八章 1

文字数 2,897文字



 泣きわめく女たちをなだめすかし、状況を聞きだした。

 それによると、昨日の誕生会のあと、ジュリアスが帰ってこない。今朝になって馬車だけが途中の道すじに乗りすてられているのが見つかった。が、ジュリアス、エミール、それに同行の御者は行方不明のまま。ただし、遺体が発見されたわけではない。

 こう聞いて、ワレスは気をとりなおした。

「そうだ。今さら、ジュリアスを殺したって、やつらには意味がないんだ。ジュリアスはまだ生きている。おそらく、捕まって人質にされているだけだ」

「どういうことよ。それ」
「おれがいるかぎり、ジュリアスを殺しても徒労だということを、やつらは昨日、知ってしまったからだ。あの子の口から、昨夜のうちに、むこうの首謀者にも知れているはず。やつらはきっと、ジュリアスの身柄とひきかえに、何か要求してくる」
「あなたの言うことは、いつだって奇天烈で理解できない」

 ワレスが自分の素性について得た情報を、彼女たちには告げていないので、まあ当然と言える。

「いつも奇天烈は納得できないが、話を聞いてもらおうか。おれのこの目は一子相伝で、ラ・スター侯爵の直系にのみ現れる特徴だ。おそらくだが、ラ・スター家では、この目の持ちぬしを優先的に当主にする決まりがあるのだろう。それで、おれと同じ目のジュリアスが狙われたんだ」

 カースティが放心したのはわかる。あまりにもとうとつで突拍子もない話だ。
 しかし、ジョスリーヌの反応は少し違っていた。短い悲鳴を発し、両手で口元を覆う。

「ジョスリーヌ。心あたりがあるのか?」

 口元を押さえたまま、こくこくとうなずく。彼女が話せるようになるまで、しばらくかかった。

「なぜ、今まで思いださなかったのかしら。子どものころ、ラ・スター侯爵に何度か会ったわ。わたしはうんと小さかったから、お顔はあまりおぼえてないけど、でも、とても不思議な瞳をしていらした。そうよ。あなたと同じ……同じなんだわ」

 やはり、ワレスの考えは正しかった。まちがいない。ワレスはラ・スター侯爵家の直系の子孫だ。

「現侯爵はミラーアイズか。でも、その息子は違うんじゃないか?」
「ええ。次期侯爵のライアンとは、宮中の式典で必ず顔をあわせるもの。よく知ってるわ。あの人があなたの目をしていれば、いかに、わたくしだって、もっと早く両者の関係に気づくわよ」
「あんたを責めてるんじゃない。そのライアン次期侯爵というのに、男の兄弟がいただろう? 若いときに城を出ていった」

 ジョスリーヌは考えつつ語る。

「わたくしも十二騎士の仲間というだけで、とくに親しいわけではないから、家庭の事情までくわしく知っているわけではないけど、そんな話、聞いたことはある。今のラ・スター侯爵は奥さまと結婚する前、身分違いの恋をして、隠し子がいたとか、いないとか。わたくしのおじいさまなら、ラ・スター侯爵と親友だったから、よくご存じだったでしょうけどね」

「いや、充分だ。その隠し子が、おれの親父だよ。親父も、この目だった」

 一族の一世代に一人しか現れない目が、よりによって身分の低い女が生んだ隠し子に出てしまった。それで、正妻の息子とのあいだに確執ができてしまったのだろう。

「今の話を聞くと、怪しいのは次期侯爵だな」

 ジョスリーヌは首をかしげる。

「そうかしら。ライアンは子羊みたいにおとなしくて、パッとしない人よ。子どものころなんて、十も年下のわたくしに泣かされていたくらいですもの」

 いや、それはあんたがワガママすぎたんだと、ワレスはひそかに思う。

「今だって、おだやかに笑ってるのだけが取り柄ね。趣味が薔薇作り! わたくしの死んだ旦那さまと園芸の話で盛りあがってね。男としての魅力はゼロよ」

 ひどいけなされようだが、たしかに跡目相続に野望を燃やす男のイメージではない。

「ほかに兄弟はいないか?」
「いいえ。ライアンは侯爵と正妻のリモンダ夫人とのあいだの一粒種よ。ライアンの妻がアリーヌ。息子のユークリッドはジュリアスの友人だわ」

 昨日のあの少年か。

「ユークリッドと仲よくなったのは、剣の対抗試合らしいな。いつだ?」
「今年の春だったわね。あら、そういえば、あのあとからだわ。ジュリアスが危険なめにあうようになったのは」

「ユークリッドの口から、ジュリアスの存在が、ラ・スター家に知れたからだな。まだ黒幕が誰なのかわからないが、悠長にしてられない。おれが現侯爵に会ってしまえばすむことだ。侯爵がおれをラ・スター家の後継と認めてくれれば、ジュリアスを殺す意味がなくなる。そうだろう?」

「……本気なの?」
「ああ。ジョスリーヌ。十二騎士のあんたなら、ラ・スター侯爵に面会できないか?」
「それはできるわよ。でも、侯爵は高齢で、ずいぶん前から領内の城にこもっているの。近ごろは病気がちだというウワサよ」

「じゃあ、なおさら急がなければ。儀礼的でもいい。あんたが侯爵の見舞いに行くのは不自然じゃないだろう?」
「それは、まあ。むこうは何事だろうと思うでしょうけど」

「あっちの黒幕だって、おれが乗りこんでくるとは思っていないはずだ。とにかく急いでくれ。機先を制する」
「わかったわ。すぐに正装してきます」

「それと、この屋敷にも脅迫状が届けられるはずだ。むこうにしてみれば、継承権一位のおれを始末するのが何より先決だからな。ここを守るために腕の立つ友人をつれてくる。おれが留守のときに何かあれば、彼の指示に従うよう、家族や召使いには命じてくれ」

 ジョスリーヌはさっそく家令を呼んで、指示を出しながら奥へさがっていく。

 ワレスがレリスに連絡をつけるため立ち去ろうとすると、カースティが呼びとめた。

「待って。ワレス。ほんとに、ジュリアスを助けてくれるの? 助けるふりして、あなたは自分の仲間に、ジュリアスを……」

 さすがにカースティは、ワレスの闇の部分を理解している。親のない苦労をしてきた二人だからこそ、身をよそあっていたのだ。たがいの暗い時代のことも知っている。

 ワレスは不安にふるえている彼女が哀れになった。一時は実の妹のように愛していた。かんたんに当時の愛情が消えるものではない。そっと、その肩を抱きよせる。

「カースティ。おまえのやりくちには少し腹を立てたが、そんなことで、おまえを嫌いにはならない。おれにとって、おまえは死んだレディスタニアの生まれ変わりだ。おまえの息子なら、おれにとっても大切な人。必ず守ってやる」
「ワレス……」
「あのころみたいに、兄さんと呼んでくれ」

 カースティは目をふせた。それから、微笑む。彼女はムリをしている。
 ワレスはカースティを幼くして亡くなった妹の代わりに愛した。しかし、カースティはそうではないことを知っていた。

 カースティもワレスの気持ちを理解していたから、よりそうために妹を演じていた。彼女がワレスに無断で子どもを生んだのは、ワレスの代わりとなる形代が欲しかったから。

 でも、これでいい。カースティはワレスを忘れ、新しい恋を探すべきだ。彼女が自由になるための、これは儀式だ。

「兄さん。お願い。ジュリアスを助けて」
「ああ。約束する」
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