その①
文字数 3,541文字
実は綹羅がボサノバと戦っている間、他の仲間は『歌の守護者』の襲撃を受けて園内に散らばっていたのだ。
「美織、ここは俺に協力してくれ」
勇宇が美織に言うと、彼女は無言で頷いた。彼らが対峙するのは、『歌の守護者』のレクイエムとソナタ。
「コイツ等の神通力は何だろうな?」
「わかりませぇん!」
二人はそんな会話をするが、実はレクイエムのセリフは嘘。
(なるほどな…。男の方の神通力は、そういう感じか…。では女の方は……っと、これは結構危険だ。二人が組み合わさったら、面倒だな…)
彼の神通力は、相手の心を読み取ること。一度に一人の心しか見えない代わりに、嘘偽りのない思考回路が覗ける。そのおかげで、二人の神通力を使われる前に読み取った。
「行くぞ、美織!」
「……」
勇宇が唸ると、何も無い空間から唐突にパチンコ玉が出現した。これが彼の神通力で、空気の成分を自由な金属に変えることができるのだ。そして生み出した金属の玉を、美織に渡す。
美織はそれを、手でつまんだ。そして狙いを定めた直後、急にそれがソナタに向かって飛んだ。彼女の神通力は、物体を無動作で勢いよく撃ち出すことができる。
「うぎゃあぁ!」
撃ち出されたパチンコ玉は、ソナタの膝にめり込んだ。
「大丈夫か、ソナタ!」
「い、一応は動けますぅけど、痛いぃ…!」
「こうなったら、神通力だ。お前の神通力でアイツらを足止めしてやるのだ!」
「わかりましたぁ!」
すると、勇宇と美織の心の中にある考えが浮かび上がる。
(何で、いきなりもう勝てないとか、思うんだ、俺は……? まだ勝負は始まったばかりじゃないか!)
それがソナタの神通力。自分の思考を相手に押し付けることができる。弱く押し付ければ、相手は自問自答を始めるし、強く押し付けたのなら、
(まずいわ…。勇宇のヤツ、逃げることを考えているなんて…。私一人じゃ、この二人を相手するのはちょっと難しい…)
相手の考えを支配できる。今美織には、勇宇が逃げるかもしれないという発想が生まれているが、これがソナタの仕業である。彼女は抱いたそのあり得ない考えに、疑問を抱くことすらできない。
「よし、いいぞ! 後は殴る蹴るだけだ!」
物理的な攻撃方法を持つ神通力でないので、力任せにレクイエムは戦いを挑む。その右ストレートが勇宇の腕をすり抜けて顎を撃ち抜いた。
「なにぃ!」
そして次はキック。これも勇宇のガードをかわし、胴体に当たる。
「そうか、コイツ!」
ここで彼はレクイエムの神通力に気づきそうになるが、ソナタが邪魔をする。
「特別な神通力はないのか!」
違う。しかし、今彼はその発想を否定できない。そういう考えを押し付けられているからだ。本当は心を読まれて、行動が筒抜けになっているのだ。美織はその光景を見て疑おうとしない。勇宇の発言の通りで間違っていないと、ソナタに思い込まされているのだ。
「…………勇宇!」
美織が見てられずに、勇宇の側に移動した。
「駄目だ、コイツ…! どんな防御をしても避けられる! 特別な行動は一切してこないのに!」
すると美織は、勇宇の頬を叩いた。そして強引に彼を掴んで引っ張り、距離を取った。
「…まず、落ち着きなさいよ。そうしないと勝てないわよ…」
この時、レクイエムはポカーンとしていた。勇宇の心の中しか読んでいなかったために、突然の美織の行動についていけてなかったのだ。
「どうしますぅ、レクイエム?」
「相手の出方を伺うのだ! こちらがまだ優位なことには変わりない! 次にヤツらが動いたら、一気にカタを突ける!」
両者共に、距離を取って様子を伺う。
「本当に、特別な神通力はないのかしら?」
「と言うと、どういう意味だ、美織?」
「言葉通りよ…」
ソナタの神通力が薄れてきている証拠に、二人は初めて今までの発想に疑いを持てる。
「あまり近づかない方がいいわ。私なら遠距離から攻撃できる。それでどう?」
「…わかった。だが、敵の神通力の正体は?」
「関係ない。戦闘向きではないのね、じゃなければもう既に使っているはずよ。おそらく私の一手も防ぎようがないわ」
勇宇はまた、空気を手頃な金属に変えた。金属バットや鉄のボール、その他くず鉄の塊。それらが二人の足元に散らばる。
「何か、仕掛けてきそうだぞ! ソナタ!」
「ど、どうしましょうかぁ?」
「何、恐れることはない! どうせ二人は、俺たちには勝てん!」
自信満々のレクイエムだったが、
「何をしている…?」
流石に、勇宇が生み出した金属が空高く撃ち飛ばされると疑問に思わざるを得ない。こういう時に彼の神通力は真価を発揮する。
「ほう、まずは上空に撃ち出して、落下してくる攻撃か…」
勇宇の思考を読み取った。美織が提案した作戦がまさに今、レクイエムが口にした通り。
「もう怖くはないぞ、ソナタ! こちらから仕掛けるのだ!」
二人は一気に距離を詰める。すると美織が前に出る。指には輪ゴムを構えている。
「そんなもので、何ができるって?」
「受けなさい…!」
撃ち飛ばされた輪ゴムは、レクイエムの耳に当たった。同時に尋常ではない痛みが彼を襲う。
「うげぎょぎゃああああ!」
元々の輪ゴムの威力に、美織の神通力の効果も乗っているのだ。だからより高い威力になっている。
「コイツは油断したぜ…! そっちの別嬪子ちゃんを先に潰すべきか…!」
美織の思考を読む。
(フン! 偉そうなことを言う割には、作戦も行動もシンプルだな…。神通力はさっき読み取ったが、警戒しなければいけないことに変わりはない…。だが!)
レクイエムの方が素早く動けた。美織の頬をビンタする。
「っく…!」
対する彼女は拳を振り回す。その内の一発がレクイエムの額に当たった。
「うががが、がああああ!」
瞬時に後ろに下がり、額を押さえるレクイエム。まるで頭蓋骨をかち割られたかのような激痛が彼を襲ったのだ。
「いいぞ、美織!」
勇宇がその行為を褒めた。
「そんな、どうしてぇ?」
ソナタには、何が起きているのかはわからない。
何故、美織の拳がレクイエムに届いたのか。それにはちゃんとした理由がある。実はレクイエムの神通力は、適当な動きまで読み取ることができないのだ。今の美織の動きには、考えがない。頭よりも先に動いた拳の挙動は、レクイエムにはわからないのだ。そして撃ち出された拳には、当然彼女の神通力の効果が乗る。だから彼を怯ませるほどの威力を出せたのである。
「うぐぐ、クソが! だがな!」
素早くさらに後ろに下がるレクイエム。
(そろそろ、降ってくるんだよ!)
そう。彼はタイミングを計っていた。ここで後ろに下がれば、美織は追えない。自分で撃ち出した金属にぶつかることになるから。
しかし彼は、そういう発想を抱く前に、美織の心を常に読んでいた方が良かったかもしれない。
「自滅しやがれ!」
降り注ぐ金属バットをはじめとする鉄の塊。当然、美織に向かって落ちる。だが、
「……!」
なんと彼女は、それらが自分に触れた瞬間、もう一度神通力を使ってレクイエム目掛けて撃ち出したのだ。
「な、何?」
これは想定外の出来事。少なくとも美織は勇宇に、ここまでするとは教えていない。
「ぎじょあああ…!」
レクイエムには、これを避ける術がない。だから撃ち飛ばされて、そして意識も飛ばされてしまった。
「やった! これで残るは一人!」
「れ、レクイエムぅ…!」
ソナタ一人で勇宇と美織に勝つのは、不可能に近い。だが目の前で仲間を倒されて黙っている人間は、『歌の守護者』にはいない。だから最後まで諦めずに彼は二人に攻撃を仕掛ける。しかし今の彼には、冷静さが欠けていた。
「大馬鹿!」
突進をしたのだが、勇宇が目の前に鉄の壁を作り出したのでそれに衝突。ソナタは自滅する羽目になった。
「ふう、何とかなったな……。美織、俺は正直お前のことを見くびってたぜ…。いつも無口だから何考えてんのかわかんなかったが、俺よりは勝つことを想像できていたみたいだな…」
「当然よ。無駄なことはしない主義なの…」
二人は周りを見た。仲間は結構離れてしまっているらしい。
「さあ、綹羅たちと合流しようぜ。きっと苦戦してるだろうからよ!」
二人はこの時、視界に綹羅の姿がなかったために、的外れな方向に歩みだしてしまうことになった。
「美織、ここは俺に協力してくれ」
勇宇が美織に言うと、彼女は無言で頷いた。彼らが対峙するのは、『歌の守護者』のレクイエムとソナタ。
「コイツ等の神通力は何だろうな?」
「わかりませぇん!」
二人はそんな会話をするが、実はレクイエムのセリフは嘘。
(なるほどな…。男の方の神通力は、そういう感じか…。では女の方は……っと、これは結構危険だ。二人が組み合わさったら、面倒だな…)
彼の神通力は、相手の心を読み取ること。一度に一人の心しか見えない代わりに、嘘偽りのない思考回路が覗ける。そのおかげで、二人の神通力を使われる前に読み取った。
「行くぞ、美織!」
「……」
勇宇が唸ると、何も無い空間から唐突にパチンコ玉が出現した。これが彼の神通力で、空気の成分を自由な金属に変えることができるのだ。そして生み出した金属の玉を、美織に渡す。
美織はそれを、手でつまんだ。そして狙いを定めた直後、急にそれがソナタに向かって飛んだ。彼女の神通力は、物体を無動作で勢いよく撃ち出すことができる。
「うぎゃあぁ!」
撃ち出されたパチンコ玉は、ソナタの膝にめり込んだ。
「大丈夫か、ソナタ!」
「い、一応は動けますぅけど、痛いぃ…!」
「こうなったら、神通力だ。お前の神通力でアイツらを足止めしてやるのだ!」
「わかりましたぁ!」
すると、勇宇と美織の心の中にある考えが浮かび上がる。
(何で、いきなりもう勝てないとか、思うんだ、俺は……? まだ勝負は始まったばかりじゃないか!)
それがソナタの神通力。自分の思考を相手に押し付けることができる。弱く押し付ければ、相手は自問自答を始めるし、強く押し付けたのなら、
(まずいわ…。勇宇のヤツ、逃げることを考えているなんて…。私一人じゃ、この二人を相手するのはちょっと難しい…)
相手の考えを支配できる。今美織には、勇宇が逃げるかもしれないという発想が生まれているが、これがソナタの仕業である。彼女は抱いたそのあり得ない考えに、疑問を抱くことすらできない。
「よし、いいぞ! 後は殴る蹴るだけだ!」
物理的な攻撃方法を持つ神通力でないので、力任せにレクイエムは戦いを挑む。その右ストレートが勇宇の腕をすり抜けて顎を撃ち抜いた。
「なにぃ!」
そして次はキック。これも勇宇のガードをかわし、胴体に当たる。
「そうか、コイツ!」
ここで彼はレクイエムの神通力に気づきそうになるが、ソナタが邪魔をする。
「特別な神通力はないのか!」
違う。しかし、今彼はその発想を否定できない。そういう考えを押し付けられているからだ。本当は心を読まれて、行動が筒抜けになっているのだ。美織はその光景を見て疑おうとしない。勇宇の発言の通りで間違っていないと、ソナタに思い込まされているのだ。
「…………勇宇!」
美織が見てられずに、勇宇の側に移動した。
「駄目だ、コイツ…! どんな防御をしても避けられる! 特別な行動は一切してこないのに!」
すると美織は、勇宇の頬を叩いた。そして強引に彼を掴んで引っ張り、距離を取った。
「…まず、落ち着きなさいよ。そうしないと勝てないわよ…」
この時、レクイエムはポカーンとしていた。勇宇の心の中しか読んでいなかったために、突然の美織の行動についていけてなかったのだ。
「どうしますぅ、レクイエム?」
「相手の出方を伺うのだ! こちらがまだ優位なことには変わりない! 次にヤツらが動いたら、一気にカタを突ける!」
両者共に、距離を取って様子を伺う。
「本当に、特別な神通力はないのかしら?」
「と言うと、どういう意味だ、美織?」
「言葉通りよ…」
ソナタの神通力が薄れてきている証拠に、二人は初めて今までの発想に疑いを持てる。
「あまり近づかない方がいいわ。私なら遠距離から攻撃できる。それでどう?」
「…わかった。だが、敵の神通力の正体は?」
「関係ない。戦闘向きではないのね、じゃなければもう既に使っているはずよ。おそらく私の一手も防ぎようがないわ」
勇宇はまた、空気を手頃な金属に変えた。金属バットや鉄のボール、その他くず鉄の塊。それらが二人の足元に散らばる。
「何か、仕掛けてきそうだぞ! ソナタ!」
「ど、どうしましょうかぁ?」
「何、恐れることはない! どうせ二人は、俺たちには勝てん!」
自信満々のレクイエムだったが、
「何をしている…?」
流石に、勇宇が生み出した金属が空高く撃ち飛ばされると疑問に思わざるを得ない。こういう時に彼の神通力は真価を発揮する。
「ほう、まずは上空に撃ち出して、落下してくる攻撃か…」
勇宇の思考を読み取った。美織が提案した作戦がまさに今、レクイエムが口にした通り。
「もう怖くはないぞ、ソナタ! こちらから仕掛けるのだ!」
二人は一気に距離を詰める。すると美織が前に出る。指には輪ゴムを構えている。
「そんなもので、何ができるって?」
「受けなさい…!」
撃ち飛ばされた輪ゴムは、レクイエムの耳に当たった。同時に尋常ではない痛みが彼を襲う。
「うげぎょぎゃああああ!」
元々の輪ゴムの威力に、美織の神通力の効果も乗っているのだ。だからより高い威力になっている。
「コイツは油断したぜ…! そっちの別嬪子ちゃんを先に潰すべきか…!」
美織の思考を読む。
(フン! 偉そうなことを言う割には、作戦も行動もシンプルだな…。神通力はさっき読み取ったが、警戒しなければいけないことに変わりはない…。だが!)
レクイエムの方が素早く動けた。美織の頬をビンタする。
「っく…!」
対する彼女は拳を振り回す。その内の一発がレクイエムの額に当たった。
「うががが、がああああ!」
瞬時に後ろに下がり、額を押さえるレクイエム。まるで頭蓋骨をかち割られたかのような激痛が彼を襲ったのだ。
「いいぞ、美織!」
勇宇がその行為を褒めた。
「そんな、どうしてぇ?」
ソナタには、何が起きているのかはわからない。
何故、美織の拳がレクイエムに届いたのか。それにはちゃんとした理由がある。実はレクイエムの神通力は、適当な動きまで読み取ることができないのだ。今の美織の動きには、考えがない。頭よりも先に動いた拳の挙動は、レクイエムにはわからないのだ。そして撃ち出された拳には、当然彼女の神通力の効果が乗る。だから彼を怯ませるほどの威力を出せたのである。
「うぐぐ、クソが! だがな!」
素早くさらに後ろに下がるレクイエム。
(そろそろ、降ってくるんだよ!)
そう。彼はタイミングを計っていた。ここで後ろに下がれば、美織は追えない。自分で撃ち出した金属にぶつかることになるから。
しかし彼は、そういう発想を抱く前に、美織の心を常に読んでいた方が良かったかもしれない。
「自滅しやがれ!」
降り注ぐ金属バットをはじめとする鉄の塊。当然、美織に向かって落ちる。だが、
「……!」
なんと彼女は、それらが自分に触れた瞬間、もう一度神通力を使ってレクイエム目掛けて撃ち出したのだ。
「な、何?」
これは想定外の出来事。少なくとも美織は勇宇に、ここまでするとは教えていない。
「ぎじょあああ…!」
レクイエムには、これを避ける術がない。だから撃ち飛ばされて、そして意識も飛ばされてしまった。
「やった! これで残るは一人!」
「れ、レクイエムぅ…!」
ソナタ一人で勇宇と美織に勝つのは、不可能に近い。だが目の前で仲間を倒されて黙っている人間は、『歌の守護者』にはいない。だから最後まで諦めずに彼は二人に攻撃を仕掛ける。しかし今の彼には、冷静さが欠けていた。
「大馬鹿!」
突進をしたのだが、勇宇が目の前に鉄の壁を作り出したのでそれに衝突。ソナタは自滅する羽目になった。
「ふう、何とかなったな……。美織、俺は正直お前のことを見くびってたぜ…。いつも無口だから何考えてんのかわかんなかったが、俺よりは勝つことを想像できていたみたいだな…」
「当然よ。無駄なことはしない主義なの…」
二人は周りを見た。仲間は結構離れてしまっているらしい。
「さあ、綹羅たちと合流しようぜ。きっと苦戦してるだろうからよ!」
二人はこの時、視界に綹羅の姿がなかったために、的外れな方向に歩みだしてしまうことになった。