十章 5

文字数 1,604文字



 宮中に、ハイドラの気配。
 それに、レリシアのものだろうか? グローリアと同じ波動がある。

 ハイドラが皇帝を手中におさめようとした理由は、予想できた。十二騎士の残した魔力の封珠を手に入れるためだ。

 十二騎士全員の力を集めれば、シリウスのかけた時のはざまの封印をひらけると考えたのだろう。そのために皇帝の狂気を誘うレリスを、生贄としてさしだした。そんなことをしても、ムダだというのに。

 ハイドラの気配をたどっていくと、すぐ近くの扉についた。皇妃の間だ。豪華な両扉の前に、レリシアが立っている。

 初めて会うのに、彼女のことは、所作のわずかな癖まで知っていた。レリスが女で十六歳なら、こうだという容姿。男のレリスより、グローリアに似ていた。

「まあ、嬉しい」と、彼女は言った。
「ほんとのペガサスになって、それに若返ったのね。十八のシリウスと、十六のわたし。お似合いだと思わない?」

 サリウス帝に魔王が憑依していなかったので、案じていた。思ったとおり、レリシアは、あの封印の内なるものに憑かれていた。宮殿じゅうを覆いつくす禍々しい瘴気は、ほっそりと美しい彼女の体から発していた。

「グローリア。なぜ、レリスを殺そうとした?」
「だって、もういらないんですもの。わたしはこっちの体のほうが好き。あなただって、そうでしょう?」

 たしかにそれは否定しがたい。
 レリスの半身であるとは知っていた。それにしても、

姿

は、じっさいに目の前にすると、抗うのは不可能なほど強烈に魅力的だ。体と体がぬいあわされ、肉に食いこむ針の感触さえ、ありありと感じる。惹きよせられる。

「しかし、彼はおまえの半身だ」

 今すぐ彼女のもとへかけより、抱きしめてしまいそうになる衝動をこらえて、ワレスはそう言った。少女の姿のグローリアは、泣きべそをかいている。

「どうして責めるの? あなたはいつも、わたしを責める。あなたに会いたくて追ってきたのよ。行かないでって言ったのに。あなたがわたしを置いていくから」

 だめだ。話にならない。
 彼女は長い幽閉と、くりかえされた分断で、人格をいちじるしく損なわれている。

 これでも会話ができるまでには回復した。だが一方的に愛情を求めてくるばかりで、冷静な話しあいにはいたらない。

「ハイドラに会いたい。その扉の内にいるんだろう? 話をさせてくれないか?」

 すねて涙をこぼしていた彼女の目に、急にズルイ魔王の叡智(えいち)が宿る。

「だめ。キャスケイドは今、わたしのために大事な仕事をしているの」
「十二封珠を手に入れたのか?」

 あれは十二騎士の子孫が受け継いできたはずだが、すでに皇帝の勅命で集められていたのだ。シリウスの魔力だけは、ワレスが開放ずみである。しかし、ほかの封珠には魔力が残っているはず。シリウスのかけた魔法を解くには、それだけで充分すぎる。

 妹の狂態や苦痛の余韻のせいか、レリスはぼんやりしている。彼をおろし、ワレスはレリシアにつめよった。

「キャスケイドの今の体は人間だ。十二の神の力をとりこめるほど強靭ではない。やつは死ぬぞ」
「死んだっていいじゃない。彼がそうしたいって言うんだもの」
「グローリア!」

 声を張りあげると、彼女はまたグズる。

「どうして怒るの? キャスケイドだって、カリウルだって、センシュアルだって、みんな、わたしにつくしてくれるのに、あなたは冷たい。あんなところに、わたしを閉じこめて。わたしを一人にして」

 泣きごとにかまってはいられない。
 彼女の肩を押しのけようとしたときだ。部屋のなかで絶叫が響いた。扉をひらくと、ハイドラが寝台の上で、もんどりうっている。

 封珠のうち七つの封印が解かれていた。すでに、ハイドラはキャスケイドの魔力をとりこんでいる。計八つだ。たとえ半神や精霊の弱い力とはいえ、八種族もの力をうけおえるようには、人間の体はできていない。ハイドラの骨はねじれ、歪曲し始めていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み