八章 8
文字数 1,914文字
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その日、侯爵の葬送のために、続々と一門が城に集まってきた。血族だけでも数百人。外戚や遠戚まで入れると、いったいどれだけになるのか見当もつかない。
ワレスはその一同の前で、侯爵夫人と対決しなければならなかった。
「わたくしは認めません。彼は詐欺師です。イリアスの息子をかたっているにすぎません。第一、イリアスなど身分の低い女が生んだ子ですよ。五千年の歴史を持つ由緒正しいラ・スター侯爵家の長にはふさわしくありません」
「しかし、奥方さま。侯爵閣下は私に爵位をゆずると、亡くなる前に明言なさいました。これは遺言でしょう」
「それは、あなたが口から出まかせを言っているのです。ほかに聞いた者がありますか?」
「ラ・ベル侯爵が聞いています」
「たしかに、ラ・ベル侯爵なら格式は同等ですわね。ですが、他家に口出ししてほしくございません。これは、わがラ・スター家の最重要事項ですからね」
「おやおや。ラ・スター家の最重要事項は、ミラーアイズを持つ者が家督を継ぐことでしょう? 始祖シリウスの血をいかに濃く、その身に流しているか。これに変わる重要事項などない」
「ミラーアイズなら、わたくしの息子のライアンとて、そうです。ライアンの青い瞳をごらんなさい」
「青ければよいというわけではない。叔父上と私の目の違いも見きわめられないなら、失礼ですが、あなたの目は節穴です」
夫人の言いぶんは誰が聞いてもムリがあった。集まる一族たちも、ざわついている。
「ライアンさまがミラーアイズなら、私だってミラーアイズだ」
「あの若者の瞳の輝きの前では……」
「それに、ごらんくださいまし。あのかたは息子までミラーアイズ」
母のこの悲惨で滑稽な姿を見かねたのは、当のライアンだ。彼は高らかに宣言した。
「シリウスの審判だ!」
一族が大きく、どよめく。
「なんと、シリウスの審判!」
「おお、素晴らしい。あれをこの目で見られるのか」
「二百年前におこなわれたのが最後だという話だが」
「早く見たいわ。シリウススター。ラ・スター侯爵家の家宝」
歓喜する人々の前に、ライアンが持ちだしたのは、鍵つきの美しい箱。
鍵をあけると、何重にもビロードにくるんで保管された、青い宝石が出てくる。大きい。にぎりこぶしほどもある。
透きとおるブルーはサファイアのようにも見えるが、内に星を飲んだように、キラキラと光を放つ。そのようすは、ワレスがシリウスから受け継いだミラーアイズの輝きそのものだ。
この石を見たせつなに、ワレスは悟った。
この石だ。シリウスの力が封じられている。
(そう。人になるために、おれはこの石に神の力を封じた。おれの時間軸。いつも、あの力を使うとき、魂を通じて、ここからひきだしていたんだな。本体はここにあった)
シリウススターに魅せられていると、ライアンはワレスが臆したと勘違いした。
「案ずることはない。ワレサレス。手をかざすだけだ。シリウスに選ばれし者が手を近づければ、石が輝きを放つ。私からやってみよう」
叔父が手本に、シリウススターの上に手をさしだす。石が淡く水色の光を放つ。
「やはり、父上には遠くおよばないな。直系の男子がかざせば、誰でも多少は光るのだ。だが、シリウスに選ばれた者が……ミラーアイズを持つ者がかざせば、その光は、はるかに——」
ミラーアイズと時間軸が共鳴するからだ。
ワレスは一族の皆に見えるよう、壇上でシリウススターに手をかざした。始め、石は光らなかった。ワレスが目を閉ざしていたからだ。
その目をあけ、見つめる。
すると、石は輝きだした。青い光がゆらめきながらホールを満たしていく。さながら、海中から見あげる太陽光。美しい光の乱舞に、人々は酔った。
この輝きが最高潮に達したとき、誰も予期せぬことが起こった。
ワレスは石と自分が、しだいに一体化していくのを感じた。シリウスの魂を持つワレスが共鳴したからか、あるいは
とつぜん、光が螺旋を描いて球となり、圧縮されながら、ワレスのなかへ入ってきた。ひたいの奥に、すっぽりおさまる。時間軸が還ってきたことを、ワレスは知った。今なら、シリウスと同じ魔法を自在に使える。
ワレスはふたたび、半神になったのだ。
(きっと、おれは最後のシリウス。輪廻の呪いを断ち、グローリアの真の願いを叶える。それが、おれの役目なんだ)
嬉しいような、悲しいような、この気持ち。
今生を終えれば、もうグローリアと会うことはないのか。
それ以前に、半神に戻ってしまったワレスは、何万年もの時を死ぬことなく、一人でさ迷わなければならない……。
群衆は歓喜していた。
神よ、神よ。我らがシリウス——
口々にそう叫んで。
その日、侯爵の葬送のために、続々と一門が城に集まってきた。血族だけでも数百人。外戚や遠戚まで入れると、いったいどれだけになるのか見当もつかない。
ワレスはその一同の前で、侯爵夫人と対決しなければならなかった。
「わたくしは認めません。彼は詐欺師です。イリアスの息子をかたっているにすぎません。第一、イリアスなど身分の低い女が生んだ子ですよ。五千年の歴史を持つ由緒正しいラ・スター侯爵家の長にはふさわしくありません」
「しかし、奥方さま。侯爵閣下は私に爵位をゆずると、亡くなる前に明言なさいました。これは遺言でしょう」
「それは、あなたが口から出まかせを言っているのです。ほかに聞いた者がありますか?」
「ラ・ベル侯爵が聞いています」
「たしかに、ラ・ベル侯爵なら格式は同等ですわね。ですが、他家に口出ししてほしくございません。これは、わがラ・スター家の最重要事項ですからね」
「おやおや。ラ・スター家の最重要事項は、ミラーアイズを持つ者が家督を継ぐことでしょう? 始祖シリウスの血をいかに濃く、その身に流しているか。これに変わる重要事項などない」
「ミラーアイズなら、わたくしの息子のライアンとて、そうです。ライアンの青い瞳をごらんなさい」
「青ければよいというわけではない。叔父上と私の目の違いも見きわめられないなら、失礼ですが、あなたの目は節穴です」
夫人の言いぶんは誰が聞いてもムリがあった。集まる一族たちも、ざわついている。
「ライアンさまがミラーアイズなら、私だってミラーアイズだ」
「あの若者の瞳の輝きの前では……」
「それに、ごらんくださいまし。あのかたは息子までミラーアイズ」
母のこの悲惨で滑稽な姿を見かねたのは、当のライアンだ。彼は高らかに宣言した。
「シリウスの審判だ!」
一族が大きく、どよめく。
「なんと、シリウスの審判!」
「おお、素晴らしい。あれをこの目で見られるのか」
「二百年前におこなわれたのが最後だという話だが」
「早く見たいわ。シリウススター。ラ・スター侯爵家の家宝」
歓喜する人々の前に、ライアンが持ちだしたのは、鍵つきの美しい箱。
鍵をあけると、何重にもビロードにくるんで保管された、青い宝石が出てくる。大きい。にぎりこぶしほどもある。
透きとおるブルーはサファイアのようにも見えるが、内に星を飲んだように、キラキラと光を放つ。そのようすは、ワレスがシリウスから受け継いだミラーアイズの輝きそのものだ。
この石を見たせつなに、ワレスは悟った。
この石だ。シリウスの力が封じられている。
(そう。人になるために、おれはこの石に神の力を封じた。おれの時間軸。いつも、あの力を使うとき、魂を通じて、ここからひきだしていたんだな。本体はここにあった)
シリウススターに魅せられていると、ライアンはワレスが臆したと勘違いした。
「案ずることはない。ワレサレス。手をかざすだけだ。シリウスに選ばれし者が手を近づければ、石が輝きを放つ。私からやってみよう」
叔父が手本に、シリウススターの上に手をさしだす。石が淡く水色の光を放つ。
「やはり、父上には遠くおよばないな。直系の男子がかざせば、誰でも多少は光るのだ。だが、シリウスに選ばれた者が……ミラーアイズを持つ者がかざせば、その光は、はるかに——」
ミラーアイズと時間軸が共鳴するからだ。
ワレスは一族の皆に見えるよう、壇上でシリウススターに手をかざした。始め、石は光らなかった。ワレスが目を閉ざしていたからだ。
その目をあけ、見つめる。
すると、石は輝きだした。青い光がゆらめきながらホールを満たしていく。さながら、海中から見あげる太陽光。美しい光の乱舞に、人々は酔った。
この輝きが最高潮に達したとき、誰も予期せぬことが起こった。
ワレスは石と自分が、しだいに一体化していくのを感じた。シリウスの魂を持つワレスが共鳴したからか、あるいは
その時
が来ていたのか。とつぜん、光が螺旋を描いて球となり、圧縮されながら、ワレスのなかへ入ってきた。ひたいの奥に、すっぽりおさまる。時間軸が還ってきたことを、ワレスは知った。今なら、シリウスと同じ魔法を自在に使える。
ワレスはふたたび、半神になったのだ。
(きっと、おれは最後のシリウス。輪廻の呪いを断ち、グローリアの真の願いを叶える。それが、おれの役目なんだ)
嬉しいような、悲しいような、この気持ち。
今生を終えれば、もうグローリアと会うことはないのか。
それ以前に、半神に戻ってしまったワレスは、何万年もの時を死ぬことなく、一人でさ迷わなければならない……。
群衆は歓喜していた。
神よ、神よ。我らがシリウス——
口々にそう叫んで。