その①

文字数 1,286文字

 まず泰三は、勇宇の体を近くのベンチの上に移した。勝負の邪魔にならないためならと、綹羅がその行動を目で許可した。

(綹羅の神通力は、確かにこの目で見た! 弱点はあまり…ない! 寧ろあったとしても、すぐにそれを克服する植物が生える。これでは突破は難しい…)

 しかし、勝算がないわけでもないのだ。

(だが! 綹羅が攻撃をかわす時の動きは結構シンプル。そこに隙がある! 俺でもそこを突くことができれば…!)

 問題は、泰三の神通力は水を操ること。対して綹羅の神通力が植物を操ること。相性が悪すぎるのだ。その壁も突破しなければ、隙を突けても無意味。
 しかし、大きすぎる課題を前に泰三は絶望などしていない。いいや、している暇がない。その感情を抱いてしまっては、失うものが多すぎる。

 彼は思い出していた。今日、出発する時に環とかわした約束を。必ず綹羅を連れ戻すと宣言した。それを一方的に破棄する気はない。逆に必ず闇から救い出すという意思が、彼の心に芽生えた。

「そろそろいいだろう…?」

 綹羅が言った。

「ああ…」

 泰三が返事をした。二人とも、今から戦いが始まるとは思えないくらい落ち着いた声だ。おそらく両者とも、自分が負けるとは思っていないのだろう。だがこの舞台に立つ人物は泰三と綹羅の二人。必ずどちらかは膝を曲げて地面に落ちるのだ。いい意味でも悪い意味でも、二人ともそれが見えていないのだ。


 火蓋を切ったのは、泰三の方だった。

「くらえ…」

 水の球を生み出すと、それを綹羅に向けて撃ち込む。だが、こんな単純な攻撃が通じるはずがない。

「貴様は、水か…」

 そう言うと、綹羅の足元から植物の根が伸びた。それは水の球に当たると、水分を吸収し尽くしてしまった。

「水は怖くも何ともない。だが最も恐れるべきことは、怖くないこと。時としてそれは、この俺が立つ地面に巨大な穴を穿ちかねない。だから俺は貴様を侮辱も軽蔑もしない。全力をもって排除する」

 相変わらず瞳は冷たいが、心は熱い。容赦されないことを泰三は悟った。これでは隙を築くのにも一苦労するだろう。
 しかし、彼も折れない。

「今の一撃が、お前に届くとは思っていない。なのに勝ち誇ったようにそう罵るのは、それこそ傲慢じゃないか?」
「愚問だな」
「そうかい…」

 話は通じない。ならばやはり、自分の力を示すだけだ。

「行くぞ、綹羅!」

 泰三は地面に水を這わせた。そしてその上を滑るように移動する。

「意味はない」

 すぐに綹羅も反応し、根を地面から出させる。それは水をすぐに吸収してしまう。

「そこだぁ!」

 水を吸い取られるのは、泰三も百も承知だ。だから彼は、吸い取られる水の上で加速して綹羅に襲い掛かった。

「ほう、やるな…」

 すれ違いざまに、綹羅に一撃加えた。彼の足が少しだけ切れている。血が流れ出ているのか、ズボンがちょっとだけ赤くなる。

「だが……この程度はさっきのヤツでもできること。調子に乗らないことだな…」

 戦いはまだ、始まったばかりだ。
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