その⑤

文字数 3,419文字

「泰三! ここは一気に勝負をつける必要がある!」
「それは百も承知だ。だが…」

 目の前の敵をさばくので精一杯なのだ。そんな余裕はどこにもない。

「いい考えがある! 耳を貸してくれ」

 泰三の耳元で勇宇は呟いた。

「正気か? いや、いい考えだ! それに賭けるぞ、覚悟はいいか?」
「当たり前だ! じゃないと発案してない!」

 話がまとまったところで、泰三は大量の水を生み出した。

「津波だ! 洗い流してやる!」

 今日は一般客はいない。だからこそできる一手。園内が一部、洪水に見舞われる。大量の死者とキメラ動物が波に足を取られる。泰三本人は悪影響を受けずに立っていられるが、仲間の勇宇も流されてしまう。

「馬鹿かコイツら? これじゃあ自滅……」

 そうではない。水はヴィーナスの方に向かって流れる。だから押し流された死者たちに混ざって勇宇が、ヴィーナスに迫る。

「勝負だ、この呪術師野郎!」
「いいだろう、返り討ちだ!」

 二人とも剣を持っているので、それを構える。そして同時に振り下ろした。否、振り下ろすことができたのは、勇宇だけだ。

「え…。は…?」

 ヴィーナスが持っていた剣は、消えた。それはすっぽ抜けたわけではない。元々は勇宇の神通力で生み出した金属なので、彼の自由なタイミングで消すことができる。

「うおおおおお!」

 そして勇宇の剣は、ヴィーナスの左肩に当たるとそれを切り落とした。

「うぐおおおおおおおおおおおああああああああああ!」

 この世の元とは思えない悲鳴を上げた。切り落とされた腕は水に流されてどこかへ行く。

「死人に口はないかもだが、お前の口は立派に泣けるんだな…」

 この時、勇宇はこれ以上攻撃しようとしなかった。流石に殺すことはできそうにないのだ。それはいくら相手が罪深くても、人としての一線を越えることを意味する。それは流石にできない。だが好都合なことに、ヴィーナスの方から勇宇たちから逃げ出した。おそらく流された腕を追いかけているのだろう。神通力を使う余裕もないらしい。

「死者が消えたぞ! 次は……」

 ムーン。キメラ動物さえ何とかすれば。勇宇がそう思った時、既にそちらで動きがあった。

「俺の番だ」

 泰三は流れに逆らって動いた。自分の神通力なので、この水の中では自在に動ける。流されるキメラ動物を避けて、すんなりとムーンの横についた。

「こ、この!」

 ムーンは、近くの街路灯にしがみついているので流されてはいない。だがそれで精一杯で、戦える状態ではない。

「くらえ!」

 その口を、泰三は塞いだ。そして同時にムーンの気管を水で満たす。

「ウプ………」

 数秒だけだが、これでムーンは十分に溺れた。気を失った彼は手の力が抜け、波に流された。

「終いだ!」

 指をパチンと鳴らせば、この洪水は消える。キメラ動物は一体も残ってはいない。

「倒したか…。一時はどうなるかと思ったよ」
「だが、あのヴィーナスってヤツは酷いな。仲間を見捨てて逃げてったぞ?」

 ムーンの体を見てみると、心臓は動いているし呼吸もしている。彼らはムーンのことを放っておくことにした。

「もっと、探ってみようぜ? ヴィーナスが逃げたってことは………他にも仲間がいるに違いない!」


 陵湖たちは、園内の監視カメラを壊しながら回っている。一々監視されていては、面倒だからだ。

「全く、無駄に多いわね…! これが全部防犯のためじゃなくて誘拐のために使われていると思うとゾッとするわ!」

 明らかに多すぎる監視の目。それを一つ一つ潰しているが、全然終わりが見えてこない。

「おいお前ら! 何をやっている!」

 突然、後ろから声が聞こえた。

「出たみたいよ…。『惑星機巧軍』が」

 美織が振り向いて言った。

「そうさ! 俺らは『惑星機巧軍』! 最強の神通力者部隊!」
「じゃあ、強いの?」

 絢嘉が純粋に聞いた。

「当然! 俺は今まで戦地で………」

 この男、ジュピターも武勇伝を語り出した。陵湖と美織は顔を合わせ、呆れている。

「おいジュピター? 敵を見つけたの……っているじゃん!」

 もう一人の男が物陰に隠れていた。

「誰だ今のは!」

 陵湖が追いかけると、その男はサブマシンガンを持っており、

「死ね! 死ね死ね死ね!」

 撃ちまくる。

「あ、危ない……。間一髪ビニール袋を広げて、弾丸を別次元に送っていなかったら死んでいたわ…」

 それを陵湖はかわした。

「だが…これはどうかな?」

 次にこちらの男…アースは空き缶を手に持った。するとそれが形を変え、手りゅう弾になる。すぐにピンを外して、投げつけずに転がす。

「この男の神通力は…!」

 陵湖は確信した。彼はゴミ箱の物陰に隠れているのだ。その神通力は、ゴミから兵器を作り出すこと。

「危ないわ…」

 反応に遅れた陵湖の代わりに美織が動き、手りゅう弾を蹴っ飛ばした。同時に神通力も適用されており、はるか上空に上がってそれは爆ぜた。

「おっと、アースには手を出させないぜ! 何ったって俺らの要なんだからな!」

 ジュピターは素早くアースの前に立つ。

「さてと…。さっさと仕事を終わらせるか! コイツらを排除すればいいんだよな、確か? 方法は問わない……んなら好き勝手にやっていいのか!」

 陵湖はポケットに手を突っ込んで、そして別次元から武器になりそうな物を取り出した。拳銃やナイフなどである。

「あの武器を作れる男は私が倒すわ! 絢嘉と美織はこっちの男をお願い」
「オッケー。任せて!」

 しかし、ジュピターが立ちふさがる。

「逃がすかよ! ここは俺の神通力で…!」

 そう言うと、彼は自分の手を胸に当てた。そうしたら何と、彼の体が大きくなった。

「う、うわあ……」

 絢嘉がその光景に驚いて、声を漏らした。陵湖と美織は何も言えなかった。
 ジュピターの体は、通常の十倍ほどに大きくなった。彼は手で触れた物を最大十倍まで大きくすることができるのだ。もちろん自分にも適用可能だ。

「これが、俺の神通力! さて、お前らを踏みつぶしてやるぜ!」

 まずは拳を振り下ろす。巨大化の悪影響で少し動きは鈍いが、その分パワーは申し分ない。一撃で一メートルぐらいの穴が出来上がった。

「デカいだけじゃないの!」

 陵湖が拳銃を構えて撃った。だが、

「痛くも痒くもないぜ? 全然な!」

 防御力も大幅にアップしている。拳銃程度の威力ではビクともしない。

「貸して…」

 美織が借りて、そして撃つ。彼女の神通力が加わると、威力は跳ね上がる。トリガーを引くと先ほどとは全く違う音が聞こえる。そしてその弾丸は、大きくなったジュピターの体に突き刺さった。

「おい、痛てえじゃねえかよ! 何しやがった?」

 美織は次の一発を構えようとしたその時、ジュピターの巨大な手に捕まった。そして持ち上げられる。

「…しまった!」
「何だ、よく見たら可愛いじゃないか! へへ、今夜は一緒にどうだい? 後悔はさせねえぜ?」
「お断りよ…」

 持ち上げられたのをいいことに、美織はジュピターの顔に銃口を向ける。だが撃つ前に、拳銃が弾き落とされた。

「おいジュピター! そんな女はさっさと殺して、他のヤツの掃除だ!」

 下にいたアースが、美織の拳銃を撃ち落としたのだ。

「しょうがないぜ…。アース、武器を俺に貸せ」
「ほい」

 アースが投げたマシンガンは、ジュピターが握れてしまう程度の大きさしかない。

「小さすぎるじゃねえかよ! これじゃあ戦えねえぞ!」
「だから、お前の神通力で大きくすればいいんだ! 何回言えば理解するんだこのでくの坊!」
「あ、そうか! その手があったか…。おい! そうしたらこの可愛い子ちゃんを放さないといけねえじゃんかよ!」
「だからさっき殺せって言ったんだ! 何してたんだお前は!」
「殺したら楽しめねえじゃん。お前は馬鹿か?」
「鏡にでも言ってろ、バカタレ!」

 他にもこの二人は、色々と言い争いをしている。それを聞いていて三人は思う。

(このジュピターとかいうヤツは、そこまで賢くはない。そこをつければ倒せる…)
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み