その③
文字数 2,632文字
憩いの広場には、監視カメラはない。だが二人の戦いを尾行中のノクターンが見ていた。彼女はすぐに仲間に報告すると、再び二人の後を追跡する。
「い、色部様……。ボサノバもやられてしまったそうです…」
ボレロは報告するのが怖かった。自分の責任問題ではないのに、どんな罵声を浴びせられるかわからないからだ。だが、
「なるほど……。ここまでの実力者なのなら、なおさら興味が湧くぞ! 是非とも仲間に加えねばなるまい! なあ、ボレロ?」
「ですが、このままでは逃げられてしまうのでは? 『歌の守護者』を集結して戦いますか?」
「それはあまり賢くない。あの二人は多分、今日中に園内を回れない。だからホテルコロナに泊まるはずだ。高校生は夏休みだから、明日も楽しもうという考え。だから…」
「だから…?」
首を傾げたボレロに対し、色部の代わりにプレリュードが答える。
「今日捕まえられなくても大丈夫、という意味ですよね。ここの情報操作力があれば、個人情報の特定は容易い。だから今は逃がしても……いずれは我らの手に!」
「そういうことだ。だが、今日はもう一度だけ仕掛けるぞ。ノクターンに連絡を取れ。お化け屋敷、日食に入ったら襲うように言うんだ」
色部はさらにもう一つのことを考えている。
「それとプレリュード、今夜は我々もホテルコロナの方に向かうぞ? あれだけの実力者をこの目で確かめたい」
彼は、直接会って交渉して仲間に入れようとは考えていない。ただ、シャイニングアイランドの抱える神通力者を退ける環がどんな雰囲気の人物なのかが気になるのだ。
「そうですね。前の四人のように向こうから申し出てくれればいいのですが、今回はそういうことにはならなさそうです」
「うむ。アイツらはちょっと特殊だ。我々の事情をどこで知ったのかは知らないが、少なくとも多少把握はしていた。今はまだチームを組ませずに、いつも通りの日常を歩ませているが、それも作戦! 平常に潜むスパイのようなものだ。いざとなったら彼らも動員する」
そしてボレロは仲間に連絡を入れる。
「聞こえるか、ノクターン? 日食に入ったら攻撃だ。捕まえられるならそれで構わないが、深追いはしなくていい!」
綹羅と環は、ジェットコースターに並んでいる。
「あと何時間かかるんだぁ? 地球上のどの蛇よりも長い長蛇の列だぜ…」
「う~ん、一時間くらいかな?」
人気のないアトラクションならすぐに乗れるが、それは詰まらない。それに二人が並ぶこのコースターは、プロミネンスという、園内の目玉とも言えるアトラクション。並ばないわけがないのだ。
二人は雑談し、何とか時間を潰した。そしていざ二人の番になると、途端に環が、
「き、緊張するね…」
と、絶叫マシンが苦手であることを暴露する。
「ええ、嫌なら言ってくれよ! 乗らないって選択肢があったのに! 俺は全然構わないぜ?」
「で、でも……。それだと綹羅君が詰まらないでしょう? そう思うと言えないよ…」
ちょっと弱気な環の顔は、神通力者としての強さを全く感じさせない表情だった。こういう時、綹羅の男子としての心が燃える。
「でも! 俺と一緒ならきっと…いや、絶対大丈夫だぜ! このジェットコースター、一緒に乗り越えようぜ!」
楽観的な発言だが、弱っている相手にとっては救いの手でもある。
「う、うん!」
環は勇気を出してそう返事をし、そして二人はコースターに乗り込んだ。安全バーを下ろすといよいよ逃げられない。そして始まる絶叫の二分半。
「うひょおおおー!」
綹羅は両手を上げて楽しんでいる。
「ぎゃああー…」
一方の環は、悲鳴を上げて目を瞑っている。
方や至高のアトラクション。方や地獄の機械。遊園地における両者の楽しみ方には、歴然とした差があるのだ。
綹羅にとってはあっという間の時間だが、環にとってはいつ終わるかわからない拷問も同然。
「お、終わった……」
降りる時の環の声は完全に死んでいた。
「だ、大丈夫か…?」
流石に心配になる綹羅だったが、環は笑顔を取り繕って、
「う、うん…! 何とかなるもんだね…」
と返した。
プロミネンスを味わった二人は、今度は絶叫マシンは避けようという運びになった。
「だったら、あのお化け屋敷なんてどうだ?」
綹羅が指で指した方向には、割と大きめの建物が存在する。そこから、悲鳴を上げながら女性たちが走って出て来た。どうやらリタイアしたようだ。
「日食…だっけ? ジェットコースターよりまましかも」
「でも、また別の意味で絶叫しそうだけど…?」
「私なら大丈夫! こういうのは平気なんだ!」
「そ、そうか…。なら行こう…」
口には出さなかったものの、綹羅は少し苦手である。だが、最初にその存在に気がついたのは彼自身。だから今更、拒否することはできない。
「よ、ようし! 俺がお化けを全部捕まえてやる!」
意気揚々とした発言で自分を奮い立たせて、お化け屋敷に入る。
「おお……」
先ほどの言葉はどこへやら、綹羅の表情が一瞬で曇った。
(これはヤバいな……。正直勘弁だぜ。結構雰囲気出てる、というか完全に本物の廃墟じゃねえのかこれ? いつ本物が出てもおかしくない!)
お化け屋敷は矢印に従えば、最後まで行ける。だがここの場合、仕掛けや幽霊役の職員が本気なのだ。心臓発作で死んだ人がいるという噂まであるくらいに。
「楽しそうじゃん! ドンドン進もう!」
「わかってるよ…」
綹羅は環の後をついて行った。
(あれ? 変だな…?)
異変には、真っ先に綹羅が気付いた。
「ねえ、変じゃねえか?」
「何が?」
「何の仕掛けも動かないし、お化け役の人が誰もいないじゃん? 営業してるんだよな、ここ?」
言われて環も、ハッとなる。
異常だ。どうしてか、仕掛けが何も作動しない。それどころか係員すらいなさそうなのだ。リタイアできる場所なのに、誰もいない。
その時、二人の後ろから、
「彼女らは気がついた。ここの人たちがいないことに。しかし、ノクターンの接近にはまだ気づいていない。それもそのはず、彼女は二人の前に姿をまだ現していないのである。入園した瞬間から、後をつけられているというのに」
と、女性の声がした。
「い、色部様……。ボサノバもやられてしまったそうです…」
ボレロは報告するのが怖かった。自分の責任問題ではないのに、どんな罵声を浴びせられるかわからないからだ。だが、
「なるほど……。ここまでの実力者なのなら、なおさら興味が湧くぞ! 是非とも仲間に加えねばなるまい! なあ、ボレロ?」
「ですが、このままでは逃げられてしまうのでは? 『歌の守護者』を集結して戦いますか?」
「それはあまり賢くない。あの二人は多分、今日中に園内を回れない。だからホテルコロナに泊まるはずだ。高校生は夏休みだから、明日も楽しもうという考え。だから…」
「だから…?」
首を傾げたボレロに対し、色部の代わりにプレリュードが答える。
「今日捕まえられなくても大丈夫、という意味ですよね。ここの情報操作力があれば、個人情報の特定は容易い。だから今は逃がしても……いずれは我らの手に!」
「そういうことだ。だが、今日はもう一度だけ仕掛けるぞ。ノクターンに連絡を取れ。お化け屋敷、日食に入ったら襲うように言うんだ」
色部はさらにもう一つのことを考えている。
「それとプレリュード、今夜は我々もホテルコロナの方に向かうぞ? あれだけの実力者をこの目で確かめたい」
彼は、直接会って交渉して仲間に入れようとは考えていない。ただ、シャイニングアイランドの抱える神通力者を退ける環がどんな雰囲気の人物なのかが気になるのだ。
「そうですね。前の四人のように向こうから申し出てくれればいいのですが、今回はそういうことにはならなさそうです」
「うむ。アイツらはちょっと特殊だ。我々の事情をどこで知ったのかは知らないが、少なくとも多少把握はしていた。今はまだチームを組ませずに、いつも通りの日常を歩ませているが、それも作戦! 平常に潜むスパイのようなものだ。いざとなったら彼らも動員する」
そしてボレロは仲間に連絡を入れる。
「聞こえるか、ノクターン? 日食に入ったら攻撃だ。捕まえられるならそれで構わないが、深追いはしなくていい!」
綹羅と環は、ジェットコースターに並んでいる。
「あと何時間かかるんだぁ? 地球上のどの蛇よりも長い長蛇の列だぜ…」
「う~ん、一時間くらいかな?」
人気のないアトラクションならすぐに乗れるが、それは詰まらない。それに二人が並ぶこのコースターは、プロミネンスという、園内の目玉とも言えるアトラクション。並ばないわけがないのだ。
二人は雑談し、何とか時間を潰した。そしていざ二人の番になると、途端に環が、
「き、緊張するね…」
と、絶叫マシンが苦手であることを暴露する。
「ええ、嫌なら言ってくれよ! 乗らないって選択肢があったのに! 俺は全然構わないぜ?」
「で、でも……。それだと綹羅君が詰まらないでしょう? そう思うと言えないよ…」
ちょっと弱気な環の顔は、神通力者としての強さを全く感じさせない表情だった。こういう時、綹羅の男子としての心が燃える。
「でも! 俺と一緒ならきっと…いや、絶対大丈夫だぜ! このジェットコースター、一緒に乗り越えようぜ!」
楽観的な発言だが、弱っている相手にとっては救いの手でもある。
「う、うん!」
環は勇気を出してそう返事をし、そして二人はコースターに乗り込んだ。安全バーを下ろすといよいよ逃げられない。そして始まる絶叫の二分半。
「うひょおおおー!」
綹羅は両手を上げて楽しんでいる。
「ぎゃああー…」
一方の環は、悲鳴を上げて目を瞑っている。
方や至高のアトラクション。方や地獄の機械。遊園地における両者の楽しみ方には、歴然とした差があるのだ。
綹羅にとってはあっという間の時間だが、環にとってはいつ終わるかわからない拷問も同然。
「お、終わった……」
降りる時の環の声は完全に死んでいた。
「だ、大丈夫か…?」
流石に心配になる綹羅だったが、環は笑顔を取り繕って、
「う、うん…! 何とかなるもんだね…」
と返した。
プロミネンスを味わった二人は、今度は絶叫マシンは避けようという運びになった。
「だったら、あのお化け屋敷なんてどうだ?」
綹羅が指で指した方向には、割と大きめの建物が存在する。そこから、悲鳴を上げながら女性たちが走って出て来た。どうやらリタイアしたようだ。
「日食…だっけ? ジェットコースターよりまましかも」
「でも、また別の意味で絶叫しそうだけど…?」
「私なら大丈夫! こういうのは平気なんだ!」
「そ、そうか…。なら行こう…」
口には出さなかったものの、綹羅は少し苦手である。だが、最初にその存在に気がついたのは彼自身。だから今更、拒否することはできない。
「よ、ようし! 俺がお化けを全部捕まえてやる!」
意気揚々とした発言で自分を奮い立たせて、お化け屋敷に入る。
「おお……」
先ほどの言葉はどこへやら、綹羅の表情が一瞬で曇った。
(これはヤバいな……。正直勘弁だぜ。結構雰囲気出てる、というか完全に本物の廃墟じゃねえのかこれ? いつ本物が出てもおかしくない!)
お化け屋敷は矢印に従えば、最後まで行ける。だがここの場合、仕掛けや幽霊役の職員が本気なのだ。心臓発作で死んだ人がいるという噂まであるくらいに。
「楽しそうじゃん! ドンドン進もう!」
「わかってるよ…」
綹羅は環の後をついて行った。
(あれ? 変だな…?)
異変には、真っ先に綹羅が気付いた。
「ねえ、変じゃねえか?」
「何が?」
「何の仕掛けも動かないし、お化け役の人が誰もいないじゃん? 営業してるんだよな、ここ?」
言われて環も、ハッとなる。
異常だ。どうしてか、仕掛けが何も作動しない。それどころか係員すらいなさそうなのだ。リタイアできる場所なのに、誰もいない。
その時、二人の後ろから、
「彼女らは気がついた。ここの人たちがいないことに。しかし、ノクターンの接近にはまだ気づいていない。それもそのはず、彼女は二人の前に姿をまだ現していないのである。入園した瞬間から、後をつけられているというのに」
と、女性の声がした。