その④

文字数 3,350文字

「だ、誰だ!」

 綹羅が先に振り向いた。が、そこには誰もいない。

「男子の方には興味がない。彼女の目的は、環と名乗るもう一人の方なのだ」

 声はさっきよりも近づいているのだが、姿が見えない。

「隠れているの?」

 環はすぐに風を起こす。そして建物内部の空気を探った。手に取るように内部の気配がわかるのだが、どうしてか自分たちの近くには誰もいないのだ。

「彼女は神通力を使った。おそらく姿の見えない敵を見つけ出そうとしたのだろう。だが、それは全く無意味な行為であった。相手の神通力を理解しないことには、ノクターンの姿は見えない」

 今度は目の前で、声が聞こえた。だがやはり、誰もいない。

「何なんだ!」

 綹羅が数回のパンチを繰り出した。けれど全ての拳が空しく空を切るだけ。

「それも意味はない。ノクターンには、彼の拳は届かなかった」

 耳元で囁かれたと思った環は、後ろに素早く下がった。

「今度は彼女から仕掛ける番だ。指を伸ばして手刀を作ると、彼女はジャンプした。そして天井からぶら下がっている生首の模型を落とす」

 そう言われると、上を見ずにはいられない。二人は首を上に上げた。確かに生首の模型はある。それが次の瞬間、吊るしているワイヤーが不自然に切断されて落ちて来たのだ。

「危ない!」

 綹羅は環のことを抱きかかえて飛んだ。間一髪、模型の落下をかわすことに成功。

「神通力者ではない彼だが、良い反射性能を有しているようだ。ノクターンはそれに驚いたが、彼に手は出さない。下手をすれば、隣の環の怒りを買いかねないからである」

 そして、落ちた模型が何の予備動作もなく宙に浮いた。まるで誰かがそれを持ち上げているようだ。

「目の前にいる! のに、見えないし触れない?」

 環の頭は混乱しそうだった。相手の神通力が何であるのか、全くわからないのだ。最初、姿を消す神通力と思ったが、風で触れることができなかったのでそうではない。だが、今の現象を見るに相手は自分たちの目の前にいるのだ。さっきから聞こえる声もそれを物語っている。

 浮いていた生首が、環に向かって飛んだ。彼女は風で退けるよりも、自分から避ける安全策を選ぶ。しかし綹羅が動いてその模型を上手くキャッチし、すぐに投げ返す。でも、手応えなし。通路の向こう側に落ちた。

「あれ、駄目か…? その場にいると思ったのに!」
「相手は、いないようでいるみたいだね……。その謎が解けないと、ちょっとヤバいよ、綹羅君!」

 二人とも、お化け屋敷の奥に逃げるように進む。けれども目の前に、落ち武者の模型が倒れた。

「先回りされた?」

 綹羅が驚いていると、突然環が腹を抱えてしゃがんだ。

「ど、どうしたんだ?」
「痛い…! 誰かに殴られたみたいに……!」

 その表現は正しいが、綹羅には間違っているように聞こえる。それも当然、環の目の前には誰もいないから。

「くっそー! どうなってるんだこれは?」

 彼はどうにかして、お化け屋敷内にいるであろうノクターンという人物を探そうとした。

「今の彼の行動は、無意味である。探したところで彼女は、絶対に見つからないのだ。しかし彼にはそれがわからない。だから自己満足のために意味もなく動こうとする」

 まただ。声は聞こえるのに、姿は見えない。

「環さん! もしかしたら、遠隔操作で攻撃できる神通力なんじゃないのか? 声とかをこの場所に送っているんだ! でも見えないのがここにいないから!」

 その考えに綹羅が行きつくのは、自然だ。

「でも、そうだとしたらどうやって私たちの場所を確認しているの?」
「監視カメラか?」

 見上げると、それらしきカメラがこちらを向いている。綹羅がその死角に入ろうとした時、環は風を起こした。そしてカメラを切り落とした。

「旋風の応用だよ。金属だろうが切断できるから。こうすれば姿を隠すよりも早いでしょう?」
「そうだな…」

 一応、レンズは壁に向けた。環は近くの監視カメラを全て切り落とした。もし綹羅の考えが当たっているのなら、これで相手の目は潰せているはずだ。
 そんなことは無意味と言わんばかりに、環が倒れた。今度は頬を打たれた感覚だ。

「どうなっているの…?」
「大丈夫か、環さん!」

 目は封じたはず。しかし相手の攻撃は正確だ。

「や、やっぱりこの場にいるんだよ…。でないとおかしいじゃん!」

 疑問が生まれるばかり。彼らは何の解決策も生み出せていない。これではノクターンの思うつぼだ。

「メヌエットとボサノバを破ったのは、偶然の産物だったのだろうか? 彼女は早々に諦めムードを漂わせている。これでは勝負にならない。ノクターンはそう判断し、彼女を気絶させて確保しようと動く」

 そう聞こえた直後、何もない空間からスタンガンが出現した。

「何だ…? どうやってここに?」

 もちろんそれは当然のごとく宙に浮く。誰かが持っているかのようだ。そして揺れ動きながら環に近づいていく。

「させるか!」

 勇敢にも綹羅は動いた。スタンガンの取っ手の部分を掴んで押さえようとしたが、凄まじい力に振りほどかれる。その時綹羅の体は頭から壁に激突しそうになった。だから彼は反射的に目を閉じた。
 幸いにも、足元の屋敷のセットに躓いてその場で転んだので、壁には衝突しなかった。

「ん…?」

 その時、何者かの姿がハッキリと見えたのだ。

「い、いる…!」

 目を開けて確認しようとしたが、そこには誰もいない。さっきの人物は環ではないことは確かだ。だが綹羅にはある直感が。それを確かめるために、もう一度瞼を閉じた。すると、

「見えるぞ!」

 今にも環に攻撃を加えようとしている女性の姿がくっきりとそこにあるのだ。慌てて綹羅は環の腕を引っ張った。おかげでノクターンの攻撃は空振りに終わった。

「まさか…。彼女は思った、自分の動きが読まれている。その証拠に、ノクターンの一撃は環には届かなかった。囮のスタンガンがかわされるのはまだ理解できるものの、本命だったキックが当たらなかった理由は一つしかない……神通力がバレたのだ」

 綹羅は環に、説明する。目を閉じれば、相手の姿が確認できると。

「ほ、本当だ…!」

 さっきまでは見えなかったのに、今なら顔の表情まで手に取るようにわかるのだ。不思議なことに目を開けると何も見えないが、閉じている間だけ確認できる。
 これが、ノクターンの神通力だ。彼女は、目を閉じている間だけ認知できる暗黒世界に入り込むことができるのだ。

「種がわかれば問題ないね、この相手は!」

 環は目を閉じたまま、自分の神通力を使う。すると相手の、風に抗う姿が見える。どうやらこちらが瞼を閉じている間は、こちらからも干渉できる様子。

「いて!」

 前に進もうとして、彼女は壁にぶつかった。目を閉じているということは、視野は皆無であるということ。いくらノクターンの姿が見えるとはいっても、それ以外の物体や人の姿は見ることは不可能。これでは足元がおぼつかない。

「環さん! 俺がサポートする! 手を出してくれ」

 この時の綹羅の行動はシンプル。協力に徹するのだ。差し出された環の手を掴むと、彼は環の体を安定させた。これで転ぶ心配はない。

「よし! これなら!」

 相手の動きは完全にわかる。環は旋風を起こし、ノクターンの手首を切った。とは言っても、切り落とすつもりはない。手に持っているスタンガンを叩き落としたのだ。ノクターンは一瞬だけ、傷口を押さえて怯んだ。その隙に環はスタンガンを拾う。そして、

「これで!」

 ノクターンの体に電極を押し付ける。目を閉じているのでちゃんとした人間の感覚がある。そこでスイッチを入れる。

「………!」

 次の瞬間、目を開けている綹羅の目の前に床に突然、女性の体が現れて倒れこんだ。

「やったのか?」
「うん! スタンガンを逆にくらわせたよ! そうしたら気絶して、神通力が解かれたのかな……? 今度は目を開けてないと見えないね!」
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