七章 6

文字数 1,431文字


 ワレスが顔をあげると、少年はひるんだ。
 ワレスの目と少年の目が正面から、かちあう。

 思ったとおり、少年のそれはミラーアイズではなかった。青くすらなかった。面差しも、シリウスとは似ても似つかない。彼はシリウスの血の後継者ではない。

 たぶん、シリウスの血は一世代に一人しか現れないのだ。シリウスの魂の器は一人で充分なのだから。

「今度、あなたのお城へお招きいただけますか? できれば、おじいさまにお目通り願いたいものです」
「いけません。祖父は高齢で……誰とも会わないんです」

 少年は逃げるように馬車に乗り、去っていった。

(おれを祖父に会わせたくないんだな)

 おそらく、今回のジュリアス殺害計画は、こんなふうに始まったのだ。最初は屈託ない少年の言葉から。

「僕の学校の友達に、すごく変わった瞳の子がいるんだよ。キラキラ鏡みたいに光って、まるで、うちのご先祖が持っていたっていう、ミラーアイズだね」

 それを聞いた誰かが、ジュリアスを脅威に思った。
 なぜなら、その人物は、ワレスの父イリアスが侯爵家ゆかりの人間であることを知っていたからだ。数十年前に侯爵家を出ていったイリアスの血縁者に違いないと考えた。事実、そのとおりなのだ。
 現侯爵に知られないうちに、ジュリアスを始末しようと企んだ……。

 ジュリアスが狙われている理由はわかった。が、ワレスは強烈な虚無感に襲われた。いつしか、その足は宿へむかっていた。

 まちがった人生を歩んできた……いや、歩まされてきたという感覚が、ワレスから気力を奪った。これまでの人生がすべてムダだったような気がして。

 日没前の早い時間。
 宿には、レリスは帰っていなかった。レリスはジューダの手伝いで忙しい。彼にも大勢の知人がいるし。

 ワレスは出窓のふちにすわり、明かりもつけず、刻々と暗くなる外の景色をながめていた。

 石造りの街なみ。家々に灯がともる。恋人たちは腕を組んで石畳の街路を歩き、街灯が彼らのおもてを明るく照らす。屋根の上の猫まで、二匹で恋を語っている。

 夜もふけてから、レリスは帰ってきた。

「すまない。遅くなって。なんだか誰かにつけられてるような気がして……ワレス? もう寝たのか?」

 明かりのなかに浮かんだレリスを見て、ワレスは自分を抑えることができなかった。

 そうだ。ムダじゃない。おれの人生は——

(おれは、おまえに会うために生きてきたんだ)

 つらいイバラの道は、レリスに出会うためだった。
 ワレスが自由きままな孤児で、まともな人間なら誰もよりつかない砦になんて行ったからこそ、レリスと邂逅(かいこう)した。
 これは、あらかじめ用意されていた運命だったのだ。

 戸惑うレリスを力いっぱい抱きしめる。唇をかさねると、レリスの抵抗もとけてくる。

「……ダメだって言ったのは、おまえだぞ」
「おまえを泣かせるのは罪だと気づいた。ウィルにはどうしたら償えるのか、二人で考えよう」

 ひさしぶりに抱きあった。
 夜は至福。愛しい人と手をとりあって眠れば。

 だが代償はあった。
 ワレスは自分の感情に手一杯で、ジュリアスのことまで頭がまわらなかった。

 翌朝、侯爵家へ行くと、ジョスリーヌが蒼白になっていた。カースティは泣きくずれている。

「ワレス! 今までどこにいたの?」
「宿に決まってるだろう。どうかしたのか?」
「ジュリアスが帰ってこないの!」

 やられた。先手を打たれたのだ。油断してはいけなかったのに。

(まさか、殺されたのか?)

 ワレスの背筋を悪寒がかけあがった。
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