第39話 蜂のひと刺し

文字数 950文字

 夫との会話は相変わらず少しだけです。

 買物から帰ったら、玄関から続く廊下の先で夫が背中を丸め、指を(くわ)えていた。

ただ事じゃない

「ただいま」と言うかわりに

「どうしたの?」

と声を掛けた。すると小声で

「蜂に刺された……」

 夫の声は普段から小さい。私の耳が悪い訳ではない。何故なら子どもたちも聴きにくいと不満を持っているから。でも本人に言わない。何故なら直らないと悟っているから。聞き直すと、わざとらしくゆっくりと、これ見よがしに大声で言うので、最近は余程のこと以外は馬耳東風。しかし、この度は小さくても聴こえた。

「大丈夫?」

と一応訊く。だが、返事は無かった。大丈夫であろう筈がない。指を銜えて(うずくま)る一歩手前でいるんだから。こんなとき大抵のご夫婦なら、応急処置をといそいそ?いや甲斐甲斐しくするのだろうが、私たちの間で、それは無い。冷戦時代が多少雪解けても、あくまで多少。十数年続いた対応は既に習慣化している。ではウチの場合を経過とともにご紹介。

 先ず、どの程度か訊いた。

「痛い?腫れてる?針は抜いた?」

「針?」

と夫。蜂の針が刺さっていれば抜いた方がいいと伝え、刺さっているかどうか見えないと言うので、虫メガネを渡す。夫は素直に明るい場所へ行き、虫メガネを覗いた。

「分からん」

「じゃ、刺さってないんだね?」

 私は見てあげない。何故なら私に触れられるのを嫌がるから。そこでネットから拾った情報で、ステロイドの軟膏を差し出す。容器の蓋を開け、自分で付けてもらったが、付けたフリかも。容器に指を入れチョンと触れた感じがどうも怪しかった。まあいい。私はそれ以上言うつもりはなく、言ったところで、かんしゃくを起こされては損だ。冷たい妻で、結構。私なりの応急処置はした。夫婦に限ってだが、介抱の仕方され方の塩梅は、それぞれだと思うのだ。その後、夫はシャワーを浴びて傷を癒すために昼寝。

 晩御飯のときに気遣いアピールをした。

「刺された所、どお?」

 口の中に食べ物が入っているときは、絶対返事をしない。ちゃんと飲み込んで

「痛い……」

「ステロイドもう1回付けたら?」

「もういい」

 そうだった。夫は薬嫌い。よほど納得のいく物以外は使わない。自然治癒を信じている。まあ、自分の身体だ、好きにしてくれって思う。

 私は、薬に頼る派です。


















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