その②

文字数 2,067文字

「………」

 ボサノバは改めて環のことを見た。自分と同じくらい、もしくはちょっと若い。そんな相手に後れを取るようなことはないはずだ。『歌の守護者』としての訓練を受けている彼女はそう感じる。

「んん?」

 だが、この見に回った動きのおかげで気づけた。
 環の服装が、少し乱れている。よく見れば髪もだ。

「そうかそうか! 神通力を使ったな?」

 何故、身体能力の高い自分が負けているのか。その疑問の答えは単純だった。
 環は神通力を使いながら動いているのだ。避けるなら、自分の目の前で、自分だけが影響を受ける風を起こす。それで体を浮かせて、肉体の出すスピードよりも速く動く。攻撃に回る時も同様に、平手打ちをするときに手の甲に風を吹きつける。そうすることで本来よりも素早い動きが可能となる。

「バレちゃったか…」

 時間の問題だと思っていたが、こうもあっさりと見破られるとは環も思っていなかった。

「でもさ……ここは私の勝ちで行かせてもらうよ!」

 そう言った後、後ろの綹羅の方をちらりと見て、

「協力してよ、綹羅君!」

 と、ウインク。綹羅は、

「いいぜ! でも、何をするんだ?」

 聞き返したが、環はもう顔をボサノバの方に戻してしまった。

(俺は何でもするつもりだけど、環さんには何か作戦があるのかな…?)

 彼のそんな心配をよそに、環とボサノバは再び距離を詰める。そして二人ともジッとし、動かない。双方ともに相手の出方を伺っているのだ。

「行く行くぞ!」

 ボサノバの方が先に動いた。環よりも素早く動く作戦があるのだろうか?
 その時、パラパラと雨が降り出した。

「まさか!」

 環は上を見た。雨雲が集まっているようには見えない。だが実際に雨が降っているのだ。

「もらったもらった!」

 その一瞬の隙を、ボサノバは見逃さない。

「しまってる!」

 雨に気を取られ、環は反応に遅れた。そのため突っ込んでくるボサノバの動きをかわせなかった。頭突きをくらうと、環は衝撃に耐え切れず尻餅をついた。
 ボサノバにとって、雨は降っていればよかったのだ。天気雨なら、晴天でも降らせることが可能だ。雲を集める必要がないので、警戒されない。そして雨が降り始めれば相手は、上に何かあると思って頭上に気が行く。その心理を突いた作戦だった。

 態勢を整えるとボサノバは環の服を踏みつけて、起き上がれないようにした。

「よしよし! これで確保だ! 私の勝利!」
「……そうかな?」
「何だ何だ、負け犬の遠吠えか? 吠えてろ吠えてろ」

 ボサノバは環の言葉に耳を傾けようとしなかった。環の体は地面に落ちているので、風を起こして起き上がることはできそうにない。だからこの状態で神通力を使われても大丈夫という慢心から、無視したのだ。何故か環がボサノバを吹き飛ばそうとしないこともそれを助長した。

(ん? 何だ?)

 綹羅は、風が強く吹いていることに気がついた。自分の体が吹き飛ばされそうなほど強い風だ。

「わわっと!」

 足を持って行かれそうになる。その時、ちょうど環がボサノバに倒された瞬間だった。

「環さん!」

 駆け付けようにも、足を持ち上げると体が持って行かれそうなのだ。だが、

(待てよ? これが協力ってことか!)

 閃く。そして彼女を信じて少しジャンプする。すると綹羅の体は風に乗り、ボサノバの方へ動く。

「うおおおお、こ、これで!」

 環の思惑を理解した綹羅は、拳を丸めて構えた。そしてすれ違いざまに、ボサノバの頭を思いっきり殴りつけた。

「ぐがっ!」

 普通の人の攻撃など、神通力者にとっては痛くも痒くもないだろう。だが今は、風がその拳の味方だ。勢いが生じ、それが威力を高めてくれる。一発でボサノバの体は吹っ飛んだ。

「よ、よし!」

 指が少々ヒリヒリするが、それでもこの状況を打破できたのは大きいことだ。
 ボサノバが離れたことを確認すると環は起き上がるよりも前に、風を強くした。

「うわあうわあ!」

 ボサノバの体は吹雪かれ、飛んだ。そして園内の茂みに、真っ逆さまに墜落。

「何とかなった、ね?」

 再びウインクした環。綹羅は、

「ビックリしたぜ。でも、無茶はしないでくれよ…」

 と返した。同時に安堵のため息が出た。

「あの子……ボサノバって言ったっけ? どう?」

 言われて綹羅が見てみると、動いていない。気を失った様子だ。

「立ち上がれそうにないな。大丈夫じゃないか?」

 環に手を差し伸べ、彼女の体を起こしながらそう言う。すると環も、

「命までは取らないよ、私も。それに神通力者ならあの程度では死なないはず! でもちょっとは懲らしめないとね!」

 と言い、実際に茂みに入ってボサノバの胸に手を回して心臓の鼓動を確かめた。

「うん、大丈夫! でもここで伸びててもらいましょう!」

 手のひらをポンと叩くと、環は綹羅の側に戻ってくる。
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