八章 6
文字数 1,854文字
ワレスはジョスリーヌとともに、ラ・スター侯爵家の皇都の屋敷へ行くことになった。
「ワレス。おれは脅迫状に記されていた場所へ行ってみる。案外、おまえをおとなしくさせるために、人質をつれだしてる可能性もあるからな」
「ああ。たのむ」
レリスが言うので、そこで行動を別にした。
ラ・スター家の屋敷。
招待もなく、とつぜんやっきた非常識な客も、ラ・ベル侯爵の権威が、あっけなく邸内へ通してくれた。
ワレスを見て、ライアンは腰をぬかした。
「あ、あなたは、兄上! いや、髪が……これでは父上のような……」
芝居とは思えないおどろきようだ。
「昨日、あなたの息子から、おれのことは聞いたはずでしょう?」
「息子? ユークリッドがどうしたと? 兄……いやいや、兄上にしては若すぎる」
ダメだ。この人は、ほんとに何も知らない。
ワレスはライアンの肩をゆさぶって叫んだ。
「あなたの息子に大至急、会わせてください! 私はイリアスの息子、ワレサレスです」
叔父は呆然として使いものにならない。だが、ワレスの声を聞いて、二階のかげからのぞくユークリッドが逃げていくのが見えた。ワレスは階段をかけあがり、少年を追いかける。
「待て! 君はジュリアスを見殺しにするのか?」
少年はひるんだ。立ち止まり、ゆっくりと、ワレスをふりかえる。
「そうだ。わかっているな? このままでは、ジュリアスは殺される。それがほんとに君の望んだことか? ジュリアスは君を友人だと信じているのに?」
ユークリッドの肩に手をかけると、少年は泣きだした。
「ごめんなさい! 僕、これ以上、父上を悲しませたくなくて。おじいさまと不仲なことで……だから……」
ワレスやジュリアスの存在が祖父に知られれば、いよいよ父たちの仲は疎遠になる。そう思ってしたことなのだ。
「わかっている。君は友達を殺せるような少年じゃない。ジュリアスはどこだ?」
「裏庭の……納屋」
まさに危機一髪だ。
ワレスがかけつけたとき、納屋のなかから悲鳴が聞こえた。戸口に立つ見張りの男をなぐりとばす。押し入ると、オービエンス男爵のふりかぶる剣が、ジュリアスの頭上に迫っていた。ジュリアスは柱に縛られていて、さけようがない。
(まにあわない——)
止まれ。時間よ、止まれ。
一心不乱に念じる。
一瞬、世界が凍りついた。ワレス以外のすべてのものが止まっていた。
(時間……軸? だが、この感じは、おれの力では……)
迷っているヒマはない。
すかさず男爵のかたわらに立ち、剣をはねとばす。虚空に弧を描いて地面に落ちた。
そこへ、ジューダたちが塀を乗りこえて次々やってくる。男爵とその手下は彼らにとり押さえられた。
ワレスはべそをかいているジュリアスの縄をほどき、抱きしめる。
「泣いてもいいんだぞ」
「泣くもんか! 誰が、あなたなんかの胸で」
そう言いつつ、ジュリアスは声をはりあげて泣いた。殺されかけたのだ。怖くなかったわけがない。
「頑固なところまで、おれに似たな」
柱の裏側には、エミールも縛りつけられていた。なぐられたあとはあったが、大きなケガはない。
「隊長。おれのことも抱きしめてよ」
「わかった。わかった。順番だ」
「なぁんだ。やっぱり、ジュリアスのことが可愛いんだ」
「……まあな」
えッという顔で、ジュリアスとエミールがワレスを見つめる。
しかし、のんびりしているヒマはない。さっきの時間軸。あれはワレスが使った力ではなかった。そんなことができるのは、同じシリウスの血を持つ者。それも、魔法使いの訓練を受けてなければ、日常的には使えないはず。
(ジュリアスではなかった。目の前で使われれば感じる。これでも砦で魔法使いと接してきたんだ。つまり、あれは侯爵の力……)
イヤな予感が高まっていた。
「ジュリアス。今すぐ、おまえのひいおじいさんに会いに行こう」
「ひいおじいさん?」
「説明はあとだ。水や食事は船のなかでとりなさい」
そのころには、ライアン叔父やユークリッドもその場に集まっていた。
「叔父上。来てください。あなたは真実を知らなければならない。これは、あなたのためになされた企みなのだから」
「僕も行きます」と、ユークリッドが言った。
「君はしっかりした子だな。父上をはげましてあげてくれ」
ワレスはふたたび、ラ・スターの城へむかった。ジュリアス、ジョスリーヌ、今回はレリスもついてきた。男爵とその手下は縛りあげたままつれていく。
だが、遅かった。
夜ふけに到着したときには、すでに、ラ・スター侯爵は、この世の人ではなかった。