになっている。
「いや……まだだ!」
ここで泰三は最後の悪あがきに出る。起き上がると同時に水で槍を作り、綹羅の方に一歩踏み出す。
「しぶといな、その姿勢だけは褒めてやろう。だが今ので貴様の勝ち目は完全に潰えた。何をやっても、もう無意味だ。貴様に残されたのは一瞬の死と、永遠の忘却のみ」
「まだ終わっていない! 俺は必ずお前を連れ戻す!」
そして駆ける。だがその動きは、鈍い。毒が回りつつある証拠だ。対面している綹羅からすれば、用意に先の読める動き。
「フンっ!」
綹羅を包むように、植物の根が彼の周りに生える。これで防御は完璧。何故なら相手の泰三の水は、根が全て吸い取ってくれるから。
「な、何だと?」
しかし、信じられないことが起きた。泰三の放った水を浴びると、急激に根は枯れ始めるのだ。
「予想外だろう…? 昔、植物を育てていた時に起きたことがある………」
泰三は水に細工をした。水の中に含まれるミネラル成分を大幅に増量したのだ。通常、植物を育てる場合は軟水が好ましく、硬水を与えるとミネラルが過剰になって枯れることがあるのだ。彼は幼少時代の経験から、それを考え実行した。
「植物がこの水を吸い取れても、枯れる!」
それこそが、泰三が見抜いた綹羅の弱点。攻撃に対する動きは単純で、身代わりとなる植物でガードするだけ。だからその植物さえどうにかどかしてしまえば、綹羅を直接叩くチャンスが生まれるのだ。
「そして!」
綹羅はすぐに火炎放射できる花を生み出そうとした。だがその花びらが開くよりも、泰三の水の槍の方がわずかに速かった。
「心を、貫けええええええ!」
「ぬごわぁっ!」
突き刺さった。水の槍が、綹羅の心に。物理的な破壊をもたらせるほど、この槍は強くはない。だから泰三は心に攻撃することを選んだ。負に染まった心を洗い流すことができれば、綹羅を取り戻せるかもしれない。泰三の手は綹羅の左胸にぶつかった。
「き、貴様…! だが!」
「ううううおおおりゃああああああああああああああああああああ!」
そして、次に泰三は最後の作戦を実行に移す。心の浄化にはこれが必要と考えているのだ。
「が、はあっ!」
瞬間、綹羅の胸と泰三の手の間から、赤い水が噴いた。それは間違いなく、血である。それを見た綹羅の目は焦点がぶれているのか揺れ、そしてすぐに瞼が閉じて体が崩れた。
「よ、よし…………」
綹羅は、自分の胸に槍が突き刺さったと錯覚している。そして噴き出した血を見れば、自分がやられたと理解するはず。しかし実際に噴き出していたのは、泰三の血液である。手から自分の血を出し、水を操る神通力でわざとらしく盛大に噴水させたのだ。水をプラスして量を水増ししてもいた。
だがその血しぶきとともに確実に、綹羅の負の心は砕け散ったのだ。
「俺が、立っているぞ……。綹羅……」
泰三はこの死闘を制した。制すると同時に、体に限界が来る。彼の体もまた、地面にバタリと倒れる。
「泰三!」
陵湖たちは彼の元に駆け付けた。
「……大丈夫だわ、心臓はまだ動いている」
美織がそれを確認した。
「でも、綹羅の方は?」
絢嘉が駆け寄ると、そちらも動く様子はないが、生きている。
「すぐに運び出しましょう。私の父のホテルに!」
陵湖たちは綹羅と泰三と勇宇の体を担いで、シャイニングアイランドの柵を越えて園内を出た。
「う、うう…ん…」
綹羅は目を覚ました。
「だ、大丈夫?」
目の前には、環がいる。
「た、環…さん?」
信じられない光景を見たかのように彼は驚いた。そして環も彼の体を抱きしめる。
「呼び捨てでもいいよ、綹羅!」
その行為に、綹羅の頬が少し赤くなった。だが、それよりも重要なことがあるはず。そう思って聞く。
「ここは、どこなんだ? 俺はシャイニングアイランドにいたはずじゃ……?」
環は一度離れると、
「ねえ、どこから覚えてる?」
「んーっと、確か、百深たちが裏切って……。その後は何も…」
「ああ、話に聞いた『太陽の眷属』だね…。まさか四人がシャイニングアイランドに寝返っていたとは私も予想外だよ…」
綹羅が目を覚ましたのを知って、陵湖や絢嘉、美織もその部屋に入ってくる。
「泰三と勇宇は?」
「あなた、何も覚えてないのね……。二人は今はちょっと、話せる状態じゃないわ。でも心配しないで。無事よ」
美織は言葉を濁した。本当は綹羅にやられたのだが、それを今、話せる状態ではないのだ。だからシャイニングアイランドと戦い、負傷したとだけ言っておく。
「そうなのか………」
綹羅は、自分がその戦いに加勢できなかったことを悔やんだ。記憶がないために、こういうことが起きてしまう。しかし四人は呆れたりしない。綹羅もシャイニングアイランドが生んだ被害者の一人なのだから。
「ねえ環、ちょっと協力してくれない?」
陵湖が環に頼んだ。
「いいけど、何を?」
「私たちは落とし前をつけたいんだ。『太陽の眷属』と!」
陵湖たちは、自分たちを裏切った百深らを決して許したりはしない。特に美織、
「直希のヤツ、どこまでも最低…。こうなったら…」
怒りを露わにしている。彼女たちは『太陽の眷属』と再戦するにあたり、環を戦力に加えようと思っているのだ。一度戦った感触では、互角だった。だから次戦では、相手の予想を裏切る人材が欲しい。
「俺にも行かせてくれ!」
綹羅も名乗り出た。
「何言ってるの? あなたはまだ寝てなさい! 昨日ここに運び込んで、それで次の日に出動できる人間がいる?」
彼女の言葉は正しい。今日はあの、泰三との死闘からまだ一日しか経過していないのだ。
「行くさ、俺は! 俺の目の前で裏切りを宣言した百深たちは、俺も許せないんだ…!」