その③

文字数 2,135文字

「何言ってやがる!」

 勇宇はそう言い、そして動いてみせた。さっきよりも素早い動きだ。そして綹羅の後ろを取ってレイピアを突き出したその瞬間、背中から伸びた茎の先端から花が咲いた。その花びらは非常に硬く、レイピアが弾かれるほどだ。しかもただの花ではない。何と雄しべ雌しべの代わりに、トゲが数本中央に生えている。それが一本、射出された。

「うおっ…!」

 それが右手の指に突き刺さる。最悪なことに、剣が細いレイピアでは叩き落すことができないのだ。だから二発目、三発目もその身に受けてしまう。

「当たったな? だから言っただろう、傲慢だと。新しい動きを生み出そうとしない時点で、お前に勝ち目はない」

 振り向きざまに、綹羅はそう言う。

「くそ、抜けない…!」

 トゲには返しがついている。だから簡単には抜け落ちないのだ。
 今度は綹羅、手のひらにさっきと同じ花を咲かせた。もちろん鋭いトゲを構えている。

「ヤバい!」

 瞬時に勇宇は鉄板を繰り出す。そしてトゲから身を守る。その時、さっきトゲが刺さったところが異様に腫れていることに気がついた。

「毒か!」

 その発想にはすぐにたどり着く。そして考えてしまうと、一気に絶望に突き落とされるのだ。

(も、もし……。あのトゲ未知の毒を持っていたとしたら…? そしたらそれは既にっ……!)

 体に回っているかもしれない。そう思うと顔が青ざめる。それが勇宇自身にもわかった。流石に即死したり、致命的な障害を与えたりする毒ではないらしいが、それでもじわじわと体を蝕む悪夢から逃れることはもうできない。

(ならば…!)

 次の決断は、速かった。毒が自分の体を駄目にする前に、決着を。

(どうせ俺が勝てば神通力は解かれ、毒は消える。次の攻撃に失敗したら…それは俺の負けだが、ここで時間を無駄に消費しても毒が回るだけ。だったら!)

 彼は次の一手に、この勝負の運命を賭けるつもりだ。

「来い、綹羅!」

 そして鉄板の陰から体を出した。手にはまだ何も持っていない。最後の最後に繰り出すつもりだ。

「今度は無謀だな」

 その雄姿に対し、綹羅は冷たいことを吐き捨てる。そしてもちろん花がトゲを飛ばすが、勇宇にはもうこれを避ける気はない。逆に全て受ける。

「そう来るか…。それは褒めてやろう。だがな…」

 綹羅ももう、トゲが無用と悟った。そして次に生み出すのは、別の花。

「うおおおおおおおぉおおおおお!」

 勇宇が駆ける。その手には先端が二本に分かれた槍が。これで勝負を挑むのだ。

「おおりゃああああ!」

 それを綹羅に向けて突っ込む。対する綹羅は、植物で壁を生み出したりはしない。

(いけるはずだ! 相手よりも勝利に対する執念があれば! それが勝れば! 掴み取れる、勝利を!)

 槍の先端が、綹羅に迫る。こんな状況でも綹羅は冷静だった。

「残念だな…。俺には通じない」

 そう言った瞬間、花が開いた。どういう化学反応が起きているのか、それは開花と同時に炎を吐いた。

「そんな馬鹿なことが…! だが!」

 今頃熱さに音を上げるようでは、綹羅には勝てない。だから勇宇は止まらない。

「いっけええええええええ!」

 力一杯、槍で綹羅を突いた。一気に押し込んで綹羅の体を貫いた……勇宇は確かにそう思った。

「それは違う…。貴様は勝ったと思っているようだが、正しくない」
「な、何ィ!」

 槍の先端は、曲がっている。折れたと言うよりは、溶けたと言った方が正しい。

「馬鹿な? そんなことをお前ができるわけが…!」
「そうかな? 貴様の目の前で使って見せたはずだが」

 そう。綹羅が放った炎。それは勇宇を撃退するためでも、躊躇わせるためでも、目晦ましでもない。勇宇の操る鋼を溶かすこと。それが目的だったのだ。全て蒸発させる必要はない。先端だけ、溶かして曲げてしまえばいいのだから。丁度この時、勇宇は身も心も熱くなっており、槍から伝わってくる熱を感じ取れなかったのである。

「終わりだ、貴様は!」

 そう言うと綹羅は、勇宇の持っている槍に植物を生やした。それは大きな花を咲かせると、その内部から鉄よりも硬い種を発射した。

「ぐわあああ……!」

 撃ち飛ばされた勇宇の体が、宙を舞う。そして地面にバタンと落ちる。

「勇宇ぅぅ!」

 泰三はもう見ていられず、勇宇の側に駆け寄った。

「おい、大丈夫か? 返事をしろ、勇宇!」
「………う、うう…」

 何とか生きてはいる。だが息は徐々に弱くなっていくのが、泰三にもわかる。

「た、泰三……。綹羅の力は、予想以上、だ……。お前に、任せ………」

 そこで勇宇の意識は途切れた。

「次は貴様か?」

 綹羅の冷たい瞳が、泰三の姿を捉えた。

「やってやる……!」

 泰三の心は、怒りでいっぱいだ。そもそも仲間をここまでやられて、怒らない人物などいない。

「綹羅……! 俺を怒らせたことを後悔させてやる、絶対に!」

 その言葉に綹羅は、

「面白い。その挑戦、受けて立つ。貴様に後悔させてやる」

 二人は面と向き合った。
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