その①
文字数 2,655文字
「お、お前は…!」
その姿に、泰三も勇宇も衝撃を受ける。
「綹羅…! 綹羅じゃないか! 無事だったのか?」
勇宇は近づいた。行方不明だった綹羅が今、目の前に立っているのだ。
だが泰三は安心できていない。
(綹羅? じゃあさっきの不安は何だ? ま、待てよ…?)
そして、警戒していたからこそ気づけたのだ。綹羅の表情だ。いつもの呑気そうな顔と全く違う。殺気だった顔つきに変貌しているのだ。
「気をつけろ、勇宇!」
「えぇ、何で…」
その瞬間、綹羅の手が出て勇宇を叩き飛ばした。
「おい、何すんだよ? 綹羅、俺だよ? 勇宇だぞ? 仲間じゃないか!」
「様子がおかしい…?」
言われて改めて、勇宇は綹羅のことを観察した。確かに、いつもの雰囲気ではない。瞳の輝きが、異様に冷たいのがわかる。
「どうしたって? 何でこんな…?」
すると綹羅は口を開いた。
「お前たちには、消えてもらおう」
その口ぶりを泰三は信じられず、
「おいおい…。随分とすごいこと言うようになったな…?」
そして構えた。彼の本能が、告げているのだ。
(今の綹羅は、味方じゃない! 敵の神通力で洗脳でもされているのか? だとしたら、正気に戻す方法は?)
あるはず。そうも考える。もしそうなら、一番いいのは洗脳できる人物を叩くことだ。
同じことを勇宇も考えていたのか、
「泰三! 俺がコイツの相手をする! お前は何か、綹羅を元に戻す術を探れ!」
「大丈夫か、勇宇?」
「ああ、心配はいらない! ついこないだまで素人だったヤツに負けるほど、俺はやわじゃない!」
それを聞いて泰三は少し安心する。
「何を言っている? ここで二人とも仕留める。誰も逃がさん」
しかし、綹羅の意見は違う。
「馬鹿な? 二人いっぺんに相手をするってか? 無理に決まってるぜ!」
「そうは思わない。この俺が貴様らを潰す。そちらから来ないなら……俺から行かせてもらう!」
次の瞬間、地面に太いつるが走った。それは一秒も経たないうちに、数十メートルは伸びた。
「……逃げられないってことか…」
今のつるは、二人の足元を抜けて行った。綹羅が外したのではない。これは、その気になればいつでも捕まえることが可能であることを教えているのだ。
「泰三…。作戦がある」
勇宇は彼に耳打ちした。
「ほ、本気かそれは?」
「いいから! それで行こう!」
彼の提案。それは、
「綹羅! 俺たちは逃げない。だが、二対一でお前の相手をするのは、ちょっと以上に心が痛む…。だから一人ずつでいいだろう? なあ?」
自分を犠牲に、綹羅の弱点を泰三に発見させることだった。
「構わん。どのみち二人とも、生きては帰さない!」
綹羅の意思もわかったところで、勇宇は構える。
(大丈夫だ…。綹羅の神通力は植物を生やすこと、シンプルにそれだけ…。俺の神通力とどちらが優れているかはわからない。が!)
自身を犠牲にする作戦ではあるが、勇宇はこのまま綹羅を倒してしまってもいいと考えている。彼には勝算があるのだ。それは、神通力者としての経験の差。なったばかりの綹羅と、中学入学前から神通力者だった勇宇との経験値は、月と鼈なのだ。だからその隙を突けば勝てる。そう考えているのである。
「頑張ってくれ、勇宇…!」
泰三は彼らから少し離れたところに立つ。勝負に水を差す気はないが、どさくさに紛れて逃げる気もない。勇宇に言われた通り綹羅の戦い方を観察し、彼が負けてしまったら命懸けで戦う覚悟。
太陽が、雲に隠れた。辺りが暗くなると綹羅は動き出した。
「はっ! 速い!」
これは予想外。勇宇は油断していた。だがすぐに神通力を使い、鉄の盾を作り出して防御する。
「フン」
意外にも、最初の一撃は蹴りだった。盾で受けたのだが、衝撃まで防ぐことができず、勇宇の体が後ろにのけ反る。その時、地面から硬い根っこが生えてきて、彼の足に引っかかった。
「うお!」
背中から転んだ勇宇。すかさず綹羅は追撃を仕掛ける。手のひらから植物のつるを出し、それを勇宇に向けて伸ばす。
「あ、危ないじゃないか!」
しかし勇宇もただ黙っているわけじゃない。剣を右手に繰り出して、それで迫ってくるつるを切った。普通なら、綹羅を切られた衝撃が襲うはずだが、彼は既に神通力を解いている。つるはもう手から伸びていない。
「そういうことができる神通力だったか…。だが、俺の敵じゃない! 草木が鋼に勝てるか? いいや、無理だ!」
瞬時に体を起こすと勇宇は剣を構えて綹羅に突っ込んだ。流石に殺めるつもりはないが、勢いがなければ一撃も多分届かない。しかし、
「うっつ!」
突然、目の前に樹木が生えた。それのせいで勇宇は足を止める。邪魔な木を切り倒そうと剣を振ったが、少し食い込むだけで切断できる様子はない。
「硬い! これは…!」
無視するしかない。そう思って横にそれた時、なんと樹木が勇宇目掛けて倒れてきたのである。
「うおおおおお、おおおおお!」
しかもただ倒れるのではない。最後の最後まで勇宇を追尾しながら倒木するのだ。まるで意思があるように。
間一髪、これをかわした勇宇であったが、綹羅のことを一瞬だけ見逃してしまう。
「どこに………? はっ!」
後ろか。そう思って彼は剣を一振りする。しかし、背後にはいなかった。
「じゃあどこに……ん?」
すぐに気づかされる。樹木は一本だけではないのだ。二本目が既に生えている。
「この上か!」
見上げると、綹羅が木の太い枝の上に立っていた。勇宇からでは届かないほど高い場所だ。
「お前の神通力……俺には通じない」
そう言うと、木は実を瞬時に育む。とても硬そうな実がなった途端に、勇宇に狙いを定めて落ちてくる。
「こ、この…!」
勇宇は逃げようとしたが、誘導されているかのように彼に向かって落ちてくるので諦めた。逆に剣で抵抗して見せる。
実が近づいた瞬間、勇宇は剣を振った。彼はこの一撃で切れると思っていたのだ。だが、そうはいかなかった。硬さに負けて、反対に剣が弾き飛ばされたのである。
「くそ、何て強力な神通力…だ…」
この時、勇宇の頭の中から、勝算が徐々に消えつつあった。経験の差は、天才的な綹羅の戦術によって埋められつつある。
その姿に、泰三も勇宇も衝撃を受ける。
「綹羅…! 綹羅じゃないか! 無事だったのか?」
勇宇は近づいた。行方不明だった綹羅が今、目の前に立っているのだ。
だが泰三は安心できていない。
(綹羅? じゃあさっきの不安は何だ? ま、待てよ…?)
そして、警戒していたからこそ気づけたのだ。綹羅の表情だ。いつもの呑気そうな顔と全く違う。殺気だった顔つきに変貌しているのだ。
「気をつけろ、勇宇!」
「えぇ、何で…」
その瞬間、綹羅の手が出て勇宇を叩き飛ばした。
「おい、何すんだよ? 綹羅、俺だよ? 勇宇だぞ? 仲間じゃないか!」
「様子がおかしい…?」
言われて改めて、勇宇は綹羅のことを観察した。確かに、いつもの雰囲気ではない。瞳の輝きが、異様に冷たいのがわかる。
「どうしたって? 何でこんな…?」
すると綹羅は口を開いた。
「お前たちには、消えてもらおう」
その口ぶりを泰三は信じられず、
「おいおい…。随分とすごいこと言うようになったな…?」
そして構えた。彼の本能が、告げているのだ。
(今の綹羅は、味方じゃない! 敵の神通力で洗脳でもされているのか? だとしたら、正気に戻す方法は?)
あるはず。そうも考える。もしそうなら、一番いいのは洗脳できる人物を叩くことだ。
同じことを勇宇も考えていたのか、
「泰三! 俺がコイツの相手をする! お前は何か、綹羅を元に戻す術を探れ!」
「大丈夫か、勇宇?」
「ああ、心配はいらない! ついこないだまで素人だったヤツに負けるほど、俺はやわじゃない!」
それを聞いて泰三は少し安心する。
「何を言っている? ここで二人とも仕留める。誰も逃がさん」
しかし、綹羅の意見は違う。
「馬鹿な? 二人いっぺんに相手をするってか? 無理に決まってるぜ!」
「そうは思わない。この俺が貴様らを潰す。そちらから来ないなら……俺から行かせてもらう!」
次の瞬間、地面に太いつるが走った。それは一秒も経たないうちに、数十メートルは伸びた。
「……逃げられないってことか…」
今のつるは、二人の足元を抜けて行った。綹羅が外したのではない。これは、その気になればいつでも捕まえることが可能であることを教えているのだ。
「泰三…。作戦がある」
勇宇は彼に耳打ちした。
「ほ、本気かそれは?」
「いいから! それで行こう!」
彼の提案。それは、
「綹羅! 俺たちは逃げない。だが、二対一でお前の相手をするのは、ちょっと以上に心が痛む…。だから一人ずつでいいだろう? なあ?」
自分を犠牲に、綹羅の弱点を泰三に発見させることだった。
「構わん。どのみち二人とも、生きては帰さない!」
綹羅の意思もわかったところで、勇宇は構える。
(大丈夫だ…。綹羅の神通力は植物を生やすこと、シンプルにそれだけ…。俺の神通力とどちらが優れているかはわからない。が!)
自身を犠牲にする作戦ではあるが、勇宇はこのまま綹羅を倒してしまってもいいと考えている。彼には勝算があるのだ。それは、神通力者としての経験の差。なったばかりの綹羅と、中学入学前から神通力者だった勇宇との経験値は、月と鼈なのだ。だからその隙を突けば勝てる。そう考えているのである。
「頑張ってくれ、勇宇…!」
泰三は彼らから少し離れたところに立つ。勝負に水を差す気はないが、どさくさに紛れて逃げる気もない。勇宇に言われた通り綹羅の戦い方を観察し、彼が負けてしまったら命懸けで戦う覚悟。
太陽が、雲に隠れた。辺りが暗くなると綹羅は動き出した。
「はっ! 速い!」
これは予想外。勇宇は油断していた。だがすぐに神通力を使い、鉄の盾を作り出して防御する。
「フン」
意外にも、最初の一撃は蹴りだった。盾で受けたのだが、衝撃まで防ぐことができず、勇宇の体が後ろにのけ反る。その時、地面から硬い根っこが生えてきて、彼の足に引っかかった。
「うお!」
背中から転んだ勇宇。すかさず綹羅は追撃を仕掛ける。手のひらから植物のつるを出し、それを勇宇に向けて伸ばす。
「あ、危ないじゃないか!」
しかし勇宇もただ黙っているわけじゃない。剣を右手に繰り出して、それで迫ってくるつるを切った。普通なら、綹羅を切られた衝撃が襲うはずだが、彼は既に神通力を解いている。つるはもう手から伸びていない。
「そういうことができる神通力だったか…。だが、俺の敵じゃない! 草木が鋼に勝てるか? いいや、無理だ!」
瞬時に体を起こすと勇宇は剣を構えて綹羅に突っ込んだ。流石に殺めるつもりはないが、勢いがなければ一撃も多分届かない。しかし、
「うっつ!」
突然、目の前に樹木が生えた。それのせいで勇宇は足を止める。邪魔な木を切り倒そうと剣を振ったが、少し食い込むだけで切断できる様子はない。
「硬い! これは…!」
無視するしかない。そう思って横にそれた時、なんと樹木が勇宇目掛けて倒れてきたのである。
「うおおおおお、おおおおお!」
しかもただ倒れるのではない。最後の最後まで勇宇を追尾しながら倒木するのだ。まるで意思があるように。
間一髪、これをかわした勇宇であったが、綹羅のことを一瞬だけ見逃してしまう。
「どこに………? はっ!」
後ろか。そう思って彼は剣を一振りする。しかし、背後にはいなかった。
「じゃあどこに……ん?」
すぐに気づかされる。樹木は一本だけではないのだ。二本目が既に生えている。
「この上か!」
見上げると、綹羅が木の太い枝の上に立っていた。勇宇からでは届かないほど高い場所だ。
「お前の神通力……俺には通じない」
そう言うと、木は実を瞬時に育む。とても硬そうな実がなった途端に、勇宇に狙いを定めて落ちてくる。
「こ、この…!」
勇宇は逃げようとしたが、誘導されているかのように彼に向かって落ちてくるので諦めた。逆に剣で抵抗して見せる。
実が近づいた瞬間、勇宇は剣を振った。彼はこの一撃で切れると思っていたのだ。だが、そうはいかなかった。硬さに負けて、反対に剣が弾き飛ばされたのである。
「くそ、何て強力な神通力…だ…」
この時、勇宇の頭の中から、勝算が徐々に消えつつあった。経験の差は、天才的な綹羅の戦術によって埋められつつある。