その③

文字数 3,424文字

 管制室では、その戦いを色部や『歌の守護者』の連中が見ていた。

「これはもう、綹羅の勝利で動かない…。違いますかね?」

 松葉杖をつきながらプレリュードはモニターを覗き込む。昨日戦った他の仲間はまだ、病院のベッドから出れそうにないが、彼は何とかここまで来れる程度に回復した。

「そうだな、プレリュード。しかしあの泰三とかいう小僧も無駄に粘るなぁ…」
「さっき綹羅が言ったように、認めたくないだけでしょう…。勝てない、でも逃げたくない。だからああやって、引き伸ばそうとしているんですよ」

 彼は実際に綹羅と戦った経験者だ。その実力の高さ、センスの良さをよく知っている。だから彼にはこの勝負がもう泰三の方に転ばないことが見えているのだ。
 その会話を遮るかのように、メヌエットが叫んだ。

「色部様! 『太陽の眷属』が逃げに転じたようですわ! 追手をまくことはできたようですが、まさか負けたとは…」
「そうは決められないぞ、メヌエット?」

 色部は『太陽の眷属』が何故陵湖たちとの戦闘を避けたのかを冷静に分析する。
 元々仲間だった連中とは、戦いにくい。それは裏切ったことへの後ろめたさがあるのではなく、神通力を見破られているからである。色部は『太陽の眷属』を仲間に加えた時、それぞれの神通力を聞いた。四人とも面白いものではあるのだが、攻撃性能に欠けるのだ。例えば百深。彼女は『太陽の眷属』のリーダーを務めているのだが、その神通力は痛みの倍増だけであって、それを活かすには何かしらの方法で相手を傷つけなければいけない。問題はその、傷つけ方である。プレリュードのように光弾を飛ばしたり、ボレロのように炎を放ったりができるメンバーは誰もいない。人数有利を活かしても神通力までは覆せないのだ。

「……だから相性が悪い相手と戦えば、平行線だ。おや?」

 とあるモニターを見て、面白いことに気がつく。

「その、『太陽の眷属』が戦っていた相手…三人いるらしいが、みんな綹羅の方に向かっているぞ。これは楽しめそうだ!」
「全員綹羅に蹴散らされる、ってわけですね!」

 ララバイが言うと、色部は頷く。

「そうだ。見ていようじゃないか、その無様な姿を!」


「ちょっと、一体どうなっているのよ!」

 陵湖が叫んだ。それもそのはず、泰三と対峙している人物は、探していた綹羅なのだ。

「深いワケは後だ! 下がっていろ!」

 泰三がそう叫んだ。ここは三人を味方につける戦法もありではある。だがそれでは一人で挑んだ勇宇の雄姿が浮かばれない。ここは一人で綹羅に勝たなければいけないのだ。

「でも…!」

 絢嘉の心配そうな声に対し、泰三は声を荒げる。

「水を差すな! これは俺と綹羅との戦いだ。誰にも邪魔はさせない!」

 それを聞いていた綹羅の意見は違った。

「いいや。いつでもかかって来い。全員この俺の敵ではない…それを証明するだけだ」
「おい綹羅! 俺が目の前にいるだろう!」
「貴様はもう負けたも同然。無意味な使命感で立っているだけの存在が、ここから戦況をひっくり返せるとでも言う気か?」

 美織は泰三の意見を支持する。ベンチの上に横たわる勇宇の方に駆け寄ると、

「二人とも、ここは彼に任せるわよ…」

 と言った。陵湖と絢嘉は勇宇の怪我の手当てを軽くする。

「でも……言うべきことがあるわ」

 美織の目は、使命感で輝いている。

「何をだ?」

 泰三が聞くと、

「環のこと」


 電話の内容だ。携帯の向こう側で環は、

「私が拉致された時、綹羅君が側にいたの。でも相手の神通力で眠らされてしまっていて…。だから彼は私のことを、自分のせいで誘拐されたって思っているかも…」

 それだけじゃない。かなり重要なことを環は薄っすらとだが、覚えていた。

「誰かが放った光に飛ばされた時、その近くに綹羅君がいた気がする!」

 それを聞いて、美織はある発想を抱いたのだ。


「綹羅は自分のせいで、環を失ったと思っているわ。でも、違う…。環は生きているし、私たちが保護している…」
「そうだ!」

 泰三も、彼女が何を言いたのかがわかった。

「綹羅! お前、環が原因でシャイニングアイランドに寝返ったんだろう? 誰に何を言われたかは知らないが、死んだと勘違いしたんじゃないのか? それでこんなことを…」
「何が言いたい?」

 ここで強く叫ぶ。

「環は無事だ、生きているんだ!」

 それを聞いた瞬間、確かに綹羅の目が動いた。

「……」

 明らかに動揺を隠せていない表情を、一瞬だけ見せた。

(ここだ…!)

 それで泰三は確信する。

「綹羅、こんなところでシャイニングアイランドの味方をしている場合か? 違うだろ! 環は俺たちのところにいるんだ。それにお前に会いたがっている! なのにお前は今、何をやっているんだ? お前がすべきことは一つだけ……環と再会することだろうが!」
「そうかな? この俺の動揺を誘う甘い言葉に踊らされるわけにはいかない」
「そんなつもりじゃない! 俺は事実を言っているんだ!」

 必死になって説得に回る泰三。ここを攻めれば、もしかしたら綹羅は自発的に目を覚ましてくれるかもしれない。その可能性が一パーセントでもあるのなら賭けるのみ。

「お前はどうなんだよ、綹羅! ここでシャイニングアイランドの味方をして、人を傷つけるだけ傷つけ、それを見て見ぬふりか! 陵湖の話を忘れたとは言わせない、ここで何人もの子供が行方不明になっているんだぞ? 現に環も一度消えて、百深たちの姿もない…。明らかに、ここには何かある…。なのに肩を持つのか! 敵は誰だ、俺じゃない! シャイニングアイランドだろう? お前にもそれがわかっているはずだ!」
「そうか……。読めたぞ貴様の戦法が。力ではこの俺には敵わない。だから心の死角を突いて、優位に立つという魂胆だな? そして綺麗ごとを言ってのけ、煙を立て、隙を待つ…」
「そんな風に聞こえるのか、綹羅!」

 泰三の言葉に、綹羅は惑わされない。ただ彼の言うことは全て嘘と思っている。

「貴様の戯言に付き合っている暇はない!」

 その目が、負の輝きを放った。

「ううお…!」

 飲み込まれてしまいそうなほど、悲しい輝きだ。何とか泰三はそれを耐える。

「この俺に残された道は、血塗られた暗黒の未来のみ! 負こそが、全てを満たす希望となる。それは貴様ら雑魚には永遠にわからぬこと…」

 彼は、妄信しているのだ。今田に言われたことを。そのせいで闇に堕ち、自力でも他力でも抜け出せなくなってしまっている。そして負に染まった心は、他人が言う真実を拒む。何故なら、そうしないと自分の中の世界が崩壊してしまうため。

「構えろ! まだこの俺と貴様との戦いは終わっていない。遠吠えなら貴様を下した後にいくらでも聞いてやる。そしたら次は貴様らだ」

 綹羅は構えた。そして陵湖たちに指を向け、彼女らも倒すことを宣言した。

「ねえ陵湖、環をここに連れて来るってのは…?」
「絢嘉、それは無理よ…。彼女はまだ満足に動ける状態じゃない。だから美織に電話を入れたんでしょうが! 来れるんならとっくに来てるわ」

 直接会わせれば一発で解決しそうなのだが、それはできそうにない。

「ここは一つだけ……戦って綹羅を倒すことだけだね…。そうしないと彼を連れ出すこともできそうにないわ」

 陵湖がそう呟いたのを美織が聞いた。だからか、

「陵湖…。私にエアガンを貸して。綹羅が私たちに向かってきたら……いざという時は三対一で…」

 だがその発言は、泰三の耳にも届いている。

「まだだ! まだ俺は負けてはいない! そして必ず勝つ!」

 それを受けて綹羅も言う。

「偽りの勇気で自分を奮い立たせるつもりか…。いいだろう、この俺と貴様との戦い、決着をつけようじゃないか。戦いが終わった時、立っている者が勝者…! それがただ一つの確実な真実!」

 そして二人の戦いは、最終局面を迎える。

(必ず、綹羅を負の世界から連れ戻す! 地を這って、血を流しながらでも!)

 泰三の決意は揺れない。そして綹羅の負の心も不動。最後に希望を見い出し、立っていられるのは果たしてどちらになるのか?
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