その①

文字数 3,268文字

 そしてすぐに時は流れ、いよいよ当日。

「ごめん、待った?」
「いいや、全然」

 待ち合わせ場所で落ち合うと、二人はシャイニングアイランドの入場口に進んだ。

「身分証をお持ちでしょうか?」

 係員にそう言われたので、二人は生徒手帳を出す。

「……はい、確認できました! ではお二人とも十五歳で間違いないですね?」
「ああ、そうだぜ!」

 綹羅は十月生まれなので、夏休み中ならいつでもコロナパスを受け取れる。そして環は誕生日が来る前だったので、ギリギリセーフだ。腕にパスを巻いてもらい、

「では、楽しんでください!」

 入場口をくぐった。

「最上さん、まずはどこに行こうか?」
「綹羅君、そんなに遠慮しなくても。環でいいよ! 今日は楽しもうね!」


 同じ頃、シャイニングアイランドのとある管制室に入電があった。

「何、それは本当か?」

 来場者を楽しませる遊園地には似合わない場所が、シャイニングアイランドの地下にはある。

「すぐに色部様に知らせろ!」

 怒鳴る人物の後ろで、その色部(いろべ)恒一(こういち)本人がいた。

「どうした、ボレロ?」

 相手は日本人に間違いない。ボレロというのは、彼に与えられたコードネームだ。

「あ、色部様。実は先ほど、入場口の監視カメラに映ったのです!」
「ほう。新しい適合者か?」
「いえ、それが少し違いまして…。どうやら元々、神通力者のようです!」

 モニターにその姿が映し出される。それは綹羅と一緒にいる環だった。

「この少女か? ほう……神通力者が、向こうからこのシャイニングアイランドにやってくるとは、驚きだな! 現在どの辺にいる? もちろん追尾はしているんだろうな?」
「少々お待ちを! ノクターンと通信します」

 ノクターンというのもコードネームである。彼らはここで、本名で呼ばれることはない。何故なら、

「神通力の素質を持っている人物なら、私の神通力で覚醒させることができるがね、同時に本名を含む記憶の八割以上を永遠に失ってしまう」

 それが色部の神通力。その対象は誰でもいいわけではない。十五歳までの少年少女でなければいけないのだ。だからシャイニングアイランドは、その年齢の子供を無料で入場させているのだ。

 ボレロもノクターンも、元々はただの来場者に過ぎなかった。だが神通力の素質がある適合者であったために、園に捉えられ、そして記憶を捨てさせられてから神通力に覚醒したのだ。

「神に通じる力、略して神通力(じんつうりき)…。素晴らしい響きだ!」

 色部の任務は、この遊園地に訪れる子供たちの中から神通力の素質がある者を拾い上げ、それに覚醒させること。もしそれが元々神通力者なら、無くした記憶の再教育がない分なお良い。

「最近はついているな…。この前も四人の神通力者と遭遇したんだから! これは近いうちに何かありそうだ、そんな気がするぞ!」

 神通力者は、グループ分けがされる。ボレロやノクターンは、『歌の守護者(セイヴァー・オブ・ソング)』に所属している。その主な任務は園内の監視だ。だが現状は、事実上の色部の親衛隊となっている。

「色部様! ノクターンによりますと…今、ターゲットは美術館に向かっているそうです!」
「そうか、そこは確か、メヌエットの巣だったな?」

 その発言を受けると、ボレロはすぐに仲間に通信する。

「聞こえるか、メヌエット? そっちにターゲットが向かう! 見つけ次第捕えろ!」
「承りましたわ!」

 彼女は了解の合図を送った。


 せっかく遊園地に来たのだが、環はまず美術館に行きたいと言った。絶叫マシンが苦手だからではなく、彼女は美術部員なので、興味が湧いたのだ。

「なら、行こうぜ!」

 綹羅も彼女の機嫌を損ねるようなことはしたくないので、一緒に向かう。もちろん入場料金は取られない。

 美術館には、絵画や彫刻が飾られている。美術に疎い綹羅には、それが有名人の作品なのかそれとも落書きレベルの一品なのかが見分けがつかない。だが環は違う。彼女は美術品一点一点の前に止まると、数十秒は目に焼き付ける。

(そんなにすごいのかなー?)

 口には出さないが、綹羅は少し退屈を感じた。その時だ。

「んん?」

 思わず目の前の絵を、二度見した。一瞬だけだが、絵の中の人物の目が瞬いたように見えたのだ。そんなことはまずありえない。だから彼は、目を擦ってもう一度見た。

「き、気のせいだよな…?」

 口ではそう言ったのだが、どうやらそうではないらしい。絵に描かれた女性が、向きを変えているのだ。

「た、環さんっ! 何かがおかしい!」

 綹羅は叫んだ。幸いにもこの時間帯、美術館にいる客は彼らだけ。だからその大声には環だけが反応するはずだった。

「きゃっ!」

 不意に大声を出したためか、絵の中で動いている人物も驚いて尻餅をついたのだ。

「どうしたの、綹羅君?」

 駆け付けた環に、綹羅は絵を指で指し示して、

「絵が動いたんだ! それに今、声も聞こえたんだ!」
「どういう意味?」

 環はそれを見ていたわけではないので、綹羅が何を言っているのか理解できない。だが、彼の目が嘘を言っていないことはわかる。だから、何かあることは直感する。

「……綹羅君、下がって!」

 手を彼の前に出し、絵を睨みつける。やはり絵の一部が動いている。

「………どうやらバレてしまった様子ですわね…。ではこうなったら、実力行使あるのみ!」

 そういう声がすると同時に、絵から一人の女の子が出て来た。まるで窓をくぐったかのように。

「何だ一体? こ、これもアトラクションの内の一つか?」
「違いますわよ」

 その少女…メヌエットは綹羅の発想を否定した。だが自分たちの情報を漏らすつもりもないので解説も入れない。

「そちらのお方…。お名前をお伺いしてもいいかしら?」

 彼女は環を指差し、言った。

「…環、だけど……」
「そうですか、環様ですわね? ちょっと要件がありまして、隣の彼に席を外してもらえるかしら?」
「嫌だと言ったら?」

 メヌエットの持ちかけた交渉は即座に決裂。

「そうですか……。ではやらせていただきますわ…!」

 そう言い、彼女は違う絵の中に飛び込んだ。

「……そういう神通力だね」

 環は、今何が起きているのかを理解していた。だが綹羅はついていけていない。

「ま、また消えた……?」

 口をポカーンと開けて、ただそう呟く。

「綹羅君!」

 その顔を手で挟んで環は、

「これから信じがたいことが起きるかもしれないけど、私を信じて!」
「どういう意味だよ?」

 綹羅からすれば、一から説明して欲しい状況だ。だが環は切羽詰まっていると感じ、それができない。メヌエットが入り込んだ絵を見て、

「この絵を使って、彼女は攻撃を仕掛けてくる。でも、どういう風に…? 絵の中に入り込む神通力では、攻撃手段に乏しいはずだけど…」

 そういう感想を抱いたが、どうやらそうではないらしい。メヌエットは絵の中の人物が持つ槍を奪い取ると、それを持ったまま絵から出て来た。

「さあ、ご覚悟の準備は整ったかしら! 安心なさって、命までは奪いませんわよ」

 鋭い槍の先端を環に向けた。そして彼女に向かって突っ込む。

「そうはさせない!」

 次の瞬間、環の周りの空気が動いた。建物の中だというのに、風が生じたのである。

「こ、これは…!」

 その風圧は、簡単にメヌエットの体を持ち上げて吹き飛ばした。

「どうだ?」

 だが、この一撃で諦めるほど甘い相手ではない。メヌエットは体を起こすと、槍を捨ててまた別の絵の中に逃げる。

「駄目みたいだね…」

 環は再び神通力を使い風を起こしたが、絵の中には届かない。逃げられたら、追い打ちを仕掛けられないのである。
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