第50話 日本民話『毒の粉』と変容する家族

文字数 2,062文字

 以前、祖父が酒乱という話は書きましたが、父にも酒乱の気はありました。

 実家は商売を営んでおり、忙しくなる年末には父はピリピリと機嫌が悪くなりました。
お酒を飲んで声を荒げる父。そして喧嘩する両親。年末年始は大嫌いでした。
 母の洗脳もあり、中学生の頃になると、母の代わりに私が父親とぶつかるようになり。
そんなとき母は、私の味方をするでもなく、父とぶつかる私に顔をしかめました。陰で文句は言っても、男は立てて機嫌をとるもの、女は我慢するものという昔の人なので。

 つまり、よくある家庭で、両親はごく普通の人なのです。

 昭和の時代、どこの家でもなにかしらのトラブルを抱えていた記憶。
元気で明るい幼馴染が、親が賭博で大負けしたために引越したこともありました。
貧乏になるのは恐怖です。たまらなく。
母方の祖母と母から、「お金がないのはとにかく(みじ)め、首が無いのと一緒」と小さい頃から教わりましたし。
 そして「うちはお金が無い」と再三(さいさん)言われて育ちましたが、結局お金の苦労はしなかったので、両親には感謝しています。


 ここ(NOVEL DAYS)には幼少期から凄惨な虐待を受けたり、孤独だったり、苦労を重ねてこられた方々がいらっしゃいます。
 そんな方々のように、日々、安心を得られない生活を送ってきたわけではないので、私は本当に恵まれています。

 それでも思い出す出来事がひとつだけあります。
父に反抗的だった中学生の頃の出来事。
いや、まあ……振り返ると、醒めていて可愛げの無かった自分にも非はあるのです。


 その夜、父は酔って「その目つきが気に入らない」と、テレビを観ていた私の背後至近距離で、包丁を振り回し始めました。
きっと私を動揺させ怖がらせたかったのだと思います。
「きゃ、やめて」と(おび)えるのが正解だったのでしょうか。

 時間にして1分にも満たなかったと思います。
でもその刹那の中で考えていたことは、
「もし酔った父の手が滑って怪我をしたら、私は被害者になって力関係が変わる、優位に立てる」ということ。

 私はそのまま顔色変えずに座り続け、自分の運命を試すような1分間になりました。
反応がない私に父はつまらなくなったのでしょう、包丁を片付けました。

 母に「包丁を振り回された」とチクリましたが、やはりうんざりした顔を見せただけだったと記憶しています。
意地悪な舅姑も同居しているし、忙しいし、長女(私のこと)は気が利かないし、「うんざり」する気持ちも、今となってはなんとなくわかります。


 この出来事の後、決めたことがあります。
私はもう父に本心を見せるのはやめよう。距離をとって柔らかく接して、私のことを好きにさせよう。
そして心の中で裏切り続けよう、と。


 突然ですが、『毒の粉』という日本民話をご存じですか?

 意地悪な姑にいじめられていたお嫁さんが、お寺の和尚さんに相談する。
すると和尚さんは「これは証拠の残らない毒の粉だ。毎日少しずつ、姑のご飯に混ぜるとよい。でも周りの人に疑われないよう、日頃から姑と仲良く接すること」と白い粉を渡してくれる。
 お嫁さんは姑が「毒の粉」入りの食事を残さず食べてくれるよう、料理を頑張って優しく振舞う。するとそのうち、姑は今までの態度を()びて、嫁を()めるようになる。
 心苦しくなった嫁は、慌てて和尚さんのもとへ毒消しの薬をもらいに行く。
すると和尚さんは「実はこれは芋の粉である。姑の意地悪病が治ってよかったろう」と種明かしをしたのでした。
 ……という。


 まさにこれが起こり、父との関係は変容して。

 実家にいた頃、私は仕事で残業が多かったのですが、帰って来てから味噌汁だけは自炊していました。出来立ての風味のよい味噌汁が好きだったので。

(詳しく言うと、母は知人の手作り味噌を使用していました。その手作り味噌に、私は ”えぐ味” を感じ。それで自分用に、市販の出汁入り味噌を使っていたのです。これも手作り神話を壊すような夢の無い話)

 具はあっさりと、豆腐とニラ、豆腐とネギ、豆腐と三つ葉、あさり、なめこ……
夕飯をとうに済ませたはずの父が「おいしそうだな」と見るので、「飲む?」と振舞うと「最高だなぁ」としみじみ味わって。

 私は心の中で「民話じゃん」と思い、微笑むのでした。


 この、父に包丁を振り回された話は友だちにもしていません。こういうのって信じてもらえないだろうし、反応に困るだけだろうから。

 以前、会社の後輩で、やはり酒乱の父親をもつ女性がいました。
その子のエピソードの一つに、父親が酔って「家に火をつけてやる!」と暴れたので、母親と弟と慌てて家を飛び出し、離れた場所から家を見守った、というものがありました。
 あとでお局様が「あの子には虚言癖がある、そんなことある訳ない」と言っているのを耳にし、ああ、だからお局様は世間知らずなのね、と。

 これは出すかどうするか迷っていたエピソードでした。
でも父も亡くなって三年経つし、冷静に振り返ることができたし、ここで書いてすっきりしました。お粗末さまでした。読み流してください。



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