第26話 臍帯埋没療法はプラセボか否か~脱ステロイドについて~

文字数 2,712文字

 私がニセ医学というものに強く反応するのは、経験者だからです。

 私の十代は、喘息とアトピー性皮膚炎により、常に吸入器とステロイド(副腎皮質(ふくじんひしつ)ホルモン)が手放せない状態でした。
 その頃、うまく言語化はできませんでしたが、
「難病ではないから死ぬことはないけれど、この病気は私の思考回路にケチをつけそうだな」
というようなことをうっすら感じていました。
いつ発作が起きるかと思うと、常に緊張して慎重にならざるを得ない、天真爛漫にはなれない。つまり、あまり心が弾まないのです。

 その2つの病は、成長するにつれだんだん静かになり、そして成人した頃に居なくなりました。それまでは、いろいろな試行錯誤を繰り返したものです。

 その頃の流行は、「ステロイドは毒。人体に悪影響。アトピーの(ただ)れが起きているのは、体の毒素が出てきているということ。辛いけど薬に頼らず、毒素を出し切ってしまえば完治に向かう」でした。

 最近(令和3年9月)日本テレビ系バラエティ番組「ザ!世界仰天ニュース」が、「脱ステロイド療法」を取り上げました。(制作の監修をした医師は、脱ステロイド療法により、医療ミスとして裁判で負けた過去があります)
 即行、日本皮膚科学会など7団体が、
「番組を視聴した患者の恐怖と不安を煽り、多くの健康被害をもたらす可能性が高い」
「ステロイド外用薬に対する誤った報道により、医療の混乱をきたす」
として抗議し、番組側が謝罪するという顛末(てんまつ)となりました。

 最近でもこんなことが起こっているのです。
アトピー性皮膚炎をお持ちの方はいらっしゃいますか? 私たちは長い間マスコミにより「ステロイド=劇薬」と洗脳されてきましたよね……。
ステロイドは標準医療で、決められた用法さえ守ればなんの問題もないのに。使用中断で悪化するケースが多いのに。

 ステロイドは危ないと洗脳された私は、小学生の癖に健康雑誌を読み、近所の薬局で親に買ってもらった漢方薬をクツクツ煎じては毎日飲みました。
食事も気をつけて、夕飯は根菜を茹でたおでんやポトフのようなものを自分専用に作り、刺激物や肉を控えるようにしました。ステロイドはあまりにアトピーが酷いときだけ、薄く患部に伸ばしました。アトピーが顔に出なかったのだけは幸いでした。

 生活に気を配っていても、(かゆ)みは治りません。
夜中無意識にアトピーを()きむしり、パジャマが血と浸出液(しんしゅつえき)で張り付きました。でも喘息に比べればたいしたことではないのです。

 喘息という持病は、私を形づくる際にかなり干渉したように感じます。
「喘息は家族関係のストレスが原因」という記事を見つけた小学生の私は、自問自答し内向しました。今振り返ると、そんなに(とら)われなくてもよかったのに、と思います。
小学生の頃には小学生らしく過ごせばよかったと。


 ある日、お店にそのお客さんはやってきました。実家は酒屋を営んでいました。
その四十代の痩せた小綺麗な女性は嬉々として語り、レジ横で私は母と並んで話を聞いたのです。

「東京のクリニックなんだけど、臍帯(さいたい)埋没療法というものがあるの。冷凍保存された新鮮な(へそ)()を腕に埋めるの。臍の緒にはすごい栄養が詰まっていてね、免疫力がアップして、入れた途端に元気がみなぎってすっきりしてくるの! 私はもう3回入れている。傷跡なんか残っていないわよ。アレルギーの花粉症とか湿疹とか治って疲れにくくなったし。肌がきれいになるの。喘息にも効くって話よ~」

 鵜呑(うの)みにした母はそのクリニックに予約を入れ、私は母と一緒に電車に乗り、東京へ行きました。


 小学5年生の頃だったので、もう記憶が断片的です。断片をパッチワークのように繋げます。
青山とか、表参道とか、そういうお洒落な街にそのクリニックはあったように記憶しています。前面硝子(がらす)張りのショーウインドウが続き、行き交う人々がとても垢抜けていて。

 そのクリニックではお爺さん先生が、
「近くに青山学院の寮があるけど、みんな早起きして運動してきちんとしているぞ、そういう生活習慣を身につけて、野菜中心の食事をしてだな」みたいなことをチクチク言いました。
そんなことは知っている。

 で、白い小型のクーラーボックスを開けて、ドライアイスの霧がこぼれる中、冷凍の臍の緒らしきものを取り出して。
私の左腕に“H”の形に切り込みを入れて、臍の緒を埋め込み傷口を縫い付けました。手術中の痛みの記憶は無いです。局所麻酔をしたんでしょうね。
処置が終わってみると、脱脂綿からかなり血が滲んでいて、左手を三角巾で()って帰りました。

 帰りの電車の中で感じていたことだけは、はっきり覚えています。

 お母さん毎日お店で忙しいのに、休みの日までこんなことにつき合わせて、申し訳ないな。お金もたくさんかかったんだろうな。
私みたいな子じゃなくて、もっと元気で明るい子の方がよかったとか、思っているんだろうな。お母さん、すぐよその子と比べるもんね。
 ……そう、今振り返ると、そんなことは思わなくていいんだよ、そう言ってやりたい。

 電車の中で麻酔が切れてきたのか、傷口が引き()れていく感覚がありましたが、それはもう、どうでもいいことでした。


 結論から言うと、私にとって臍帯埋没療法はまったく効果はありませんでした。ただ左腕にHの傷あとが残っただけ。今でも残っています。
 実は私、あのお客さんの話が、最初から半信半疑だったように思います。
臍の緒が万能だと、どうしてもピンとこなくて。それからどういうルートで臍の緒というものが病院に来るのだろうかと。
だから効果がなかったのかもしれない。それにあのお客さんはさほど酷い症状というわけではなかったのでしょう。

 保険の対象外である自費診療には、プラセボが多いのかもしれない。まさしく「治療効果には個人差があります」。
私にはまったく効果がなかったのでニセ医学と言いたいところだけど、あのお客さんには絶大な効果があったので、ちょっと言い切れないでいます。
もしかしたら私は、催眠術もかかりにくいタイプかもしれません。

 それからは、なんとなく憑きものがおちたような気分になりました。
同じことの繰り返しと薄々感じていた胡散(うさん)臭い健康雑誌は、読むのをやめました。苦くてクセのある香りの漢方薬に関しては、既に飽きていてもう飲んでいませんでしたが。

 「どうだった~」
と、またそのお客さんは明るく笑顔でやってきました。
私は「まったく変わらなかったです」と正直に答えてしまい、お客さんはあからさまに落胆し白けた空気になり、そして「あんなにはっきり言わなくたって」と、後で母から愚痴られました。

 長々とすっきりしない、まとまりのない話ですみません。



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