その⑥
文字数 3,583文字
「そう言うことね…」
後ろで離れていた陵湖には、そのカラクリが理解できた。
環は風を起こしている。それは遥に向けてではない。自分に向けて、だ。常に自分の背中を押す追い風を起こしてスピードを上げ、さらに風圧が攻撃の威力を上昇させているのだ。この風は遥に向けられているのではないので、彼は無効にできない。
「えいっ!」
さらに一撃、一撃と加えていく。すぐに遥の体がボロボロになる。ただ、出血に至る怪我はない。
「てめえ! 手加減してやがるな!」
「当たり前だよ? だって君は同じ学校の仲間じゃん!」
その発言が気に食わなかったらしく、遥は、
「うるせえ! 俺の仲間は『太陽の眷属』と、シャイニングアイランドだけだ!」
叫んで、そして足掻いてみせる。とにかく拳を連発するという適当な攻撃だが、先が読めない動きだったので環は戸惑い、その好きを突かれた。
「うわっ!」
そして遥は、環に追撃を仕掛けようとした。先ほど折れた木刀の先っちょが、ちょうど彼の足元に落ちていたので拾う。それを相手に投げるのだ。
「死ね、この野郎!」
ただの投てきではない。神通力者故に凄まじい威力が加算されている。まともに頭に当たれば、頭蓋骨をかち割るだろう。そのレベルだ。それが、環の眼前に迫る。
「ま、マズい!」
すぐに風を起こした。この風圧も強烈で、木刀はすぐに勢いを失った。すると風に負けて吹き飛ぶ。
「ふ、ふう…」
ここで環は安心し、肩を撫でおろした。しかし、
「た、環! あれを止めて!」
陵湖の声が彼女の鼓膜を揺さぶった。
「ええ、どういうこ……」
陵湖の方を環が振り向いて見ると、彼女は信じられないものを見たような顔をしているのだ。
「あ、あ……」
すぐに何かある。そう思って環は視線を前に戻したが、あったのは首に木刀の先端が突き刺さって崩れ落ちている遥の体だった。
「ま、まさか…!」
二人は遥の側に駆け寄ったが、もう遅い。既に彼の魂はどこかに飛んで行った後。残された体は、首から血を吐き出し続けていた。
絢嘉と百深の戦いは、終わってはいなかった。寧ろ異常に長引いているのだ。それは絢嘉の作戦なのだが、いまいち百深の神通力がわからない。だから延々と、煙の中を逃げ回って様子を見ている。しかしそれでは上手くいくはずがない。百深の神通力は、感じる痛みを倍増させることなのだから。
「いつまで逃げるつもりよ、絢嘉! いい加減勝負に出たら?」
しびれを切らしてイラついてきた百深は、煙に向かって叫んだ。だが返事はない。
「もう、嫌になるわね…!」
仕方なく煙の中に突っ込んだが、手応えはない。どうやらそこに絢嘉はいないようだ。そんな攻防がもう数十分も続いている。
(一度、戻ってみようかな…?)
ここは一つ、『太陽の眷属』で合流して四人で現状を打開する。それができるメンバーが揃っている。だからこそ百深は煙を掻っ切って移動した。
「……あれ?」
絢嘉はちょっとだけ目を離していた。そのわずかな隙に百深がいなくなってしまったのだ。周りをキョロキョロすると、それらしい人影が走って行くのが見えたので追う。
「こ、これは一体……!」
百深が目にしたもの。それは遥の死体だった。
「あ、百深……。こ、これは事故で…」
誤解されてはいけない。そう思った環は百深を説得しようとしたが、仲間の亡骸を見てしまっては聞く耳など持つはずがない。
「あんたらが殺したのね……」
声に怒りがこもっている。
「ち、違うよ! これは偶然起きちゃったことで…」
「偶然で人が死ぬなら、必然的に殺したってことでしょ!」
さらにそこに、美織も駆け付ける。彼女はその現場を見て何が起きたのかを悟ると、
「百深、もうやめましょう…。これではいたずらに命を消費するだけだわ。直希の死を無駄にしないためにも…」
と言った。彼女もできればもう戦いたくはないというスタンス。だが、
「直希が…! あんたが殺したって?」
美織は首を横に振らなかった。
それだけではない。そこに綹羅も来た。
「果叶も死んでしまった…。止めようがなかった……」
その言葉が、百深の背中を押した。
仲間が三人、死んだ。いいや、綹羅たちに殺されたのだ。
「絶対に……許さないわ!」
百深の怒りは爆発し、五人を相手に戦う態度を見せる。
「どうするよ、綹羅……」
環が心配そうな声を出すと綹羅は、
「こうなったら、やるしかない! どんな結果になるかはわからないけど…」
覚悟を決める。だが、心の中で綹羅は考える。
(直希、果叶、遥の三人は死んだ。それはもう覆しようがない事実で、百深はそれにキレている…。ここで百深を殺すことはしないが、どうにかして負かして誤解を解かないと、先にも進めない。今なら和解できるはず)
裏切ったことも、もう不問にする。何故なら環は取り戻せたからだ。それに今、綹羅たちには百深と敵対する意味がない。しかし仲間にできるなら、情報を聞き出せる。
「なら、俺が相手だ百深! それでいいな!」
環たちに手は出させないだから綹羅はそう叫んで、前に出る。
「いいわ…最初に殺すのは、あんたにしてやる! あんたさえいなければ、こんなことにはならなかったんだから!」
責任転嫁のような発言だが、綹羅の心には刺さった。確かに彼が環を連れてここに来なければ、『太陽の眷属』は彼らの知らないところでシャイニングアイランドと交流を深めていただけだ。その平穏な眷属を、綹羅が荒らしたのだ。
百深の神通力は未知。しかしそれでも綹羅は前に進む。
「その前に、約束しろよ百深! 俺に負けたら、説明を聞き入れろよな!」
「できないわね、そんなこと。だって勝つのは私よ?」
そして二人は面と向き合い、衝突する。
「行くぜ!」
先制したのは綹羅。地面から植物を生やして攻撃する。だが百深はそれを軽く避ける。さらに彼女は日陰に入った。
「来れるもんなら来てみなさい?」
「これは……」
綹羅は一瞬で、果叶と戦っていた時のことを思い出した。その時の果叶は、連絡を取り合うような素振りを何も見せなかった。ならば百深が綹羅の植物の弱点を知っているはずがない。
(センス、か……)
そう。百深は綹羅の神通力を知っているので、直感で日陰に隠れたのだ。見切りが抜群であり、それに綹羅は驚く。
「でもよ……それは俺を甘く見過ぎだぜ!」
けれども綹羅も止まれない。すぐに百深の足元につるを伸ばす。それは日光の下と日陰では、微妙に動きが異なる。
それを百深は見逃さなかった。
「な、何だ?」
大きくジャンプすると、それだけで綹羅の前に躍り出る。そして腹にパンチを決めた。
「………!」
声が出ない。それほどの激痛が、綹羅の全身に走る。指や毛先まで痛みが響き渡るのだ。
(うご…! 何だ今の一撃は?)
偶然にしては強すぎる。会心の一撃なのだろうか? 臓器が全てぐちゃぐちゃになった感触だ。だが驚愕の事態が次に起きる。
綹羅が痛みに怯んでいると、次の一撃が頬に炸裂した。
「ごっ………!」
今度は口が勝手に動いたが、意図した言葉を発したのではない。綹羅は顎が砕けたかと思い、反射的に手で押さえた。だが、血は出ていない。だから骨も折れてはいない。
(何だこの尋常じゃない痛みは?)
鋭すぎる刺激に戸惑いを隠せない綹羅。
(パワーが上がっているわけじゃない…。のに、強い一撃! どうなっている…?)
百深の神通力が見えてこないことも、綹羅を混乱させる。
しかし、ここで怯んでばかりはいられない。反撃に出た。植物を地面から生み出して、百深を絡め取ろうとする。
「意味な……」
百深は瞬時に後ろに下がるが、転んだ。既に綹羅は彼女の足元に、つるの輪っかを作っていたのだ。それに靴の踵が上手く引っかかった。
「よし…!」
この機は逃さない。綹羅は根を生やして百深の体を拘束しようとする。その時だ。逆に百深は根っこを掴んで引っ張った。
「うわ?」
根は綹羅の足元から伸びていたので、その地面が少し揺れてバランスを崩された。そして百深は足元に注意を払いながらジャンプする。
「もう、その手は受けないわ」
近くのオブジェの上に立つと、綹羅を見下ろしながらそう言った。
「だが! 俺の方が有利なのは変わりない! 百深、お前のは遠距離攻撃のできる神通力じゃないだろ? 離れただけで勝ち誇るなんて、それこそ馬鹿馬鹿しいんじゃないのか!」
後ろで離れていた陵湖には、そのカラクリが理解できた。
環は風を起こしている。それは遥に向けてではない。自分に向けて、だ。常に自分の背中を押す追い風を起こしてスピードを上げ、さらに風圧が攻撃の威力を上昇させているのだ。この風は遥に向けられているのではないので、彼は無効にできない。
「えいっ!」
さらに一撃、一撃と加えていく。すぐに遥の体がボロボロになる。ただ、出血に至る怪我はない。
「てめえ! 手加減してやがるな!」
「当たり前だよ? だって君は同じ学校の仲間じゃん!」
その発言が気に食わなかったらしく、遥は、
「うるせえ! 俺の仲間は『太陽の眷属』と、シャイニングアイランドだけだ!」
叫んで、そして足掻いてみせる。とにかく拳を連発するという適当な攻撃だが、先が読めない動きだったので環は戸惑い、その好きを突かれた。
「うわっ!」
そして遥は、環に追撃を仕掛けようとした。先ほど折れた木刀の先っちょが、ちょうど彼の足元に落ちていたので拾う。それを相手に投げるのだ。
「死ね、この野郎!」
ただの投てきではない。神通力者故に凄まじい威力が加算されている。まともに頭に当たれば、頭蓋骨をかち割るだろう。そのレベルだ。それが、環の眼前に迫る。
「ま、マズい!」
すぐに風を起こした。この風圧も強烈で、木刀はすぐに勢いを失った。すると風に負けて吹き飛ぶ。
「ふ、ふう…」
ここで環は安心し、肩を撫でおろした。しかし、
「た、環! あれを止めて!」
陵湖の声が彼女の鼓膜を揺さぶった。
「ええ、どういうこ……」
陵湖の方を環が振り向いて見ると、彼女は信じられないものを見たような顔をしているのだ。
「あ、あ……」
すぐに何かある。そう思って環は視線を前に戻したが、あったのは首に木刀の先端が突き刺さって崩れ落ちている遥の体だった。
「ま、まさか…!」
二人は遥の側に駆け寄ったが、もう遅い。既に彼の魂はどこかに飛んで行った後。残された体は、首から血を吐き出し続けていた。
絢嘉と百深の戦いは、終わってはいなかった。寧ろ異常に長引いているのだ。それは絢嘉の作戦なのだが、いまいち百深の神通力がわからない。だから延々と、煙の中を逃げ回って様子を見ている。しかしそれでは上手くいくはずがない。百深の神通力は、感じる痛みを倍増させることなのだから。
「いつまで逃げるつもりよ、絢嘉! いい加減勝負に出たら?」
しびれを切らしてイラついてきた百深は、煙に向かって叫んだ。だが返事はない。
「もう、嫌になるわね…!」
仕方なく煙の中に突っ込んだが、手応えはない。どうやらそこに絢嘉はいないようだ。そんな攻防がもう数十分も続いている。
(一度、戻ってみようかな…?)
ここは一つ、『太陽の眷属』で合流して四人で現状を打開する。それができるメンバーが揃っている。だからこそ百深は煙を掻っ切って移動した。
「……あれ?」
絢嘉はちょっとだけ目を離していた。そのわずかな隙に百深がいなくなってしまったのだ。周りをキョロキョロすると、それらしい人影が走って行くのが見えたので追う。
「こ、これは一体……!」
百深が目にしたもの。それは遥の死体だった。
「あ、百深……。こ、これは事故で…」
誤解されてはいけない。そう思った環は百深を説得しようとしたが、仲間の亡骸を見てしまっては聞く耳など持つはずがない。
「あんたらが殺したのね……」
声に怒りがこもっている。
「ち、違うよ! これは偶然起きちゃったことで…」
「偶然で人が死ぬなら、必然的に殺したってことでしょ!」
さらにそこに、美織も駆け付ける。彼女はその現場を見て何が起きたのかを悟ると、
「百深、もうやめましょう…。これではいたずらに命を消費するだけだわ。直希の死を無駄にしないためにも…」
と言った。彼女もできればもう戦いたくはないというスタンス。だが、
「直希が…! あんたが殺したって?」
美織は首を横に振らなかった。
それだけではない。そこに綹羅も来た。
「果叶も死んでしまった…。止めようがなかった……」
その言葉が、百深の背中を押した。
仲間が三人、死んだ。いいや、綹羅たちに殺されたのだ。
「絶対に……許さないわ!」
百深の怒りは爆発し、五人を相手に戦う態度を見せる。
「どうするよ、綹羅……」
環が心配そうな声を出すと綹羅は、
「こうなったら、やるしかない! どんな結果になるかはわからないけど…」
覚悟を決める。だが、心の中で綹羅は考える。
(直希、果叶、遥の三人は死んだ。それはもう覆しようがない事実で、百深はそれにキレている…。ここで百深を殺すことはしないが、どうにかして負かして誤解を解かないと、先にも進めない。今なら和解できるはず)
裏切ったことも、もう不問にする。何故なら環は取り戻せたからだ。それに今、綹羅たちには百深と敵対する意味がない。しかし仲間にできるなら、情報を聞き出せる。
「なら、俺が相手だ百深! それでいいな!」
環たちに手は出させないだから綹羅はそう叫んで、前に出る。
「いいわ…最初に殺すのは、あんたにしてやる! あんたさえいなければ、こんなことにはならなかったんだから!」
責任転嫁のような発言だが、綹羅の心には刺さった。確かに彼が環を連れてここに来なければ、『太陽の眷属』は彼らの知らないところでシャイニングアイランドと交流を深めていただけだ。その平穏な眷属を、綹羅が荒らしたのだ。
百深の神通力は未知。しかしそれでも綹羅は前に進む。
「その前に、約束しろよ百深! 俺に負けたら、説明を聞き入れろよな!」
「できないわね、そんなこと。だって勝つのは私よ?」
そして二人は面と向き合い、衝突する。
「行くぜ!」
先制したのは綹羅。地面から植物を生やして攻撃する。だが百深はそれを軽く避ける。さらに彼女は日陰に入った。
「来れるもんなら来てみなさい?」
「これは……」
綹羅は一瞬で、果叶と戦っていた時のことを思い出した。その時の果叶は、連絡を取り合うような素振りを何も見せなかった。ならば百深が綹羅の植物の弱点を知っているはずがない。
(センス、か……)
そう。百深は綹羅の神通力を知っているので、直感で日陰に隠れたのだ。見切りが抜群であり、それに綹羅は驚く。
「でもよ……それは俺を甘く見過ぎだぜ!」
けれども綹羅も止まれない。すぐに百深の足元につるを伸ばす。それは日光の下と日陰では、微妙に動きが異なる。
それを百深は見逃さなかった。
「な、何だ?」
大きくジャンプすると、それだけで綹羅の前に躍り出る。そして腹にパンチを決めた。
「………!」
声が出ない。それほどの激痛が、綹羅の全身に走る。指や毛先まで痛みが響き渡るのだ。
(うご…! 何だ今の一撃は?)
偶然にしては強すぎる。会心の一撃なのだろうか? 臓器が全てぐちゃぐちゃになった感触だ。だが驚愕の事態が次に起きる。
綹羅が痛みに怯んでいると、次の一撃が頬に炸裂した。
「ごっ………!」
今度は口が勝手に動いたが、意図した言葉を発したのではない。綹羅は顎が砕けたかと思い、反射的に手で押さえた。だが、血は出ていない。だから骨も折れてはいない。
(何だこの尋常じゃない痛みは?)
鋭すぎる刺激に戸惑いを隠せない綹羅。
(パワーが上がっているわけじゃない…。のに、強い一撃! どうなっている…?)
百深の神通力が見えてこないことも、綹羅を混乱させる。
しかし、ここで怯んでばかりはいられない。反撃に出た。植物を地面から生み出して、百深を絡め取ろうとする。
「意味な……」
百深は瞬時に後ろに下がるが、転んだ。既に綹羅は彼女の足元に、つるの輪っかを作っていたのだ。それに靴の踵が上手く引っかかった。
「よし…!」
この機は逃さない。綹羅は根を生やして百深の体を拘束しようとする。その時だ。逆に百深は根っこを掴んで引っ張った。
「うわ?」
根は綹羅の足元から伸びていたので、その地面が少し揺れてバランスを崩された。そして百深は足元に注意を払いながらジャンプする。
「もう、その手は受けないわ」
近くのオブジェの上に立つと、綹羅を見下ろしながらそう言った。
「だが! 俺の方が有利なのは変わりない! 百深、お前のは遠距離攻撃のできる神通力じゃないだろ? 離れただけで勝ち誇るなんて、それこそ馬鹿馬鹿しいんじゃないのか!」