十章 2
文字数 1,779文字
問題は、どこから手をつければ、レリスとグローリアを救えるか。
とりあえず、レリスには会っておきたかった。ワレスが死んだと思い、ずっと泣いていた。
ワレスは人間の自分の肉体が、埋葬されたあとの時間に降りたった。ここなら、ワレスは死んだことになっているから、ハイドラも油断しているだろう。
もっとも、ハイドラは魔王の体に封じられたグローリアを救おうとしているだけだ。グローリアが本来、生まれ変わるはずだった肉体へ、魂を返そうとしている。
それなら真の意味では、ハイドラは敵ではない。
しかし、ワレスは自分が思いだせない核心の部分の記憶が戻らないかぎり、ハイドラを説得できないことは理解していた。一族を皆殺しにしてまで愛した女を苦しめる魔王を、憎むなというほうがムリがある。
レリスの魂を封印の内に送る(結果的にレリスの体はカラになる)ことに失敗したハイドラは、今度はどんな手に出るだろう。このまま、あきらめるはずがない。
(おれがハイドラなら、封印の鍵を解こうとするよな。グローリアのかけた鍵は、魔王のなかにいるグローリアがこわした。自分の波長の鍵はかんたんに開閉できる。となると、あとは、おれがかけた鍵。シリウスの鍵だ。ほんとなら、次はおれに事情を話し、味方につけたかったはずだろう。が、おれは
死んで
しまった。ハイドラとしては打つ手がなくなってしまったんじゃないか?)ハイドラを見張っておくべきかもしれない。
その前に一度、レリスに会いに行くことにした。あのまま泣かせておくのはかわいそうだ。
夜になるのを待って、ワレスはレリスの泊まる宿へむかった。
レリスは眠っていなかった。ベッドに腰かけたまま泣いている。
窓の外からそれをのぞいたワレスは、ふと奇妙な気がした。封じられた魔王の肉体から、グローリアの気配を感じた。でも、そこにいるレリスからも、たしかに、グローリアの魂を感じる。気のせいなどではない。
(レリスは……魔王なんじゃないのか? いったい、何がどうなってる?)
思えば、ワレスとウィルのあとを追って、エスパンの宿に現れたレリスは、グローリアの意識に動かされていた。それまでにも度々、あの発作を起こした。皮肉にも、あの夜以来、現れていないが。
(おれがウィルではなく、あいつを選んだから、満足したんだな)
おかしい。レリスが魔王なら、そんなことは起こらないはずだ。グローリアの記憶を、魔王が持っているはずはないのだから。
ワレスはたしかめに行くことにした。もう一度、あの夜へ。
凍てつく冬の日。エスパンのにぎやかな港町も寝静まる真夜中。ウィルと二人で泊まった運河ぞいの宿。
翼を得た今なら、自在に翔ぶことができた。
おぼえのある建物を見あげると、まもなく三階の窓がひらき、二人の人間が落ちてくる。
あの選択の瞬間だ。
レリスの腕は、窓のなかのワレスがつかむ。ウィルだけが落下し続ける。
ワレスは運河の上を音もなく滑空し、水にふれる直前、ウィルを抱きとめた。
「ワレス……さん? どうして……」
「これは夢だ。悪い夢を見ただけ」
「そうかもしれない。だって、ワレスさんなのに、ワレスさんじゃないみたい。なんだか……近よりがたい」
「ウィル。おれは君の思いに応えてあげられない。明日、君の兄が宿へ来る。ちゃんと話しあってごらん。一人で思いつめるのは、君の悪い癖だ」
涙ぐむ少年をかかえたまま、三階の窓辺へあがり、室内へ侵入した。過去のワレスは、すでにウィルを探しに階下へおりていた。レリスだけが寝台でよこたわっている。ワレスはウィルをおろし、レリスを抱きかかえた。
「ワレスさん!」
「さよなら、ウィル。君が生きていてくれて、ほんとに嬉しいよ」
ウィルを残して窓から部屋を出る。港の誰もいない波止場へおりたつと、失神しているレリスをゆり起こす。
「グローリア。もう一度、話そう」
寝ぼけた声を出して、彼女は起きてきた。ワレスを見て笑い、両腕を首にまきつけてくる。
「シリウス。嬉しい。わたしを選んでくれた」
まちがいない。グローリアだ。
「あたりまえだろう。あんなことをされれば」
「怒ってる?」
「ああ。怒ってる」
「でも、わたしを選ぶのね?」
「愛しているからな」
彼女は喜びのあまり泣きだした。こんなふうに素直な彼女を問いつめるのは哀れな気もする。が、聞かなければならない。