第44話 テーマ『別れ』②

文字数 1,263文字

 田中さんとデートをするといつも仕事の愚痴ばかり。
なにかが芽生えるというか、なんかこう、ふれあうようなムードにはならなかった。

 ある日、田中さんの母親は言った。
「和季さんのガードが固すぎるって、晋一が」
 なんでもかんでも話しているのか!? それは小骨のように引っかかった。

 引っかかると言えば、田中さんの家に行ったときもそうだった。
居間に通されると、近所に住む親戚の叔母さんという人が二人座っていた。たまたま来ていたのだという。

 田中さんと田中さんの母親が席を外した、その一瞬の隙を狙い、叔母さん二人はささやいた。
「よくここに来ようと思ったね」
「よく決心したね」
「ねえ」
「こんなところに」
 魔女に見つからないようにといった仕草で、あたりを気にしながらこそっと。
するとすぐに田中さんが戻ってきてしまい、二人はしかめた顔を元に戻しお茶をすすった。

 田中さんの家には白猫がいたのだが、そのときすーっと近づき私にぴったり寄り添った。
その猫は非常に人見知りで懐かない猫らしく、私はそのとき初めて田中さんから一目置かれたのだ。
 キツい性格の女だと思っていたが、この子(白猫)が懐くなら、きっと心根は優しいのかもしれない、動物はそういうものを見抜くから。
そんな風に勘違いしたのではなかろうか。ファンシー好きだから。甘いな。


 そんなこんなで、「もう断ろう」と思うタイミングで、必ず田中さんの母親の熱心なフォローと説得が入り、ずるずるきてしまった。
あれは本当に見事だった。田中さんの母親は、絶妙な間合いで私の機嫌を取りなしたのだった。


 そして、そろそろ結納が決まりそうという頃。
なんと私は職場に転勤してきた鈴木君(仮名)を好きになってしまったのだ。会って一か月もしないうちにストンと。
 もう恋愛で心を乱されたくない、懲り懲りだった筈なのに、不可抗力で脳の(ふた)が開いてしまった。自分ではコントロールできない物質が、ダダ漏れする本能の蓋。
脳内で法螺貝が響き狼煙(のろし)が上がる中、装備らしい装備を持たない足軽な私は、自分からふたたび負け戦に赴くことに。
 本当にダメな女だ、私ってやつは。つくづく。

 鈴木君へ思いは告げていない。でも、こんな気持ちで田中さんとの縁談は進められない。急に目が覚めた。
そしてもちろん田中さんも、私のことは好きではなかったと思う。

 私を好きだったのは、田中さんの母親だった。

 これは私が全面的に悪いのだが、断る理由にマザコンを挙げた。
当然だが、母親は怒りだした。
「マザコンなんて最初からわかっていたのに、今さら」
 だが言い争いの末、母は冷静になってくれた。
「田中さんのお母さんが一生懸命だから、ほだされてずるずるきちゃったね、断るなら今か」

 お断りをしたときの、田中さんの反応を覚えていない。すんなり承諾したのだと思う。
 田中さんの母親の言葉は覚えている。
「とうとうきたかと思った、背中に冷水を浴びせられたようだった」
 田中さんの母親にショックを与えてしまったことは、心から申し訳なく思った。

 田中さんの母親との別れの思い出話でした。


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