第51話 退院はしたけれど

文字数 889文字

 母の手術は思った以上に順調に進みました。

 今回は手首からカテーテルを入れて、肝臓に抗がん剤を撒いた。カテーテルは今や脚の付け根ばかりではないようだ。術後は4時間ほど手首を動かせず辛かったみたいだが、その後はお腹などの痛みも無く、予定より1日早く退院した。

 入院時は完全看護のため、付き添うことが出来ず、コロナ禍の人手不足もあって、病室での荷解きや退院の荷造りは母の仕事だった。それでもスーツケースにとりあえず押し込めば、あとは転がして運ぶだけだから楽だろう……そう思っていたのだが。

 病室から出て来た母は、スーツケース以外に袋を4つ持っていた。1つは入院中に処方された薬のようだったが、あとは?とりあえず車椅子の母の膝に袋を2つ乗せ、スーツケースの上に2つ引っ掛けて、会計窓口まで移動した。会計を待つ間に

「ねえ、何でこんなに荷物が増えてるの?」

悶々としていたので、思わず訊いた。

「スーツケースへの入れ方が分からなくて……」

???

 中に入れなかったということ?病院の待合室でスーツケースを開けるなどというみっともないことはしなくない。病院内の移動だけ我慢して、車に積めば関係ないことだ。退院したばかりの母に病院で詰め寄るなんてことをするほど私はイラついていなかった。むしろスーツケースを使えない母を不憫に思った。

 自宅に戻り、母は弱った様子もなく、元気になった感じがした。抗がん剤を投与しているので、吐き気があるかもと医師に言われていたが、大丈夫そうだ。父が

「頑張って、もう少し生きいや」

と声をかけた。まあ、私も同感ではあるが、少し複雑な気持ちにもなった。

 ところでスーツケースの中身は、どうなっていたのか。半身がマルッと(から)。あとの半身は3分の2くらいが下着で埋まっていたが、それらは私が詰めたままの形になっていて、出した形跡は無かった。いくら使ったことが無かったとは言え……母は認知症では無い、と思う。こんなことも出来ないなんて……私にとっては簡単だと思うことも出来なくなるのが老いということなのかもとも思った。

 母は負けず嫌いなので、自分が出来ないことを認めたがりません。



 




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