その⑤

文字数 2,327文字

「そんな中に隠れても無駄ですよ」

 果叶は様子を伺う。いつでも陵湖が出て来ていいように、構えている。

(でも、陵湖はもうまともに戦える体力がないはずです。身体能力を下げられるということは、体力も下がるのですよ)

 不意に、煙が不自然な動きを見せた。

「そこ、ですか…!」

 果叶は拳を丸めた。その動きはゆっくりだった。もう相手には素早く動ける力が残っていないからだ。
 だが、

「え…!」
「えーい!」

 煙を切り裂いて現れたのは、何と絢嘉の方だった。まず果叶はそれに驚いて反応が一瞬遅れた。さらに果叶は、既に機敏な動きのできない相手との戦闘を前提にしていたが、絢嘉は素早い動きができる。それもあって、先制攻撃を許してしまう。
 絢嘉のアッパーを受けた果叶は後ろに吹っ飛んだ。

「まさか、入れ替わったとは…驚きましたが、でも!」

 でも、神通力を使えば何ともない。そう言おうとしたが、絢嘉の体はすぐに煙の中に逃げてしまう。

「あれ、どこに…?」

 この状況、果叶は神通力を使えない。まずターゲットの位置がわからない場合、彼女は神通力を使えないのだ。

「うわわわぁ!」

 後ろから突き飛ばされた。既に回り込まれていたのだ。煙のせいで見えないから、今の一撃は防ぎようがなかった。

「………」

 気がつけば果叶は煙の中にいる。数十センチ先すら見えない、黄色い煙だ。この時の彼女には、耳を澄ませて足音を拾って絢嘉の位置を当てる手もある。しかし、

「の、ノイズが酷い…」

 おそらく陵湖がマシンガンか何かを撃ちまくっているのだろう、足音は聞こえない。

「一体どっちに…」

 キョロキョロしようとしたら、真正面から拳が飛んできて果叶の額を殴った。絢嘉には、果叶の居場所から仕草まで手に取るようにわかるのだ。

「目晦ましの煙は、結構、厄介ですね…。うん?」

 ここで気がつく。自分の息が上がっていることに。心臓の鼓動も早くなっている。

(もしや! 煙に毒が?)

 そうではない。だが、煙が空気を押しのけてしまっているのは確かだ。そのせいで果叶は吸える空気が限られ、酸素の供給が滞り始めているのだ。思わず膝を崩してしまう。

「こ、こんな…。うう、まさか…!」

 そして戦況が反転しているのは、何も果叶の方だけではない。

「陵湖め、俺にここまでやるとはな…!」

 遥は少し、絶望し始めている。相手の陵湖は身体能力こそ果叶に削られたままだが、神通力を使う分には支障はない。だからマシンガンを別次元から取り寄せて、遥に向けて撃ちまくる。

「絢嘉からさっき聞いたけど、ご自慢の神通力を使えばいいじゃない?」
「コイツ…!」

 使えない。それは遥自身が一番わかっていること。彼の神通力は、他人の神通力の発動を何でも無効化するのではない。あくまでも自分に向けられた他人の神通力を無力化するだけだ。陵湖の神通力は、遥に向けて使うものではない。だから無効化できないのだ。神通力を使ってこっちの世界に持って来られた物には、手が出せない。

「そりゃりゃりゃりゃりゃ!」

 遥は近くの物陰に隠れた。撃ち終わるまでやり過ごすのだ。しかし、何かが陵湖の方から飛んで来る。

「こ、これは…手りゅう弾?」

 とっさに彼がとった行動は逃げること。そのせいでマシンガンの弾丸を浴びる。弾丸だけでは死にはしないものの、一発一発が遥の神経に痛みを訴えさせる。

「こ、この…!」

 ちなみに陵湖が投げた手りゅう弾は、不良品の不発弾である。流石に遥の体を吹き飛ばそうとは思っていない。この状況では、手りゅう弾という存在だけでも十分に武器になるのだ。


「マズいわね…」

 状況が悪くなっている。百深は感じた、このままでは負けないにしても勝てもしない。

「ちょっと、引き上げ!」

 ここは一旦、リセットするのが得策。だから『太陽の眷属』に集合をかけた。直希と遥はすぐに百深の方に来れた。少し遅れて、果叶が口をハンカチで覆いながら煙の中から現れた。戦闘相手の陵湖、絢嘉、美織も一か所に集まって、集合した四人の様子を伺っている。

 三人とも、ボロボロという状況ではない。だがこのままでは無駄に長引くだけ。だから、

「ちょっと待って。色部さんに連絡を入れてみるわ」

 数秒もしないで、通信機器越しに色部とのやり取りが終わる。

「果叶!」

 もらったアドバイスは、逃げること。個人的にはプライドが許さないのだが、『太陽の眷属』として命令に従うべきだと百深は判断。だから果叶に神通力を使わせた。

「逃げる気なの? あ、あれ…まただわ!」

 陵湖が真っ先に気がつく。また、動きが鈍くなったのだ。しかも三人とも同時に。

「では、行きましょう」

 そして百深たちは、全力で逃げる。身体能力を削られた陵湖たちはどう頑張っても追いつけない。

「逃げられたよ? どうするの?」

 しばらくすると、鈍さは消える。しかし四人の姿も目の前にない。

「放っておけば? 次に会った時、必ず仕留めればそれで十分だわ。無駄に追いかけることはしない方がいい。ここは泰三と勇宇に合流すべきね…」

 美織は冷静に次の行動を決める、これに陵湖も絢嘉も異議はない。

「そうね、そうするべきだわ。あの四人が裏切り者ってわかった以上、こっちも容赦しなければいいのよ! なあに、大丈夫よ。だって今、負けてなかったから!」

 正体さえわかっていれば、『太陽の眷属』は怖くないと陵湖は言う。それもそうだと絢嘉は頷き、そして三人はアトラクションコーナーに向かった。
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