七章 1
文字数 2,511文字
涙のなかで目ざめるのは、これで何度めだろうか。
数千年前に終わった、シリウスの生涯。
今ではもうハッキリと自分の記憶として認識できる。グローリアを愛おしむ心も、あざやかによみがえっていた。それは、レリスへの思いに自然にかさなった。
何度生まれ変わっても、必ず愛すると誓ったから。
(レリス。おれは以前のおまえと同じ気持ちを、また今生でも味わわせている。ふれあえないさみしさを。ほんとに、これでいいんだろうか?)
あの自堕落なグローリアが、シリウスの融通のきかない決意につきあって、よく我慢したものだ。彼女もウラボロスを滅ぼしたことを後悔していたからではないだろうか。
彼女は最初に思ったほど悪い魔女じゃない。孤独が、絶望の深さが、彼女にそうさせていただけ。
(レリスに……あんな思いをさせるべきではない)
だが、ワレスの良心はなんの罰もなくレリスと愛しあうことをよしとしない。いったい、どうしたらいいというのか。
(あの瞬間に戻ることさえできれば、ウィルを死なせないのに)
人間の力では、どうにもならないことだった。
(悩んでも解決しない事態か。しかたない。もっと建設的なことを考えるとしよう。ジュリアスの件を)
しかし、身づくろいを整えるあいだ、ワレスは何かが気になってならなかった。
昨日の夢には重要な部分がぬけていた。まだ思いだせないでいる何か。そこが一番、肝心だった気がするのだが……。
(シリウスが半神の力を封じた石の行方か? たしか、おれたちは、あれを十二封珠と呼んでいた。あれがないから、おれは人間なんだ。しかし……どうも、そのことではない)
思いだせそうで思いだせない。
ムズムズする心地で、ワレスはラ・ベル侯爵家へむかった。ジュリアスが命を狙われたときの状況をくわしく聞きだすためだ。行きがかり上、ジュリアス本人とも話さざるを得ない。
ジュリアスは容貌だけでなく、性格もワレスに似ていた。気位が高く、負けず嫌いで、意思が強いと言えば聞こえがいいが、それは頑固と同義語だ。
これらはすべて、シリウスから受け継いだ特質だ。
まいったことに、ジュリアスはこの上に正義感がプラスされるので、ワレスをミニサイズのシリウスを前にしている気分にさせる。
「ジョスリーヌがあなたになんと言ったのか知りません。が、僕はあなたに守ってもらう必要はありません。お帰りください」
ワレスの顔を見るなり、宣戦布告のように言い放ってくる。
まあ、昨日は大人げなく本人の鼻先で、そんな子どもは認めないとは言ったのはこっちだ。怒るすじあいではない。しかし……やはり、可愛げはない。
(うん。たしかに、おれの子だ。イヤになるほど、おれの少年時代に生き写しだ)
神の血というのは凄まじいのだなと、ワレスは思った。数千年たった今でも、容姿、気質、そっくりそのまま、シリウスを引き継いでいる。誰の血がまざろうと、まったく薄まらない。
あるいは、ワレスもジュリアスも、肉体はシリウスの分身みたいなものなのかもしれない。代々、父から息子へ同じ血が引き渡され、シリウスが転生するときに魂の器として使用される。そんな気さえする。
ワレスがシリウスの魂を宿したのは、同時代にグローリアが生まれてくるから、という、それだけの理由だったのではないだろうか。
(では、おれは運がいいのか。運命の相手と愛しあえる権利を得た)
その権利をみずから放棄しようとしていることに、苦悩の
ワレスは苦い思いをふりはらい、目の前の問題に集中した。
「ジュリアス。みなしごの両親から生まれたおまえが、まるで貴族の子息のように暮らしていられるのは誰のおかげだ? おまえにとって、ジョスリーヌの命令は絶対だ。少なくとも彼女の金で食ってるうちは」
ジュリアスは白皙を真っ赤に染めた。羞恥のせいというより、憤りのせいだと、同じ性質のワレスにはわかる。
「僕が他人の厚意にすがらないといけないのは、あなたみたいな、いいかげんな父親を持ったせいだろう?」
「甘ったれるなよ。おれは五つのときから自分でかせいで弟妹を食わせてた。まあ、お坊ちゃん育ちのおまえに同じことをしろとは言わないが、ジョスの善意に甘えてる自覚があるなら、おとなしく彼女の意見に従っておくんだな」
ぐっと、ジュリアスが声をつまらせたところで、本題に入る。
「それで、どんな状態で命を狙われたんだ?」
ジュリアスは恨みがましげな目でワレスをにらみながら、ぽつぽつと要点だけを語った。学校帰りに暴漢に襲われたこと。夜会で階段からつきおとされたこと。狩場で流れ矢にあたりそうになったこと。どれも、ラ・ベル侯爵家の屋敷の外で起こった話だ。
(どうやら外部の人間の仕業か。屋敷のなかなら、もっとさりげなく事故に見せかけて殺す方法がいくらでもある。こんなに警戒させたんじゃ、殺しにくくなるばかりだ)
だから、外部の誰かの仕業と思わせるために、屋敷の人間がわざと外で襲ったとは考えにくい。
しいて言えば、ジョスリーヌの息子のジュベールだが、彼はもうじき二十五になって、侯爵の位を母から継ぐ。侯爵家のすべてを自分のものにする彼が、居候にすぎないジュリアスを殺すメリットはない。母をとられて嫉妬という線もなきにしもあらずだが。
「ジュベールとは仲がいいんだろうな?」
「もちろん。ジュベールは一人っ子だから、僕をほんとの弟のように思ってくれてる」
たしかに昨日、一室(あそこは家族が集うためのリビングだ)から全員そろって出てきたときのようすから見ても、それは嘘ではない。ジュベールのジュリアスを見る目は優しかった。
「では、外部犯の仕業であることは確実だな。ジュベールとまちがって殺されかけたにしては、彼とおまえの年齢が違いすぎる。彼は黒髪。おまえは赤毛。やはり、おまえをおまえと承知で狙ったということか」
だからといって、財産も身分もない少年を殺して、なんになる? ジョスリーヌから身代金をとるためなら、さらいはしても、いきなり階段からつきおとしはしない。利益を得るのが目的ではないのかもしれない。
試みに、ワレスは聞いてみた。
「誰かに憎まれているか?」