七章 4

文字数 2,587文字



「わかりました。ジュリアスは私と違い、まっすぐです。きっと令嬢を大切にするでしょう。あの二人が望むのなら、いっしょになれるよう尽力いたします」

 当面、両家のなかに、ジュリアスをねたむ者、ジュリアスに自分の利益を害されると感じている者がいないか調べた。だが、どれほど調べても、それらしい人物はいない。

 侯爵家側から見れば、ジョスリーヌがジュリアスにあたえる財産は微々たるもの。人を殺してまで彼らが欲する値打ちはないと、すぐにわかった。

 ラ・ベル侯爵家は、ユイラの初代皇帝に仕えた十二騎士の血統を継ぐ家柄だ。
 シリウスの記憶では、華麗な花の精、ホーリーベルガモットの子孫にあたる。グローリアの十二人の騎士のなかでは、めずらしく紅一点だった。

 貴族のなかでも最高の格式と歴史を持ち、それだけに広大な領地、ばくだいな財産を有する。一門はみな金持ちだから、ジュリアスがもらうものは、彼らにとって子どもの小遣いていどでしかない。

 また、アウティグル家にしてみれば、そういう大貴族の一門につらなることは、降ってわいたような幸運だ。誰に聞いても、二人の婚姻を手放しで喜んでいる。

 何か自分は見落としているのだろうか。原因は、ジュリアスとルーシィの婚儀にまつわる財産の行方ではないのか?

「おもな殺しの動機は一に金。二に恋愛のもつれ。三に復讐だ。ジュリアスの年で殺人に発展するほどの恋愛遍歴があるとは思えない。ルーシィとの仲も可愛いもんだ。いまだに口と口のキスができないんだぞ。となると、復讐か金。しかし、復讐の可能性も薄い。これは本人を信用するしかないが、誰かに仕返しされるような大ゲンカは学校でもしたことないと断言している。まあ、あいつの性格では弱い者いじめをしているふうではないな」
「隊長。ジュリアスはそういう子じゃないよ」
「だから、そう言ってるだろう」

 どうにも、お手あげな感じだが、護衛だけは続けている。

 その日は、ジュリアスの学友の誕生会だというので、エミールと二人でつきそっていた。犬みたいに庭をかけまわる十代の少年たちを見ながら、木陰でエミールと小声をかわす。

「可能性としては、エミール。おまえもゼロじゃないんだぞ。たとえば、おまえがカースティと結婚したら、だ。ジュリアスが死んだとき、その財産は母のカースティのものになる。おれは死んだことになっているからな。遺産を受けとる権利がない」

「ジュリアスの結婚前じゃ、意味ないじゃないか」

「ところが、おれが皇都に持つ屋敷と、砦から送金し続けた金が、ジュリアスのものになっている。たしかに貴族連中にとっては、はした金だ。が、平民には一生が安泰になる額だ。ジョスの愛人でしかないおまえには、充分、殺人の動機になる」
「怒るよ。隊長」
「もしもの話だ。仮説にめくじら立てるな」

「あんたって、やっぱり、横暴で秘密主義。おれ、今でもあんたが好きなんだけど?」
「冷静な現実主義者と言ってほしいな。おれのことなんか、いいかげん忘れろよ。カースティには、そういう男はいないのか?」
「いるもんか。かわいそうなくらい、あんた一筋さ」

「カースティはおれを愛してたわけじゃない。彼女は家族を欲しがってた。そばにいるのが、おれだっただけだ。子どもの父として手っ取り早かったから、おれを選んだんだろ。おれは容姿と健康には優れていたし」

 エミールはあきれた顔をした。

「本気で、そんなこと思ってんの?」
「さあな」

 退屈な子守のせいで、そんな話までして、帰りぎわ。
 貴族の子息たちはそれぞれの馬車に乗り、手をふって去っていく。

「おまえは第二校じゃなかったのか? 学友は商人のはずだろう?」

 ワレスが声をかけると、あいかわらず、ジュリアスは身構える。別になつかれようと思っているわけではないが、なんとなく腹立たしい。

「対抗戦で仲よくなったって言ったろ。まさか、僕の交友関係にまで文句つけるんじゃないよね?」
「感心してるんだ。将来、貴族社会で生きていく気なら、人脈は広いにこしたことない」

 ジュリアスはまたもや、カッと目を怒らせた。

「僕はそんなつもりで彼らとつきあってるわけじゃない。なんであなたは、そんなふうに汚いことばっかり言うんだ」

 ワレスは思わず、ふきだしてしまった。

「エミール。今のおれの発言は汚かったか?」
「まあ、貴族の親なら、ふつうなんじゃない?」
「そうか。安心した。ほかの親のように、大貴族の息子にゴマすってこいと言ったわけじゃないものな」

 ワレスが皮肉を言ったものだから、ますます、ジュリアスは激昂(げっこう)した。肩をふるわせて、ワレスをにらんでいたが、
「おまえなんて、皇都に帰ってこなければよかったんだ!」
 ワレスに対しては、さほどパンチのきかないすてゼリフを残して、馬車にとびのった。

「正論でかなわなかったらしいな」
「あんたさ。ほんと容赦ないね。あんまり、ジュリアス、いじめるなよ」

 耳打ちして、エミールも馬車に乗る。

 いじめてしまったろうか?
 真実を言ったまでなのだが。

 今日のパーティーは、なんとかいう男爵の息子の誕生祝いだ。しかし、多くの少年たちは客の一人にオベッカを使っていた。親たちも自分より二十も三十も年下の少年に、こびへつらっている。

 主役の男爵の息子がかわいそうな気がしたが、主役じたいが、その客を自分のパーティーに呼べたことを自慢している。

 ワレスは社交界での生ぐさい権力争いには興味がなかったから、遠目に見ていた。それでも、あの少年がとびきり高位の貴族なのだということは、容易に想像がついた。

 ジュリアスは自分の友人たちを揶揄(やゆ)されて怒ったのだ。

(まあ、今のは大人げなかったか。あのぐらいの年のガキは、バカみたいに潔癖なんだって、失念してた)

 そういえば、いわゆる反抗期の年ごろだ。それで、ワレスのやることなすことがシャクにさわってしかたないのだろう。

 そんなことを考えていると、背後で話し声がした。
 館のあるじ夫妻が例の大貴族の息子を見送っている。車よせの前につけられた白い馬車は、ひときわ豪華だ。少年の家の底知れぬ財力が、それだけでも知れる。

 ワレスはなにげなく馬車の家紋を見て、ドキリとした。星を頭上にいただいた天馬だ。

(ペガサス。十二騎士——)

 目の前で数百の花火が炸裂したほどの衝撃を感じた。
 わかった。なぜ、ジュリアスが襲われたのか。
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