五章 1
文字数 1,757文字
あれほど楽しみにしていた船に乗ることなく、先祖の祖国を見ることもなく、ウィルは十五で死んだ。
ウィルを見殺しにしてしまった翌朝。
ワレスは意識を失ったまま目ざめないレリスを宿に残し、一人でユイラにむかう船に乗った。
土台、誰かを道づれにすることじたいが間違いだったのだ。ワレスと道をともにすれば、それだけで相手は命を危険にさらす。
(一人で行くのはさみしかったから……おまえをつれてきたのだな、おれは。すまない。ウィル)
あげくのはてに罪のないウィルを見すて、愛をとった。
おれはいつも同じあやまちをくりかえす。遠い
救えるはずの者たちを、ただひとつの愛へのためらいで殺してしまう。
今のおれには、シリウスを責めることはできない。滅びをもたらす女と知りつつ、グローリアを殺さず、彼を慕う少年を死なせてしまったシリウス。いやになるほど似てるよ、おれたちは。
やはり、魂は一つなのか。昨夜、グローリアが言ったように。表面的な性質は変わっても、根本にあるものは変えられない。
(今度こそ……)
二度と誰にもすがらない。
どれほど孤独でも、一人で生きよう。
このさき一生、ワレスはレリスに会うつもりはなかった。それが、せめてものウィルへのたむけだ。
なのに、なぜ運命はこうなるのだろう。
ワレスの乗った船は洋上で嵐に見舞われた。たどりついた島には、レリスがいた。同じ嵐で、レリスたちの船も難破したのだ。
レリスはあのエスパンでの夜のことをおぼえていなかった。
「ワレス。エスパンの港で、ウィルが死んだ。ウィルはおまえがつれていったんじゃなかったのか? いったい、おまえたちのあいだに何があったんだ?」
残酷にもワレスを責めるレリスに、ワレスは愛しさと同時に憎しみを感じた。
こんな思いは、どこかで経験ずみだ。愛おしいのに憎い。憎いのに愛おしい。
これも、シリウスの思いだろうか?
「おまえには関係ない。レリス」
「関係ないだって? ロゼッタは今度こそ、おまえを殺すぞ」
「港でウィルの墓守をしているんだろう? もう会うことはない」
「良心は痛まないのか? ウィルはずっと、おまえを……」
おまえがそれを言うのか。良心があるから逃げだしたんだろうが、おまえから。これ以上ゴチャゴチャ言って、おれを苦しめるな。
「ジューダはどうしたんだ。姿が見えないが」
「ジューダたちは港に残った。ロゼッタを一人にするわけにもいかなかったし。ついてきたのは、デッドとギニアル。ほかに二、三人」
「ハイドラは?」
「わからない。おまえがいなくなったあと、ハイドラも姿を消してしまった。おまえを追ったのかもしれないと思っていたんだが」
「いや、おれは知らないな」
おかしな話だ。
これまで、ワレスは何度もレリスとケンカして、そのたびに、ついたり離れたりしてきた。
しかし、ハイドラだけは、どんなことがあっても、レリスの味方だった。魔法使いになったのも、レリスを守るため。彼女は自分を間違って女に生まれたと思う女だが、レリスにだけは執心だったのだ。自分から離れていくなんて考えられない。
(そういえば、あいつ、王都から出るとき、一度だけ、おれを襲撃したことがあったな。おれを試したんだと弁解していたが、あれには本気の殺気がこもっていた。思えば、あのころから少しようすがおかしかった)
それでも、ハイドラがレリスを裏切るはずはないと、ワレスはたかをくくっていた。どちらかと言えば、ジャマなワレスを排除するために、何か企んでいるのではないかとすら思う。
「まあいい。あいつはおまえについてきたんだ。そのうち戻ってくるさ。とにかく、レリス。おまえとは縁を切る。さよならだ」
レリスは一瞬、悲しげな目をした。途方に暮れた子どものように泣きそうな目を。
だが、それは一瞬で、すぐに憤激した。
「——わかってたさ! おまえが浮気でいいかげんな男だってことくらい、最初から」
よく言えたな。おれが誠心誠意、真心をつくしても、見むきもしなかったくせに。
走っていくレリスを見送った。
どうせ、仲間のもとへ帰れば、サンダーがなぐさめるのだ。同情する必要はない。
(泣きたいのはこっちだ。これから、おれは一生、おまえなしで生きていくのか)
荒波に降る雪が、ワレスの心象風景に呼応した。