第8話 俳句を作らされた話

文字数 1,485文字

 夫が騒ぎ出した。土曜日の夜。

夫「月曜までに俳句作って」
私「なんで」
夫「知り合いの社長がお祝い会やるんだよ。俳句好きの社長でさ、招待されている人は俳句作って提出しなくちゃいけないんだ」(コロナ以前2019年の話です)
私「作ったことないよ」
夫「適当でいいから、五七五で」

 夕飯を食べながらミーティング。

私「テーマとかはあるの?」
夫「それは無いみたいだけど、その社長、すごい苦労人でさ、今回お祝い会やって引退するんだよ。社長を()(たた)えるような俳句がいいと思うんだ」
私「接待俳句、ヨイショ俳句か!」
夫「まあ、それに季語入れて」
そのときは11月でした。

 今は11月、苦労してきて、報われて、お祝いの会か……。

ひねり出しましたよ、ど素人の私が。

私「霜柱(しもばしら) 踏みしめこの日を 迎えけり」「どうだ」

夫「お、いいんじゃない。……でも、おめでたい日だから、“この日”じゃなくて“良き日”がいいよ」
私「わかっていないな。この日(イコール)お祝い会だから、いい日に決まっているじゃないか」
夫「え~? “良き日”ってした方が社長喜ぶよ~」
私「社長は俳句詳しいんでしょ? ダサいって思われるよ」
夫「“良き日”って入れた方がおめでたい感じがするけどな~」
私「いや、“この日”だね」

どうでもいい俳句、どっちでもいい2文字を巡って、お互い一歩も引かず平行線のまま。

 その社長は提出した俳句を、綺麗な短冊にしたためて、お祝い会の記念品にしてくれました。
見ると、夫ゴリ押しの“良き日”になっていたのです。
社長、原型とどめなくていいから、添削してくれてもよかったのに。


***************


 俳句というと思い出すことがあります。
中学生の頃、もう卒業間近だったと記憶しています。
いつも一緒にいるグループ(笑ってはいけないところで笑い、男子の顰蹙(ひんしゅく)をかっていた三人組)とは別の女の子と仲良くなりました。
その子はいつもニコニコして天然ドジっ子、みんなから笑われることが多々ありましたが、その(かく)にあるものは品の良さであると私は見抜いていました。そしてどういういきさつか、二人で「お嬢さまごっこ」をするようになりました。

 私達がする「お嬢さまごっこ」というのは、お互いのお気に入りの短歌や俳句などを紙に書いて見せ合い、感想を言いあうものでした。

彼女は和歌や梁塵秘抄(りょうじんひしょう)などをしたためてきました。


春のはじめの 歌枕
かすみたなびく 吉野山
うぐいす 佐保姫(さほひめ) 翁草(おきなぐさ)
花を見捨てて 帰る(かり)


 私はというと、なぜかその頃、俳句を見繕ってはしたためました。
どこからどうやって見繕ったのか、今となっては忘却の彼方です。
ひとつだけ、覚えている俳句があります。


春月や 犬に生まれて 橋架かる(和田 悟郎)


 中学生のとき、「あ、好き」と思った俳句。今も好きです。好みはあんまり変わらないものですね。どうして好きと思うのか、それはよくわからないけど。


【自分勝手に解釈】
 アーチ型の橋のたもとに来て、見上げると満月。橋をとぼとぼ歩く。淡い光と橋の隅には桜の花びら。
ふと自分が今世では、犬に生まれ変わっていたことに気づく。
とりあえず、彼岸へ続く橋を登っていこう。
怖れも苦悩も消えた透明な世界、あるのは静寂。


 彼女と「なんかよくわからないけど好きなんだよね」「うん、うん、素敵ね」そんな会話をしたと思います。
彼女は本当にお嬢さまだったらしく、私立の高校へ進学してそれっきりになってしまいました。


 ここで投稿をしていると、その頃の甘酸っぱい気持ちをたまに思い出します。
あんまり会社では「こんな本を読んだ」とか言いづらいけど、ここでは自然体になれるのが嬉しいですね。


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