五章 2

文字数 1,978文字

 *


 数日後、帰国の船の目処が立たず、安宿でイライラするワレスのもとへ、デッドがやってきた。

 デッドはダーレスの山賊だった。しかし、頭のいい青年で、機転がきき、旅のあいだ何かと重宝していた。山賊をしていたとき敵の拷問にあって片手の指を三本失い、指なしデッドと呼ばれている。

「侯爵。助けてください。あにきがさらわれた」

 彼が言う『あにき』はもちろん、レリス。『侯爵』はワレスの通り名だ。逃亡のためユイラ貴族に変装したあと、定着してしまった。ワレスはチンピラたちにとって、なんとなく近寄りがたく、そんなふうに呼ぶのがピッタリだと思われたようだ。

「おれは、レリスとは絶縁したんだ。デッド、おまえの窮地なら手助けした。が、あいつのことは知らない」

 デッドは深々とため息をつく。

「わかってましたよ。あんたたちが、またモメたんだってことぐらい。このごろ、あにきの元気がなかったからね。おれたちに隠れて、こっそり泣いてますぜ」

 そう言われると、ワレスの胸はドキドキしたが、ここで喜んではいけない。レリスのは、ただ単に甘える相手が一人へってさみしいだけだ。たくさんあるうちのオモチャを一つなくしたようなもの。すぐにあきらめがつく。

「……そのうち、なれるさ。それに、あいつにはサンダーがいるんだろう?」

 デッドは哀れむような目で、ワレスを見る。

「あんな化け物、とっくにどっか行っちまいましたよ。あいつのおかげで、おれたちは変な古代みたいなとこへ飛ばされるし、頼みのあんたはいないしで、一時はどうなることかと思いました。ハイドラさんの魔法で助かったみたいなんだが。そういや、あのあとから、ハイドラさんもいなくなったんだっけ」

 そうか。サンダーは行ったのか。レリスはふられたんだ。それで、おれになぐさめてもらいにエスパンの港まで追ってきたわけか。

 おれならゆるし「いいんだ。いいんだ。おれがいるから泣きやんでくれ。おまえが何をしたって、ほかの男を愛したって、かまやしないよ」とでも言うと思ったのか?

 まったく、あいつはどこまで、おれのプライドを粉々にしてくれる気だ? おまえのワガママ勝手を見て見ぬふりして、甘えたいときにだけ甘えさせてやる。

 おれに、そんな骨なしのクズになれと?

 ワレスは憤然としたが、デッドはたたみかけるように言葉をなげてくる。

「侯爵! あんたのためだ。あにきはあんたがいなくなったあと、あんたを追おうとして、あの化け物とケンカになったんだ。あにきは言ってましたよ」


 ——サンダー。おまえのことはなつかしい。おまえのような人を、以前、知っていたような気がする。でも、ワレスがいないと……ダメなんだ。心が二つに裂かれるように、痛い……。


 心が痛い。
 愛を認識できないおまえにしては、上出来か。

(その言葉、ウィルの死の前なら、どれほど嬉しかったろう)

 でも、もう遅い。
 ワレスには、レリスの愛に溺れてはいけない理由ができてしまった。

「……わかった。今回は手を貸す。だが、そのあとはないぞ」

 さらわれたレリスを救出するのは、かんたんではなかった。漂着したときから、古い因習の残る妙な島だと思っていたが、そこは古代の邪神を今も崇拝する禁忌の地だった。レリスは神にささげる生贄だ。厳重に見張られ、助けだすチャンスがない。

 最後の手段だった。
 儀式の日、島民が集まる神殿に忍びこんだ。

 こんなことはこれまでにもあった。グラノアで、ダーレスで、十二公国の王都で。

 ただ違っていたのは、いつもは味方だったハイドラが敵にまわっていたことだ。男装していると男にしか見えない彼女が、黒いローブをまとい、巫女にまじって壇上に立っていた。

 大剣をためらいなく、レリスの胸におろそうとするハイドラの前に、ワレスは夢中でとびだした。
 剣の腕では互角だが、力では男のワレスのほうが勝る。すんでのところで、ワレスはハイドラの剣をはじきとばした。

「きさま、正気か? ハイドラ」
「ジャマするな。シリウスの記憶をとりもどしかけているのだろう? ならば、わかるはずだ。おまえだって、グローリアを救いたいんだろう?」

「たしかに、グローリアは哀れな女だ。だが、おれの愛しているのは彼女じゃない。レリスだ。残念ながら、両者の魂は一つらしいが」
「そうとも。何度転生しても、おまえがシリウスであるように。どこまで行っても、私はキャスケイド。だがな、ワレス。グローリアはレリスではない」

「むしろ、そうであってほしかった。しかし、おれは幾度も見た。確信もした。こいつは間違いなく、グローリアだ」

 ハイドラは苛立ちを隠せず舌打ちする。

「昔も今も、頑固なヤツだ。ジャマするなら、おまえも殺す」

 剣の腕は互角。しかし、魔法を使われれば、そうはいかない。ハイドラの魔法が襲いくる。
 そのさなか、ワレスは見た。あの夢を……。
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