十章 3
文字数 2,353文字
「おまえ、ほんとにグローリアか?」
「あたりまえでしょ」
「おれとおまえで、封印した魔王をおぼえているか? あいつが言うには、封印される直前、おまえに魂を交換されたというんだ」
「何よ、それ。知らない」
ずるい魔女の顔になって、彼女はワレスの首にからみつかせていた腕をほどいた。自分の足で波止場に立つ。
ワレスの問いが事実かどうかはともかく、何か隠しているふうではあった。
「グローリア。怒らないから、ほんとのことを言ってくれ。おれに嘘をついてることがあるだろう?」
彼女は答えず、去っていく気配がした。あわてて、ワレスは話題を転じる。
「待ってくれ。じゃあ、前に話してたことを教えてくれ。おまえは『レリスは不完全だから、愛する心を持たない』と言った。あれは、どういう意味なんだ?」
今度は答えがあった。
「あなたが、すぐに見つけてくれないからいけないのよ。わたし、子どものころ、殺されそうになったの」
それは、レリスが子どものころ、という意味であろう。
「いくつのとき?」
「七つくらいだったかしら」
たしか、レリスが記憶をなくしたのも、それくらいのときだ。気づくと赤ん坊の妹を抱いて、森をさ迷っていたのだと、以前、聞いた。
「そのとき、何があったんだ?」
「わたしをさらった男たちが、わたしの体をめずらしがって、殺す前に弄ぼうと言いだしたの。だから、わたし、体を二つにわけた。男のわたしと、女のわたし」
無邪気に笑う彼女を見て、ワレスはめまいをおぼえた。
そうだった。彼女はフェニックスの末裔だ。男女両性を一つの体にあわせ持つのが常態だ。
「つまり、今のおまえは、本来のおまえが二つに分断されている。おまえの妹というのが、じつは——」
「そうよ。わたしの半分。この体は男だから、どうでもいいと思って、汚れたこともしてきた。けど、もう一つの体は大切にとってあるの。あなたのために。早く迎えに来てね」
「そんなことをして、もう一度、一つになれるのか?」
グローリアはかんたんなことのように言った。
「こっちの体を殺せば、魂はひきあうから、一つになるわ」
「バカなことを。おれに、レリスを殺せと言うのか?」
「何よ。男の体のほうがよかった? なら、せっかく守ってきたけど、レリシアのほうを殺せば……」
「そういう問題じゃない。どちらも、おまえなんだぞ。そんな、おまえの半身を殺せだなんて」
その瞬間、閃光が脳裏をかけめぐる。
忘れていた最後の記憶——
(思い……だした!)
彼女の最大の秘密。
グローリアはシリウスが気づいているとは思ってなかったはずだ。ほかの十二騎士も誰一人、知らなかった。彼女の肉体ではなく、傷ついた魂を愛したシリウスだからこそ、察することができたのだ。
彼女が隠したがった罪。
わたしはゆるされざるもの。存在の生まれながらに悪しきによりて、醜き根のまま絶たれしもの。咲きたかろうに。咲きたかろうに。
響きわたる、あの歌声。
なぜ、自分は、グローリアと空の王が似ていると感じたのか……。
(思いだした。グローリアは以前にも一度、同じあやまちを犯している。だから彼女の魂は、いびつなんだ。生まれる前に切断されたからだ)
立ちつくすワレスを見て、グローリアは少し不安になったようだ。
「ねえ、だめなの? わたし、いけないことした?」
ワレスは彼女を精いっぱい抱きしめた。
「どうにかして、解決のすべを見つけよう。今度こそ、おまえが笑って生きられるように」
彼女は満足したらしかった。
ワレスの胸に甘えて、そして眠った。
(だから、おれに神の力が必要だったんだ。これは半神では手にあまる)
ワレスはレリスを宿の前まで帰し、ふたたび
今
に戻った。グローリアの話を聞いたことで、ハイドラの次の手も見えた。
今すぐ、グローリアの半身、レリスの妹レリシアを保護しなければいけない。が、出遅れてしまった。ワレスがレリスの故郷に翔んだときには、レリシアはハイドラにさらわれたあとだった。
(時間をさかのぼれば、レリシアを渡さずにはすむが……)
それより、今こそ、ハイドラと対話を持つべきだ。ハイドラのやりかたでは、どうやっても、グローリアを救えないのだと。
皇都に帰ると、事態は急変していた。
現ユイラ皇帝サリウスが、とつぜん乱心したというウワサが都じゅうに流布していた。長年つれそった皇妃をみずから手にかけ、新たに自分の娘ほどの少女を正妃に迎えようとしているという。
名を聞くまでもなく、その小娘がレリシアであると想像がついた。
おまけに宿からは、レリスが消えていた。ジューダやデッドが途方に暮れている。
ワレスが姿を現すと、ジューダたちはそろって腰をぬかした。
「うわあッ。化けて出やがった!」
「かんべんしてくれぇ。幽的は苦手なんだ!」
逃げまどう男たちを一喝する。
「亡霊じゃない。落ちついて、よく見ろ。魔法で一時的に仮死状態になっていただけだ」
話すと長くなるので、てきとうに言っておく。
「嘘じゃないよな? ほんとに生きてんのか? なんか……体が光ってねえか?」
それはいわゆる後光というやつだ。生命エネルギーの桁が違うから、どんなに苦心して抑えこんでも光輝を放ってしまう。
「まあいい。腰ぬけの相手はしてられない」
「うわぁ……化けても毒舌なんだな」
「レリスはどこだ?」
「……聞いちゃいねえ。この傍若無人さ。まちがいなく、ワレスだ」
「レリスはどこなんだ? さっさと答えろ」
ジューダたちは、それでまた顔色を変えた。
「それが夕方に、ふらっと一人で出ていっちまったみたいなんだ。気落ちしてたからなぁ。悪いやつらにさらわれてなけりゃいいが」
悪いやつも何も、ハイドラに拉致されたのだ。
(となると、皇宮か。レリスとレリシア。二人を集めて、何をするつもりだ?)