その①

文字数 3,177文字

「あれ……何だこれ? 種?」

 次の朝綹羅が目覚めると、布団の中に植物の種があることに気がついた。中には、既に芽が出ている種もあった。

「何でだ? 寝間着についてたのかな…?」

 全く心当たりがないために困惑するが、環を起こさなければいけないので深くは考えない。

「環さん、朝だぜ!」

 布団の上から体を揺らして環を起こした。

「ふわああ…。もうちょっと寝てたかったけど、行かないとね、朝ご飯」

 二人はお互いを見ないようにして着替えると、荷物を持って部屋を出た。朝食を食べ終えたらそのまま園内に直行するのだ。服は夜のうちに選択したので、昨日と同じだが綺麗である。

「来たな…。あの女か?」

 朝食の会場を、遠くから見ている人物が一人。ララバイだ。今日、環の最終的な確保を担当することになっているので、今のうちに顔を確かめておく。

「園内に入ったら、すぐにでも行うぞ。お前は二人の後をつけろ。私は先に園内に行く」

 プレリュードはそう言うと、先にホテルを出た。

「まあ、俺だけでも十分なんだがな?」

 自信満々のララバイ。これからの任務の重要性に似合わないほど余裕だ。

 監視されていることを知らずに綹羅と環は朝食を終え、そしてそのままホテルを出た。

「今日も晴れだ!」

 天気は良いに越したことはない。それだけ楽しめるのだ。熱い光を放つ太陽が、わずかだが雲に隠れた。まるで、これから先に起きることには目を瞑るかのように。

 昨日と同じく入場ゲートをくぐって二人は園内に入る。

「まずは、どこに行く?」

 綹羅が聞くと環は、

「日食に乗ろうよ。昨日はビビっちゃったけど、今日はリベンジ!」
「大丈夫か、それ?」

 不安にさせるには十分な発言。だが綹羅は相手の機嫌を損ねたくなかったので、言う通りにした。

「朝一番なのに、もうスッゲー並んでる!」

 流石は人気のアトラクションと言ったところか。この時点で既に、四十五分は待つ。

「本当に乗るのか?」

 最終確認をすると、環は、

「……やっぱ後にしようか?」

 と答えた。まだ心の準備ができていなかったのだろう。すると綹羅は、

「じゃあ先に、動物園行こうぜ! 昨日は行けなかったじゃん? だから、どう?」
「いいね! 行こうか!」

 行き先を決めると二人は反転し、歩き出した。


 動物園は、あまり混んでいない。多くの客はアトラクションコーナーに流れているためであるし、小さいので他のところでも見ることのできる、有名な動物ぐらいしかいないのである。だから綹羅たちの貸し切り状態だった。

「あっちにライオンいるぜ?」
「先にアルパカ見ようよ!」

 動物を見るのに、並ぶ必要はない。だから順番はどうでもよく、環が先陣を切って歩き出した。綹羅は、

「アルパカって、どんな動物なんだ? あんまりイメージできないな…」

 興味のないことには無知である。それを聞いて環は、

「じゃあ、行くしかないよ!」

 彼の手を引っ張って、走った。

 アルパカは、動物園にある牧場広場の横で飼育されている。
 その牧場広場に、ある男が立っていた。綹羅たちに真っ直ぐに目を向けているのが、不気味なほどに不自然だ。あまりにも気味が悪くて、

「どうかしたか?」

 綹羅は聞かずにはいられないほど。すると男は、

「昨日は驚いた…。私の仲間を三度も突破するほどのポテンシャルを秘めているとは、その見た目からは判断できない。それは、我らがお前の実力を軽視していたのだ。そこは謝ろう。だが代わりと言ってはなんだが、敬意を示すためにも私が来た」

 と言うのだ。

 二人は当初、何を言っているのかわかっていなかった。だが、昨日の出来事を思い出せばすぐに理解できる。

「あの神通力の女の子たちの、仲間なの…?」
「そうだ。私はプレリュード…! 『歌の守護者』のリーダーだ」

 男…プレリュードは自分の立場を誇らない。昨日塗られた泥のせいだ。仲間を打ち負かされたのは、自分の判断ミスだと思っている。園内に散らばる仲間を集結させれば、いつでも環を確保できたと思っている。色部はそうしろとは言わなかったが、少なくとも彼は今、後悔している。

「じゃあ、手加減はしないよ…? あなたもアイツらの仲間なら、全力で!」

 構える環。その横で綹羅は、彼女に聞く。

「何か手伝えることは、あるか?」
「まだ、わからない。相手の神通力が不明だから、何が最善の一手なのかは…」

 しかし、神通力者でない綹羅の協力は、プレリュードを突破するには必要不可欠。そう直感する。

「でも、綹羅君となら絶対に勝てると思うよ!」

 その発言には、自信がたっぷりと込められていた。しかし、肝心の綹羅の返事がない。

「…? 綹羅君?」

 横を見ると、何と彼は地面に倒れていた。しかもその後ろには、また違う男が立っている。

「紹介しよう、彼はララバイだ。もちろん神通力者で、今日はホテルから追尾してもらっていた! 見失わないようにな。そして落ち合う場所を決め、誰にも邪魔させないために一般人の彼には眠っていただいた」
「眠る…?」

 その神通力は、触れただけで相手を夢の中に直行させることができるのだ。

「これで二対一だぞ、環! どうだ。これでもまだ勝負する気か? ああ?」

 ララバイが手を環に伸ばす。

(触れられてはいけない!)

 野生の本能がそう叫ぶと、環は横に飛ぶ。

「チッ、逃げたか! おいプレリュード!」

 ララバイにそう言われると、プレリュードは自身の神通力を使う。指先が光ると、光弾がそこから発射された。

「わわっ!」

 環の足元に着弾すると、小さな光の弾は地面の土を焦がした。これがプレリュードの神通力。光や光弾を操れるのだ。物理的な破壊をすることも可能である、とても攻撃的な力だ。

「ふん!」

 次の一手は、パンと手を叩く。それだけで手と手の間から、眩い光が生み出されて環の目を一瞬だが眩ませた。そのほんのわずかな隙に、ララバイが環に近づいて手を伸ばす。だが、

「うおおおおおあおおおお!」

 突風が、彼の体を吹き飛ばした。ララバイは少し離れた地面の上に転ぶ。

「クソが、お前の神通力を忘れてたぜ…!」

 環は、かすかな空気の動きでララバイの接近を察知したのだ。位置までわかれば後は風で動かすだけだ。だが逆に動いていないプレリュードの周りの空気は振動しておらず、彼を吹き飛ばすことはできなかった。

「風を自在に操れる神通力か…。様々な神通力者を見てきたが、そういう輩には私は出会ったことはないな。だから色部様も欲しがるのだろう…!」
「誰のこと、色部って?」

 プレリュードの独り言を、環は拾った。

「ここで聞く意味はない。どうせすぐにわかることだ。私たちと一緒に来れば、な…。どうする環? ここで無意味な抵抗を続けるか?」

 その時、空気が動く。プレリュードの体がわずかだが持ち上がってしまいそうだ。懸命に踏ん張る彼に対して環は、

「これでも無意味?」

 と挑発した。

「なるほど……。肝も据わっていると見受けられる! では、始めよう………戦いを! 我ら『歌の守護者』の、音色のような攻撃にその身で耐え切れるか…!」

 手のひらから、野球ボール程度の大きさの光弾を生み出すと、それを環に向けて撃つ。

「……!」

 環はそれを寸前で避けたが、同時に絶望もする。

(風が効かない…! そんなのアリ?)

 プレリュードの生み出す光は、風に邪魔されない。ということは環は、自分に向けて放たれる光の弾から逃げるしかないのだ。
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