その②

文字数 2,816文字

「俺はボレロだぜ!」
「私はセレナーデ…」

 陵湖と絢嘉の前に立つ二人組は、そう名乗った。

「自己紹介ありがとう。私は陵湖。で、こっちは絢嘉」
「そうか。お前たちは環の仲間だろう? わかるぞ、あの男に言われて、救出しようって魂胆だな?」
「そんなの、当たり前じゃん! 全然推理してないよ!」

 絢嘉に指摘されるとボレロは、

「ちょっと黙ってろ! これから先は、お前たちにはいばらの道が待って…」

 長そうなセリフを吐いている間に、彼の顔の横を何かがかすめた。

「陵湖、もうやる気なの?」

 絢嘉が驚く。それも当たり前で、陵湖の手には拳銃が握られているのだ。

「これで死ぬとは思えないけど…いいわ! 邪魔者は排除して、残った一人に聞けばいいから!」
「おいお前! そんなものをどうやって?」

 ボレロの疑問は、どこで拳銃を手に入れたか、という意味ではない。シャイニングアイランドに入る時、荷物検査とボディチェックを受ける。そのため危険物は一切持ち込めないはず。にも関わらず陵湖は、拳銃を持って来ているのだ。

「教えてあげようかしら? 絢嘉、あんたの分もあるわよ?」

 陵湖はそう言って、ポケットに手を突っ込んだ。するとそこからもう一丁、拳銃が出てくる。明らかに銃が入っていそうな大きさのポケットではないが、彼女は得意気に取り出した。

「流石! 別次元から物を持って来れる神通力は便利だね! 絢嘉、いつ見ても感心しちゃうよ!」
「ん何ぃ?」

 にわかには聞き捨てられない発言だ。しかし事実、陵湖の神通力はそういうもの。袋状のものに手を突っ込めば、そこが別次元への入り口になる。そこから任意の物を取って来れるのだ。

「ちょっと絢嘉、大声で言わないでよ! バレちゃったじゃないの!」

 突然の彼女の利敵行為に、陵湖は怒る。絢嘉の分と言って出した拳銃を自分の手で握りしめている辺りにその怒りを感じ取れる。

「もういいわ! これで!」

 陵湖は二つの銃口をボレロとセレナーデに向けた。そして迷うことなくトリガーを引く。先ほど彼女が言ったように、神通力者なら拳銃で撃たれた程度で死ぬことはない。だが、怪我を負わせられれば後々有利に立ち回れる。

「そうはさせねえぜ!」

 銃口から解き放たれた弾丸は、ボレロが繰り出した炎に飲み込まれた。

「コイツは、火か!」

 その赤い火炎は一瞬で弾丸を気体にしてしまい、二人には攻撃は届かない。

「そうだぜ! 俺は『歌の守護者』の中でも特に攻撃的! その攻撃に耐えられるか? ああ?」

 さらに火球を生み出して投げつける。陵湖と絢嘉は後ろにジャンプしてこれをかわした。地面に着弾するとすぐに大きく炎上。

「相変わらず熱いわね…。私には理解できな……」

 その光景を見ていたセレナーデが呟く。その独り言は途中で止まった。

「ねえボレロ、ちょっとおかしいわ…?」
「ん何が?」

 セレナーデの指摘は、陵湖と絢嘉が簡単に逃げれたことではない。

「煙よ…。こんなにモヤモヤしないはずでしょ? 違った…?」

 確かに彼女の言う通り、いつも以上に煙が立ち込めている。それが運ぶ焦げた匂いがボレロの鼻を刺激すると、いよいよ異常と思わずにはいられない。

「まさか! もう片方の女の神通力か?」

 ボレロはまず、そう推測した。

「やっほ~!」

 そして次に、煙を切り裂いて飛んで来る絢嘉に驚愕。

「コイツ! もう一度燃やしてやらぁ!」

 ボレロが指をパチンと鳴らすと、周りから赤い炎が生じる。だが、絢嘉の周りだけそれが燃えていない。

「どうなっている…?」

 驚くことに、煙が彼女の体を守るように動いているのだ。酸素の供給が断たれた炎は燃焼できずに消える。

「そーれっ!」

 思いっきり、絢嘉はボレロの顎を蹴り上げた。

「ぐおっ!」

 この一撃は、それほど力はこもっていない。だからボレロはのけ反ったが、すぐに体勢を戻す。逆に絢嘉を捕まえた。

「これで……くらっ! ボボ、ゴホ! この、煙い!」

 捕まるのも計算の内か、絢嘉は手でボレロの口を押えると、手のひらから煙を出して彼の口の中を充満させた。咽たボレロは手を放してしまう。

「動かないで!」

 ここでセレナーデが、絢嘉に威嚇する。手には大きな氷柱を持っている。彼女は氷を操れる神通力者なのだ。いつでも絢嘉に向けてそれを撃ち出せるので、彼女の動きを抑制する。
 しかし、突然氷は割れる。

「馬鹿ね! 私のことを忘れたのかしら?」

 陵湖だ。ボレロとセレナーデの注意が絢嘉に注がれているこのタイミングで、煙が邪魔にならないよう横に動いて、そしてセレナーデに向けて発砲したのだ。

「邪魔…!」

 驚く間もなくセレナーデは次々に氷柱を生み出すと、陵湖に向けて発射。全て当たったら、いくら神通力者でも命はない。
 対する陵湖の行動は…。何とビニール袋を広げるだけ。

「それで防いだつもり…?」

 セレナーデは、勝利を確信した。だが氷柱は一本も、袋を貫通しない。全てビニール袋に吸い込まれ、そして全部消えたのだ。

「残念ね。別次元に送ってしまったから、絶対に私には当たらないわ! 絢嘉、ちょっと戻って来なさい!」

 ここで四人の位置関係は振り出しに戻る。

「近くに誰かいないの? 陵湖だけ?」

 キョロキョロしたが、仲間の姿はない。

「そうみたいだね。でもそれでいいわ。アイツらも仲間がいないみたいだから!」

 一旦状況を整理する。

「いい絢嘉、私たちの目的はコイツらを倒すことじゃないわ。逆よ、一人でもいいから捕まえて、環の居場所を聞き出す! それが最優先!」
「でも、あの二人とも言わない場合は?」
「それは仕方ないわね。他をあたろうかしら?」
「じゃあ、やっちゃっていいんだね!」
「……許すわ」

 陵湖たちは、まだ動かない。作戦を練ってからでも遅くはないからだ。寧ろ何も考えずに突っ込む方が無謀極まりないしスマートではない。

 そしてそれは、ボレロたちも同じ。

「セレナーデ……。近くに『歌の守護者』の仲間はいるか? 管制室にメヌエットがいるだろ、聞いてくれ」
「………ダメ。散らばっているわ…」
「じゃあ俺たちだけで、あの二人を退けるぞ! 準備はいいか?」
「待って。氷を十分に作っておくわ…。そっちはどう?」

 ボレロは自分の拳を見つめた。種火が必要ない彼の神通力なら、一瞬で巨大な炎を生み出せる。しかしそれでは絢嘉が繰り出す煙を越えられない。

「小さく行くぜ。大きな炎だと煙も多く出ちまうからな。そうなるとあの、無鉄砲少女がどうしても厄介だ…」
「じゃあ私が、あっちの絢嘉とかいう子を対処する?」
「それでいい。俺は陵湖をどうにかして始末する!」
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