その⑤
文字数 3,131文字
同じ頃、百深と遥はまだ生きていた。しかし直希と果叶の死は知らない。善戦してくれていることを願ってはいるが、連絡を取り合ってはいないからだ。
「おいおい、そっちの方が人数が多いぜ?」
陵湖、絢嘉に加えて環も、二人と対面していた。
「自信がないんだわ! 私たちに勝つ……そのビジョンが見えないから頭数に頼ろうとする。でしょ?」
遥は卑怯だという口ぶりだが、百深はそうではない。寧ろこれぐらいのハンデがないと面白くはないし、自分たちなら楽勝だとも考える。
(絢嘉はまず、敵じゃないわ。陵湖は面倒なだけで、近づいて攻撃すればまず負けることはない! 問題は…環ね)
先日、環は戦いの場にいなかった。百深は彼女がどんな神通力を持っているのかを『歌の守護者』から聞いてはいたものの、戦術まではわからない。
一方の遥は、百深とはまた違う考え方だ。
(絢嘉の神通力はどうでもいい。それが俺を叩くことはないからな! だがよ……陵湖の神通力は止めようがないんだよな、あれは俺に向けられた神通力じゃないから。んでもって、環は……論外! いくら風を起こしても、やっぱり俺には届かんよ? 敵は陵湖だけだぜ)
その、彼が一番警戒する陵湖と遥は戦うつもりで、彼女のことを睨んでいる。苦手は最初に潰すと言わんばかりの行動だ。
対峙している環たちも作戦会議をする。
「遥の相手は誰がする? 言っておくけど絢嘉は嫌だよ?」
「なら私が。でも、アイツの神通力はまだ不透明なところが多いわ。環、手伝って!」
「いいよ。でもそうしたら百深はどうするの? あの子の神通力なんて一番わかんないよ? 不透明どころか真っ暗…」
「そこは絢嘉が頑張る番ね。ちょうど、絢嘉の神通力は視界を遮ることができるしいいじゃない?」
「なんだそれー?」
だが、陵湖のはいざという時に逃げられる神通力ではない。環では可能かもしれないが、相手に通じない可能性もある。そう考えると、危険を感じたら身を隠して逃げることができる絢嘉に、相手の情報を探らせるのが一番なのだ。
「しょーがないなー。任せて」
「頼んだわよ。勝て、とは言わないわ。できるだけ長引かせて、情報を吐き出させなさい」
絢嘉はその提案を受け入れた。するといきなり神通力を全開にする。
「馬鹿! ここで使ったら…」
当然、隣にいた環と百深は彼女が発する煙に飲み込まれる。毒こそないが、呼吸を阻害することに変わりはないのだ。すぐに二人は手で鼻と口を覆った。そして煙の中心にいる絢嘉は移動し、百深を巻き込もうと動く。
「環、行くわよ!」
「オッケー」
二人は遥の方に駆けた。
「来るか…!」
彼からすれば、面倒な相手と楽な相手が一緒に来たようなもの。こういう時の戦い方は簡単だ。
(環とは距離を取れば、まず襲われることはない。アイツとは離れつつ……陵湖に接近して叩く!)
遥は駆けた。陵湖をすれ違いざまに攻撃するつもりなのだ。しかし陵湖も丸腰で戦うほど馬鹿ではない。
「コイツ!」
別次元からスタンガンを持って来ると、それを構える。彼女の神通力は止めようがないし、おまけに作戦がバレている。
「くそ、陵湖め! これじゃあ簡単には近づけねえ…」
一旦ここは距離を置く。が、今度は陵湖の方から迫ってくる。彼女は別次元から木刀を取り出すと、遥へ向けて構え、そして突っ込んだ。
「うりゃー!」
「おおおおおお!」
振り下ろされた木刀を間一髪、遥は両手で挟んで止めた。
「あなたたち……どうしてシャイニングアイランドに味方するの?」
「うるせえな、そんなのどうでもいいだろうが! 退屈な人生はごめんだ。お前もそうじゃないのか? 一般人に紛れて生きるなんて、面白くもない話! それで一生を消費していいのかよ?」
「わからないわね…。楽しく生きることが全てじゃないでしょ!」
「お前には理解できないだろうな、何にも!」
二人の話は完全に平行線だ。
「ケッ! だいいちお前が俺に勝てるとでも?」
そう言うと、遥は挟んで止めた木刀を曲げた。バキッという音がして、それは無残に折れた。
「どう……。うげ!」
しかし、待ってましたと言わんばかりに陵湖は折れた木刀の残された短い刀身で、遥の体を突く。これがもし本物の刀だったら、これで死んでいる。
「そこが……甘いな、お前…」
突かれたわき腹を押さえながら、遥は言った。彼の言う通り、殺す気で戦っていれば今の一撃で終わらせられたのだ。
「無理にでも連れ戻すわよ! 迷惑かけないで!」
それをしなかったのは、甘さがあったからではない。陵湖は、今なら四人はまだ戻って来れると信じている。だから加減したのだ。しかし、
「オラアッ!」
その思いを踏みにじるかのように、遥のキックが飛んできて陵湖の体を吹っ飛ばした。
「じゃあ、ここで死ぬんだな! 俺たちは平凡な日常にもう戻りはしない……。シャイニングアイランドと共に歩むだけだ。こここそが、神通力者がいるべき場所! 神通力者があるべき姿を演じられる理想的な環境だ」
そう言ってのけると、拳を丸めて陵湖に迫る。対する陵湖は地べたを這いながら、スタンガンを向けて威嚇する。
「そうは思わない!」
その叫び声と共に、環が二人の間に割って入った。
「ちょっと、環…」
「陵湖は下がってて! いざという時のために神通力を温存しておきたいから!」
もしも、完全に敵わない…つまりは自分たちの命の危険を感じた時は、それなりの物を別次元から持って来てもらわないと困る。そういう考えがあったために環は、ここは自分が戦うと意思を表示した。
「ああ、かかって来いよ!」
遥からすれば、特に警戒すべき相手ではない。逆だ、簡単に倒せる敵。
(この馬鹿め…! 神通力が俺に通じないことを知ってて言ってるのか? 本気で勝てると思っていたら、幼稚園児からやり直した方がいいレベルのアホだぜ!)
環は指をくるくると回した。すると周囲の空気が流れを変える。渦を巻いて、小さな竜巻が生じた。そしてそれを、遥の方に向かわせた。
「やっぱり、大馬鹿!」
無駄だと言わんばかりに、遥はその竜巻に自ら突っ込んで、そして風を切り裂いた。瞬時に風が止み、竜巻は消えた。
「なるほど……やっぱりこれは通じないみたいだね」
今の一手、完全に無駄に見える。しかし環にはある作戦が。
次の瞬間、環が動いた。そのスピードは風よりも速く、遥とすれ違うと同時に手刀が彼の肩を襲った。
「ぐわあわ! な、何だ今の動きは?」
神通力者なら普通の人には出せない速さで走ることは容易。だが今のは明確に違う。神通力者でもできない動きなのだ。
「どうやら君の神通力……。無効にできるのは自分が対象じゃないといけないんだね。通りで陵湖の神通力は止められないのに絢嘉は何もできないわけだ…」
「じ、じゃあお前は今、何をしたんだ!」
「自分で考えてみたら? 私が自分から不利になることを言うと思う?」
そして環はもう一度、さっきと同じ速さで遥に迫る。反応が追いつかない動きだ。
「ぶわああああああ!」
今度はパンチが、彼の頬を襲った。一撃で地面に落ちる遥。素早すぎて、目で追うことすらできない。
「こ、コイツ…! 風を操る神通力のはず! 何でこんなに速いんだ? まるで果叶の神通力みてえだ…!」
だが果叶のとは明確に異なる。それは遥が一番良くわかっている。自分の身体能力が下がっている様子がないからだ。
「おいおい、そっちの方が人数が多いぜ?」
陵湖、絢嘉に加えて環も、二人と対面していた。
「自信がないんだわ! 私たちに勝つ……そのビジョンが見えないから頭数に頼ろうとする。でしょ?」
遥は卑怯だという口ぶりだが、百深はそうではない。寧ろこれぐらいのハンデがないと面白くはないし、自分たちなら楽勝だとも考える。
(絢嘉はまず、敵じゃないわ。陵湖は面倒なだけで、近づいて攻撃すればまず負けることはない! 問題は…環ね)
先日、環は戦いの場にいなかった。百深は彼女がどんな神通力を持っているのかを『歌の守護者』から聞いてはいたものの、戦術まではわからない。
一方の遥は、百深とはまた違う考え方だ。
(絢嘉の神通力はどうでもいい。それが俺を叩くことはないからな! だがよ……陵湖の神通力は止めようがないんだよな、あれは俺に向けられた神通力じゃないから。んでもって、環は……論外! いくら風を起こしても、やっぱり俺には届かんよ? 敵は陵湖だけだぜ)
その、彼が一番警戒する陵湖と遥は戦うつもりで、彼女のことを睨んでいる。苦手は最初に潰すと言わんばかりの行動だ。
対峙している環たちも作戦会議をする。
「遥の相手は誰がする? 言っておくけど絢嘉は嫌だよ?」
「なら私が。でも、アイツの神通力はまだ不透明なところが多いわ。環、手伝って!」
「いいよ。でもそうしたら百深はどうするの? あの子の神通力なんて一番わかんないよ? 不透明どころか真っ暗…」
「そこは絢嘉が頑張る番ね。ちょうど、絢嘉の神通力は視界を遮ることができるしいいじゃない?」
「なんだそれー?」
だが、陵湖のはいざという時に逃げられる神通力ではない。環では可能かもしれないが、相手に通じない可能性もある。そう考えると、危険を感じたら身を隠して逃げることができる絢嘉に、相手の情報を探らせるのが一番なのだ。
「しょーがないなー。任せて」
「頼んだわよ。勝て、とは言わないわ。できるだけ長引かせて、情報を吐き出させなさい」
絢嘉はその提案を受け入れた。するといきなり神通力を全開にする。
「馬鹿! ここで使ったら…」
当然、隣にいた環と百深は彼女が発する煙に飲み込まれる。毒こそないが、呼吸を阻害することに変わりはないのだ。すぐに二人は手で鼻と口を覆った。そして煙の中心にいる絢嘉は移動し、百深を巻き込もうと動く。
「環、行くわよ!」
「オッケー」
二人は遥の方に駆けた。
「来るか…!」
彼からすれば、面倒な相手と楽な相手が一緒に来たようなもの。こういう時の戦い方は簡単だ。
(環とは距離を取れば、まず襲われることはない。アイツとは離れつつ……陵湖に接近して叩く!)
遥は駆けた。陵湖をすれ違いざまに攻撃するつもりなのだ。しかし陵湖も丸腰で戦うほど馬鹿ではない。
「コイツ!」
別次元からスタンガンを持って来ると、それを構える。彼女の神通力は止めようがないし、おまけに作戦がバレている。
「くそ、陵湖め! これじゃあ簡単には近づけねえ…」
一旦ここは距離を置く。が、今度は陵湖の方から迫ってくる。彼女は別次元から木刀を取り出すと、遥へ向けて構え、そして突っ込んだ。
「うりゃー!」
「おおおおおお!」
振り下ろされた木刀を間一髪、遥は両手で挟んで止めた。
「あなたたち……どうしてシャイニングアイランドに味方するの?」
「うるせえな、そんなのどうでもいいだろうが! 退屈な人生はごめんだ。お前もそうじゃないのか? 一般人に紛れて生きるなんて、面白くもない話! それで一生を消費していいのかよ?」
「わからないわね…。楽しく生きることが全てじゃないでしょ!」
「お前には理解できないだろうな、何にも!」
二人の話は完全に平行線だ。
「ケッ! だいいちお前が俺に勝てるとでも?」
そう言うと、遥は挟んで止めた木刀を曲げた。バキッという音がして、それは無残に折れた。
「どう……。うげ!」
しかし、待ってましたと言わんばかりに陵湖は折れた木刀の残された短い刀身で、遥の体を突く。これがもし本物の刀だったら、これで死んでいる。
「そこが……甘いな、お前…」
突かれたわき腹を押さえながら、遥は言った。彼の言う通り、殺す気で戦っていれば今の一撃で終わらせられたのだ。
「無理にでも連れ戻すわよ! 迷惑かけないで!」
それをしなかったのは、甘さがあったからではない。陵湖は、今なら四人はまだ戻って来れると信じている。だから加減したのだ。しかし、
「オラアッ!」
その思いを踏みにじるかのように、遥のキックが飛んできて陵湖の体を吹っ飛ばした。
「じゃあ、ここで死ぬんだな! 俺たちは平凡な日常にもう戻りはしない……。シャイニングアイランドと共に歩むだけだ。こここそが、神通力者がいるべき場所! 神通力者があるべき姿を演じられる理想的な環境だ」
そう言ってのけると、拳を丸めて陵湖に迫る。対する陵湖は地べたを這いながら、スタンガンを向けて威嚇する。
「そうは思わない!」
その叫び声と共に、環が二人の間に割って入った。
「ちょっと、環…」
「陵湖は下がってて! いざという時のために神通力を温存しておきたいから!」
もしも、完全に敵わない…つまりは自分たちの命の危険を感じた時は、それなりの物を別次元から持って来てもらわないと困る。そういう考えがあったために環は、ここは自分が戦うと意思を表示した。
「ああ、かかって来いよ!」
遥からすれば、特に警戒すべき相手ではない。逆だ、簡単に倒せる敵。
(この馬鹿め…! 神通力が俺に通じないことを知ってて言ってるのか? 本気で勝てると思っていたら、幼稚園児からやり直した方がいいレベルのアホだぜ!)
環は指をくるくると回した。すると周囲の空気が流れを変える。渦を巻いて、小さな竜巻が生じた。そしてそれを、遥の方に向かわせた。
「やっぱり、大馬鹿!」
無駄だと言わんばかりに、遥はその竜巻に自ら突っ込んで、そして風を切り裂いた。瞬時に風が止み、竜巻は消えた。
「なるほど……やっぱりこれは通じないみたいだね」
今の一手、完全に無駄に見える。しかし環にはある作戦が。
次の瞬間、環が動いた。そのスピードは風よりも速く、遥とすれ違うと同時に手刀が彼の肩を襲った。
「ぐわあわ! な、何だ今の動きは?」
神通力者なら普通の人には出せない速さで走ることは容易。だが今のは明確に違う。神通力者でもできない動きなのだ。
「どうやら君の神通力……。無効にできるのは自分が対象じゃないといけないんだね。通りで陵湖の神通力は止められないのに絢嘉は何もできないわけだ…」
「じ、じゃあお前は今、何をしたんだ!」
「自分で考えてみたら? 私が自分から不利になることを言うと思う?」
そして環はもう一度、さっきと同じ速さで遥に迫る。反応が追いつかない動きだ。
「ぶわああああああ!」
今度はパンチが、彼の頬を襲った。一撃で地面に落ちる遥。素早すぎて、目で追うことすらできない。
「こ、コイツ…! 風を操る神通力のはず! 何でこんなに速いんだ? まるで果叶の神通力みてえだ…!」
だが果叶のとは明確に異なる。それは遥が一番良くわかっている。自分の身体能力が下がっている様子がないからだ。