第31話 埼玉県訪問診療医 射殺事件 ①鈴木医師の功績

文字数 1,417文字

 いまだにずっと心に引っかかっています。
事件発生から半月経ってしまいましたが、書いた方がいいと囁かれたような気がしたので。

 最初に、凶弾に倒れた鈴木純一医師の功績を記しておきたい。

【事件の概要】
・渡辺宏容疑者(66才)は、亡くなった母親(92才)の訪問診療医である鈴木医師(44才)を散弾銃で射殺した。

【事件の経過】
・1/26母親死亡。鈴木医師が確認。

・1/27渡辺容疑者は「焼香に来い」と鈴木医師ら7名を名指しで指定。

・1/27鈴木医師弔問。
 渡辺容疑者は死後1日以上経過している母親の遺体に心臓マッサージを強要。

・鈴木医師ができないことを説明すると、渡辺容疑者は散弾銃を3発発砲。鈴木医師は即死。

・次に理学療法士の男性(41才)の上半身を撃ち重症を負わせる。

・3番目に医療相談員の男性に催涙スプレーをかける。(この男性は逃げ切り、無事であった)

・渡辺容疑者はこの事件の前に、介護事業者に対し、「焼香くらい来て筋を通せ。でないと(未払いの料金を)払えない」と連絡して断られていた。

・渡辺容疑者は、「母が死に、この先いいことないので自殺しようと思ったときに、自分だけでなく先生らも殺そうと考えた」と供述している。


 渡辺容疑者は複数の介護事業者を相手に料金滞納を繰り返し、行き詰まっていました。
そんな中、「トラブルが起きるなら僕が引き取りましょう」と救ったのが鈴木医師であったといいます。
母親が風邪を引いたときなどは、「訴えてやる」と激昂する渡辺容疑者をなだめて、母親に点滴し治療したという話が残っています。
つまり、普通なら関わり合いになりたくない、モンスタークレーマーとその母親を最後まで見捨てずに対応した医師でした。

 鈴木医師は10年前から高齢者を中心に訪問介護を行っていました。
ふじみ野市など2市1町で300人ほどの患者を担当し、責任感と優しさを兼ね備えた医師として評判でした。
だからこそ患者やその家族の落胆は……想像が追いつかない。

 そしてデルタ株が感染拡大した2021年の夏には、入院できずに自宅療養を余儀なくされたコロナ患者の訪問診療も行っていました。
 通常の在宅医療を終えた夜9時頃から、連日深夜までコロナ患者の診療にあたられた鈴木医師。
その頃のNHKのドキュメントで、取材に応じた鈴木医師を私は偶然見ていました。
鈴木医師は青い防護服を着て「理屈じゃない、ただ助けたい、理屈じゃないんです」と涙ぐまれていました。

 鈴木医師は私大医学部トップレベルの東京慈恵会医科大学卒という経歴です。
私大医学部四天王(慶應義塾大学、東京慈恵会医科大学、順天堂大学、日本医科大学)の一角。
おそらく裕福だと思われる家庭に育った医師が、泥にまみれるような(失礼!)地域の在宅医療に人生を尽くす道を選んだのです。

 東京パラリンピックの聖火リレーでは、依頼を受けランナーと寄り添い伴走する姿も残されています。

 鈴木医師が、今後、救うであろう数多くの命をも、渡辺容疑者は吹き消したのです。
失った未来は計り知れないほど、大きい。


 2021年12月17日に起きた大阪・北新地の「西梅田こころとからだのクリニック」放火事件もしかり。
犯行は谷本盛雄容疑者(61才)。
あの事件は、犠牲者となった西澤弘太郎院長(49才)を含む25人にものぼる大惨事となりました。
 西澤院長という精神的主柱を失った患者たちは、今でも現場にたびたび訪れ、手を合わせているといいます。

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