第24話 酒乱の祖父とラジカセ(重くも暗くもない思い出)

文字数 1,985文字

 酒乱の家庭ドラマにありがちな話ではないので、気楽に読んでください。私が小学校6年生の頃の話です。

 コロナ禍で飲み会が無くなって嬉しい理由の一つは、酔っ払いが嫌いだからです。
元をたどると、祖父が酒乱だったせいかもしれません。


 同居の祖父は、昼間は大人しく無口、夜お酒が入ると豹変(ひょうへん)して饒舌(じょうぜつ)になる、よくあるタイプの酒乱でした。そして父親と大喧嘩をしては、母が仲裁役の親戚のおじさんを呼びに行ったりが年中行事。
それでは当時を思い出してみます。

 そういえば、父が「頭を冷やせ!」と祖父に洗面器の水をぶちまけて、六畳間が水浸しになったことがあったな。
びっしょりのまま憮然(ぶぜん)とした表情で胡座(あぐら)をかいていた祖父の画像が脳内に残っている。
今見たら絶対笑うでしょ。その後どうなったんだっけ? 多分「早く寝なさい」と母に二階へ追いやられたのだろう。

 父と祖父が、夜、工事中の道路で取っ組み合いの喧嘩をしたときの動画も、途切れ途切れに脳内に残っていた。
祖父がよろめいてうずくまったので「あっ」って思ったら、次の瞬間、祖父は足元にあったブロックを両手で掴んで、ぶわーっと立ち上がり反撃したので「わっ」って思った。年寄りのくせにすごいな。でも結局、ブロックの重みでまたよろめいていた。酔っ払いだから。

 酔った祖父の言葉は、なんとなく雑音として聞き流していたが、ふと「いったい何が言いたいんだろう」と注意して聞いてみた。
すると雑音の中に、
「子どもの教育がなっとらん、まったく、だらしない」
というワードがあったのだ!

カッチーンときた私。

 次の日学校から帰りランドセルを下ろすと、家業の帳簿をつけていた祖父をロックオンした。
昼間は借りてきた猫のように大人しい祖父。(かたわ)らに庭から忍び込んだであろう、くすんだ薄茶色の野良猫がちょこんと座っていた。
私を目視(もくし)すると野良猫は一目散に逃げ、私は野良猫を見やったあと、祖父の真ん前に座った。

「昨日の夜、子どもの教育がなっとらんって、酔っ払って言っていたけど、それは私のことなの? 私に対する文句なら、直接私に言ってよ。で、私のいったいどこがダメなの? 私は学校では真面目な方だよ。だらしないとか言われたくないんだけど」

 昼間の祖父は口下手(くちべた)で言葉を返さない。祖父はずっと目を伏せたままだったように思う。
そして祖父はその日の夜、お酒を飲んで私を見て「ガキんちょが!」と言った。


 それから、祖父が酒を飲んでクダを巻いた翌日、私は祖父にダメ出しをした。
ある日祖父は困惑気味(こんわくぎみ)に「覚えていない」と言った。もちろん「私は覚えているんだよ」と返した。

 私は、祖父が酔っているときのことを覚えていないのなら、自分がなにを言ったのかを聞かせてあげようと思った。
そして愛用のラジカセを掘りごたつの中に仕込み、祖父のクダを録音する計画を立てたのだ。

 準備万端、さあ、爺さん、いつものように講釈(こうしゃく)を垂れ流せ。
私は隣の台所で、祖父が暴言を吐くのを今か今かと待ちわびる。始まったらすぐにラジカセのスイッチが押せるよう、スタンバっている状態。
なのにそういうときに限って、
「お和さん、あんたはたいしたもんだ」
上機嫌で誉めてくるのだ。
居間と台所をウロウロしてしまっていた私は、気抜けしてしまう。
違うだろ、いつものヤツをくれよ。いつもみたいに家族を罵倒(ばとう)してから政治の話をしてくれよ!

 なぜなのか、ラジカセを準備したときに限って、祖父の口数が少なくなったりすぐ寝てしまったりするのだ。
私が「さあ、なにか言え、私になにか言うことはないの?」とばかりに熱視線を送ってしまっているせいだろうか。

 私が二階にいるときに限って、酔った祖父と思ったことを反射で言うキツい祖母の喧嘩が勃発したりする。呂律(ろれつ)の回らない口で吠える祖父と、祖母がキーキー泣きわめいているのを見て、「今じゃん……」。
この場にラジカセ抱えてウロウロしたら、「なにやってんの」と母から怒られるに決まっている。ああ、今、取れ高満載なのに。惜しい。

 なかなかチャンスに恵まれず、ラジカセ作戦は失敗し続けた。
そして私は中学校に進み、好きな男の子のことで頭がいっぱいになると、祖父の酒乱などどうでもよくなった。



 祖父は昼間は大人しかったのだ。
祖父が帳簿をつけている傍らで、私が本を読んでいる掘りごたつの穏やかなシーンもあったはずだ。でも祖父といったら、真っ先に浮かぶのはラジカセの思い出なんだよなぁ。仕方ないよね。
でも今まで忘れていたから、たいしてネガティブな思い出ではないんだな。


 でも、酒乱状態の祖父に関わっていた時間は、今にして思うと本当に無駄な時間だった。
だから酔っ払いと関わりたくないと強く思うのかもしれない。

 なにより私はお酒が飲めません。不味(まず)いし頭が痛くなる。
でも、もしお酒を美味しいと感じる体質だったとしても……
……きっと飲まないんじゃないかなぁ。

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