その④

文字数 2,897文字

「か、果叶?」

 目が覚めたのか、神通力を使いながら二人に襲い掛かってくるのだ。果叶はこの状況を誤解した。直希の頭を、二人が潰したと受け取ったのだ。

「酷いことを…。もう、許しません…!」

 言い表せないくらいの怒りが、果叶の口から解き放たれる。

「待て果叶! これは事故だ…。いくらなんでも俺たちに、殺意はない…」
「言い訳は聞きたくありません! それとも、それしかできないほど間抜けなんですか?」

 聞く耳を持たないとは、このことだ。

「やるしかない!」

 綹羅は覚悟を決める。もう一度気絶させることができたら、流石に勝負を諦めるかもしれない。だが、心配も。彼女からすれば、目の前で仲間が殺されているのだ、復讐心に燃えてやけになって来る可能性もある。

「気をつけろ、美織! み、美織?」

 綹羅は美織のことを見て察した。涙こそ拭ってはいるが、今の彼女は戦える状態ではない。顔が悲しみを捨てきれていないのだ。

(巻き込むわけにはいかない…)

 そう判断した綹羅は、果叶をワザと挑発する。

「来い、こっちだ果叶! お前も直希みたいに倒してやる!」
「逃がしませんよ、絶対に!」

 綹羅が距離を取ろうとすれば、律儀にも果叶は後を追う。美織のことは眼中にないらしい。そのままアトラクションコーナーの奥の方まで突き進む。

「いい加減にしてください! もうちょこまかと、面倒な!」

 ここで果叶は神通力を使う。対象はもちろん綹羅で、彼の動きが遅くなる。

(また、だ! 使ったな、神通力を! だが!)

 しかし、綹羅はすぐに肩と背中に葉を生やした。光合成を行えば、下がった身体能力は補える。そして彼はジェットコースターの近くで立ち止まり、振り向いた。

「おおお、おりゃああ!」

 すれ違いざまに果叶に向けて拳を振った。だが弾かれたのは綹羅の方だ。

「やられた? 馬鹿な?」

 地面にうずくまる綹羅に、果叶は詰め寄りながら言う。

「手加減はしません、一気に潰します」

 彼女は、神通力を既に何度も使用している。だから綹羅の身体能力はドンドン下がっていき、光合成でも追いつけなくなってしまったのだ。
 綹羅が立ち上がろうと腕に力を入れたのと同時に、果叶が一気に迫ってくる。

(くる! だが、力が全然入らない!)

 彼には、体を起こすだけの力さえ残されていない。しかも不幸なことに、この時綹羅は吹っ飛ばされて日陰にいた。これでは光合成は不可能。

「はああ、せい!」

 ジャンプし、拳を突き出して向かって来る果叶。綹羅は立つことを一旦保留にし、自分の真下に植物を生やしてわずかだが体をズラした。果叶の拳は、地面に突き刺さった。アスファルト舗装を突き破るほどの破壊力。神通力者故の力と、綹羅から奪った力があってこそ為せる技だ。

(あれをくらったら、確実に命はない…)

 そう彼に思わせるには十分な一撃。

「蹴られる方が好きですかな?」

 果叶は綹羅の体を蹴り上げた。

「ぐおおっ!」

 また、綹羅の体が宙を舞う。だがダメージこそ負ったものの、日陰を抜け出すことができた。ここで光合成を行い、自分の体に力を貯める。夏の日差しは、すぐに綹羅に起き上がれるほどのエネルギーを与えた。
 けれどもまだ動かない。この時綹羅は果叶の神通力の全貌を見抜いていた。

(俺の身体能力を下げるだけだと思ったが、違う! あれは明らかに果叶自身の力も上がっている。ということは………誰かの力を奪って自分をパワーアップする神通力か!)

 それを認識すると、自分が劣勢であることを悟る。何故なら園内には、結構な客がいる。

(もし、一般人の力を全て吸い上げたら……!)

 とても敵う相手ではない。それをされる前に果叶を倒さねばならないのだ。

「では……死ぬ準備はできましたか?」

 焦りが綹羅の中で生まれたが、まだ余裕の方が勝っている。

「果叶、本当に同級生を殺せんのかよ?」
「それがシャイニングアイランドに忠誠心を見せるチャンスですからね」

 冷たい返事だ。もはや彼女にとって綹羅は人ではない。使い捨ての道具である。
 また果叶が距離を詰めてくる。

「今だ!」

 綹羅は叫ぶと同時に一気に起き上がって果叶に突撃した。それに彼女は一瞬驚いた。しかし、本当に瞬きする程度の時間だ。すぐに表情を元に戻すと、綹羅の頭突きを片手で止めて、

「終わりにしましょう…!」

 と言って手刀を振り下ろす。だがそれが綹羅に当たることはなかった。

「な、何…?」

 突然、果叶の下の地面から樹木が芽生え、急成長をした。数十メートルは伸びただろうか。てっぺんには果叶がいる。樹木の先端から伸びたつるが、彼女の足を絡めとったのだ。そして綹羅もその木の幹にしがみつく。

「何をするつもりででょうか? こんなことをしても意味など…」
「超重要だぜ!」

 綹羅の作戦。それは身体能力で上を行くことができないのなら、大木の上から突き落としてしまおうというもの。落下の衝撃は神通力を使っても帳消しにはできないだろうという考えだ。

「もっと! もっと伸びろおおお!」

 だが、果叶はジッとしている相手ではない。

「こんなことして、私が逃げないとでも思いましたか? 浅はかな思考回路ですね…」

 何と、足に結びついている強靭なつるをいとも簡単に引き千切った。そして木を蹴ってジャンプし、逃げる。

「まずい! ここで逃げられたら…!」

 綹羅は木に成長をやめさせた。さらに果叶に向けてつるを伸ばしたが、届かない。一方の果叶は、地面には落ちない。近くにジェットコースターのレールに飛び移れたのだ。
 だが果叶は、綹羅が追撃を仕掛けてくると思って彼の方を向いた。それが、彼女の運命を左右する行動とも知らずに…。

「きゃっ………」

 園内最速のジェットコースターであるプロミネンスは、最大時速七十キロである。それが果叶の後ろから、彼女に追突してきたのだ。

「果叶……?」

 綹羅が、逃げろ、と叫ぶ暇もなかった。本当にあっという間。そんな時間にして一秒にも満たない間に、はねられた果叶の体は地面に衝突。

「おい、大丈夫なのか!」

 返事はない。それもそのはず、彼女は即死だったのである。流石の神通力者であっても、鉄の塊が高速度で突っ込んできたら死は避けられない。

 木から降りた綹羅は、心臓が完全に止まった果叶の体に歩み寄った。

「こんな形で終わっちまうなんて……」

 純粋に喜べない。それに果叶は自分を裏切った『太陽の眷属』の内の一人ではあるものの、命を奪うことは直希の時も考えていなかった。シャイニングアイランドに寝返ったのは罪深いこととしても、別の償い方があったはずなのだ。

「……もしかして、百深と遥も?」

 これが裏切りの報いであるとしたら、二人の命も今日で尽きてしまうのではないだろうか?
 嫌な予感がしたので、綹羅はすぐにさっきの場所まで戻る。
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