その②

文字数 2,509文字

 蹴り飛ばされた勇宇は後ろにのけ反った。そこにプルートは追撃を仕掛ける。

「そうら!」

 肘鉄が勇宇の膝を襲った。

「ぐおっ!」

 かなりの痛み。たまらず彼は地面に倒れ、膝を抱える。

「舐めんなよ、大馬鹿? お前の神通力じゃ私は殺せないなあ?」

 倒れている勇宇に近づいてトドメを刺そうとしたプルート。だが勇宇が突然体を起こしたのだ。

「何? まだ起き上がるか…」
「ああ! 回復系のお前に対していい方法があるんだ!」

 膝の痛みは取れていないので、体勢は歪んではいる。しかし勇宇にとってそれはあまり関係ない。ノコギリを生み出した。

「はっは! そんなので勝てる? あのさあ私の神通力をご存知ない? 切っても無意味! だってくっつけられるから!」
「じゃあ避けるなよ!」

 そのギザギザの刃で勇宇はプルートの足に切りかかった。

「うぐ、ううううううぬ…」

 ギコギコと動かされると、激痛が走る。そして足が切られた。

「でも!」

 ここで得意気にプルートは神通力を使い、足を元通りに戻した。

「意味ないね! 仮に切り取られた部分が紛失しても、私の神通力を使えばまた生やすことは全然できる! だから、私に切る攻撃は効かない!」
「本当にそうか?」

 余裕があるのは、プルートだけではない。勇宇にもあるのだ。
 また、勇宇はプルートの体にノコギリの刃を当てた。そしてそれを動かした。

「無駄なことを…!」
「でも、痛いんだろ?」
「それがどうしたって? って、まさか?」

 そう。勇宇は初めからプルートの体を切り取ろうとは考えていない。ただ、痛みを与えることだけを考えている。だから切れ味の悪いノコギリを用意したのだ。
 プルートの腕を掴んで、ノコギリで切る。

「や、やめろこの野郎!」

 抵抗するプルートの攻撃は、避けない。何度頭を叩かれようが勇宇はノコギリを動かした。

「いい、痛あああ! このクズ! やめろって!」

 そろそろ千切れそうというところで、やっと勇宇は腕を放す。

「はあ、はあ、はあ…。全く何てことしやがるコイツ!」

 当然腕は、プルートの神通力で元通りに。しかし間髪入れずに今度は足を掴んで切りかかる。

「う、う…! ああああああ!」

 痛みの蓄積。これにプルートは耐えられない。拷問を受けているかのような苦痛が全身に走るのだから。

「ひ、ひ……ひいいいい!」

 足は治せるが、もうプルートの感情は限界だ。目には涙が、そして腕はプルプル震えているのが証拠。それを見計らった勇宇は鉄パイプを繰り出し、軽く彼女の頭を殴った。

「う…」

 死なせるつもりはないが、蓄積された痛みが今の一撃で解放されたのか、プルートの意識が飛んだ。

「よし! いいぞ」

 勇宇がプルートを負かせた時、泰三の方はまだマーキュリーと戦っていた。

「おい、どうしたんだ?」
「いない……。さっきまた姿を見せたと思ったら、また消えた。敵の神通力がわからん…」

 この時点ではまだ、相手の神通力はわかっていない。だから泰三は焦りを感じているのだ。

(速く見つけるか、神通力の目星を付けなければ……状況は悪くなる一方だ…)

 辺り一帯を水で流しても、手応えがない。水を頭上で弾けさせ、疑似的な雨を降らせてもだ。

「どうなっている?」

 実はこの時、蚊ほどの大きさになったマーキュリーが泰三の服にしがみついて登っていた。ここまで来れば後は口の中に入って、内部を破壊して回るだけだ。

(勝負あったな、小僧。ここまで来ると俺は失敗したことはない。この道のプロだ。勝負には速さはいらないのだ。必要なのは確実性のみ。お前はそれを満たせてないから、敗北する!)

 勇宇も探すが、見当たらない。

「逃げたのかな?」

 だから見当違いなことを口にする。

「そうとは考えにくい。あれだけ滅ぼすだの面白いだの言っておいて逃げるヤツがいるか?」

 喋っている間にも、マーキュリーは泰三の口に迫る。もう首を登るだけだ。ここまで小さいと、相手の感覚を刺激せずに動ける。だから首を這いあがってくるマーキュリーに泰三は気づけない。

(しめた…!)

 ついに唇まで来た。そして次に口が開いた瞬間、そこにマーキュリーは飛び込んだ。

「ん?」
「どうした、泰三?」

 ペッペッと唾を吐いた。

「いや、何でもない…。虫が口に入っただけだ、気にするな」

 虫ではない。小さくなったマーキュリーなのだ。今の唾に巻き込まれずに口の中に侵入し、さらに奥まで進む。

(フッウ! 内臓を破壊してやればコイツは終わる! 思いのほか人間は脆いのさ!)

 マーキュリーの神通力は、身に着けている物も一緒に縮む仕様。彼は脇からナイフを取り出して、喉の奥に入り込もうとした。その時である。

「な、何だ?」

 食堂の奥から、水が迫ってくる。しかしそれは消化液ではない。

「一応、吐き出しておけよ! 虫を放つ神通力者がいるかもしれない。内部に入って何かされたら嫌だろう?」
「それもそうだな…」

 体の外では、そんな会話がされていた。それをマーキュリーが拾えるはずもなく、

「う、うっぷ…! クソ、何故バレた? 俺は失敗したことがないんだぞ…!」

 水に飲まれながらもがくが、捕まれるものが歯ぐらいしかない。しかしそれは、顎を閉じた時に潰されるので駄目だ。

「うがいもしておけよ…。毒があるかもしれない」

 口に水を含んでいる泰三は、親指を立てて返事をする。

「う、プブ…!」

 口の中が水で満たされた。しかも水流は通常のうがい以上だ。念入りに口の中を洗っているためである。

「ペッ」

 そして水を吐き出して、二人は驚く。
 何と地面にぶちまけられた水の中からいきなり、溺れたせいで神通力が解けてしまったマーキュリーが現れたのだ。

「お、おい泰三……。コイツじゃないのか?」
「そうだが、もう伸びちまってるぞ。お前がやったのか?」
「まさか? 俺は指一本触れてはいないよ?」
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