その①

文字数 3,032文字

「おい美織、あれは陵湖たちじゃないか?」

 勇宇と美織は、陵湖と絢嘉の二人と合流できた。

「他は? 綹羅、泰三に百深や果叶とかはどこに?」

 美織はうつむいて首を横に振る。姿が見えないので、わからないのだ。

「仕方ないわね。私たちだけでもいいわ、早いとこ環を救い出しましょう」
「でも、どこに囚われているんだ? この遊園地に牢屋があるとは思えないぜ?」

 勇宇の発言も無理はない。ここは娯楽施設であって、刑務所ではないのだ。

「虱潰しに探してみよう? 見つかると思うよ!」

 絢嘉のこの発言は、三人に聞き流された。

「とにかく、まずは綹羅や泰三を見つけるわよ。どうやら敵の増援がいるらしいの。グズグズしてらんない!」
「増援?」

 陵湖は先ほどボレロから聞いた、『太陽の眷属』について軽く説明した。

「本当かどうかはわからないわ。でも万が一既にいるとしたら…?」
「それはヤバいね…!」

 言葉では言い表せられない緊張感が、四人に走る。

「とにかく、合流だ! 散り散りになっている今の状況はマズい!」

 そう言って、勇宇が率先して走った。


 一方その頃、園内の憩いの広場の近くでは、百深たちの戦いが終わっていた。相手はララバイとノクターン。

「どうしたの? 教えてくれるんじゃないのかい? 違うのなら…!」

 直希が拳を振り上げた。するとララバイは、

「待ってくれよ! これ以上俺たちにできることはないんだ! もう降参だ、頼むから手は上げないでくれ!」

 命乞いをするかのように言った。

「じゃあ早く教えろよ!」

 今度は遥が蹴りを入れる。

「まあ、待ちましょうよ」

 果叶は見に回る姿勢。ここで二人を尋問しても、いい成果は得られそうにないと即座に判断したのだ。理由はララバイの態度。もし何か知っているなら、拷問される前に吐いてしまった方がいいはず。それを頑なにしないとなると、余程強靭な精神の持ち主か、それとも最初から知らないかのどちらか。

「無念…。ノクターンは下を向いて残念そうな表情をした。だが、早めに白旗を揚げたことは、彼女らにとってこれ以上負傷する心配がないので幸運だったのかもしれない。ここは一つ、『太陽の眷属』の出番を待つのも一手だ。彼女はそう思い、それ以上抵抗しようとしなかった…」

 百深は選択を迫られていた。これからシャイニングアイランドに乗り込むか、それとも仲間と合流するか。四人の中でリーダー格の彼女は選ぶ必要がある。

「とりあえず、行こうか? ここで腐ってるわけにもいかないから」

 そう言って動き出した。


 園内の一角では、泰三とエレジーが対面していた。

「ほう、お前もこのシャイニングアイランドに仇なす者の一人か」
「幼馴染を誘拐されたと聞いちゃ、黙ってられねえからな…」
「しかし、一人で来るとは随分と勇気と余裕があるのだな…」
「いいや、はぐれちまっただけだぜ?」
「そうじゃない。この俺に対して一人で来るとは、という意味だ」
「そういうお前も、随分と自信家じゃねえか?」
「ならば、見せてやろう…この俺の神通力を!」

 エレジーはそう言うと、手と手を合わせた。それが離れた時、何と彼は二人になった。

「分身…。それがお前の神通力か…」

 それを見て泰三は閃く。エレジーの神通力の内容を。

「では、かかってくるがいい。勝てると言うのなら、なぁ!」

 挑発されると、泰三は無視できない性格。

「じゃあ、行かせてもらうぜ!」

 彼も自分の神通力を相手に見せる。前に突き出した手から、水が流れ出した。まるで指が蛇口になっているかのようだ。

「水か…。これは面白くなりそうだな!」

 直後、エレジーは分身と一緒に駆け出す。同時に泰三も、踵から水を噴射してその反発力で一気に移動する。

「素早い!」

 驚いたのは、エレジーの方だ。だが彼も負けじとついて行く。

「ならば、さらに分身する!」

 彼は四人に分身。数で泰三を圧倒しようという発送だ。悪くはない。素早く逃げ回っていても、相手に向かって行かなければ勝てない。だからその時を数に物を言わせて戦うのだ。

「フン、馬鹿が考えそうなことだ…!」

 しかし泰三は既にその発想を見抜いている。だからこそ、足を止めた。そして一人目のエレジーに狙いを定めて、指先から放水する。勢いよく放たれた水は、エレジーに当たると同時にすり抜ける。

「コイツは分身だったか!」

 分身には、質量はない。ただ、目で見ることができるだけ。しかしそれでも本物と変わらずに喋れるし、本物とは違った動きが可能。

(なるほど。これは厄介……か?)

 すぐに自分の中で生じた考えを否定する。そうではない。この中で自分に触れることができるのは、一人だけなのだ。それを相手にすればいいだけのこと。

「来な、分身野郎が」
「では、行かせてもらおうか…!」

 するとエレジーは一度分身を消した。そして新たに八人に分かれる。それが二人ずつ、泰三に向かって来る。

(そうか…。誰が本物かをわからなくさせる作戦ってことだな? だが!)

 見切りが鋭い。泰三は一瞬でこの作戦に穴を開けたのだ。

「とりゅああ!」

 最初の二人が、拳と手刀を振り下ろしてきた。しかし感触がない。これは偽物。次は何と、一度に六人が向かって来る。

(この中に本物がいる…!)

 エレジーらは、それぞれが微妙に違った動きをする。そして泰三に襲い掛かった。

「あがっ!」

 感触があった。どれかはわからないが、今確かに頭を殴られた。すぐに八人のエレジーに目を向けるが、全員拳を握りしめている。

「さあ、誰がやったのか! わからないだろう? これがこの神通力の真骨頂!」

 勝ち誇ったかのようにエレジーは言う。彼の中では、既に勝利の方程式は出来上がっているのだ。シンプルに、誰が本物なのかを相手にわからせない。それが一番厄介なこと。

「そうか?」

 しかし、泰三の意見は違う。そして彼は水の球を五個ほど作り出すと、それを全てエレジー一人に目掛けて放った。

「うぐ!」

 足に命中し、皮膚をえぐり血が流れ出す。

「馬鹿な? どうしてこの俺が本物であることがわかった…?」
「足元を見てみろ…」

 言われた通りにエレジーは視線を落とす。すると、本物の足元だけ塗れている。

「何?」
「さっき、本物も俺に触れたらしい。その瞬間、誰が本物かはまだ判断できなかったが、俺は殴られると同時にその拳を水で濡らした。本物しか濡れていないので、それで見分けがつけられるわけだ…」
「ば、馬鹿な…?」

 視線を戻した時には、既に遅かった。泰三は爪のように水を指先に生み出すと、それで切りかかっていたのだ。

「うぐわ!」

 顔を切られたエレジー。だがまだ、戦意を失うほど強力な一撃ではない。が、

「これとさっきの出血を合わせたら、もういよいよ分身は役に立たないな? どれだけ増えても、血が落ちるのは誤魔化せん」
「こ、コイツ…!」

 エレジーは感じた。もう敵わないと。そして足を怪我しているので、相手よりも早く動けない。

「終わりだ…!」

 泰三が勢いよく鉄砲水を放った。それに押し流されてエレジーは電柱にぶつかり、意識も洗い流されてしまった。
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