七章 5

文字数 1,507文字



(そうだ。なぜ、気がつかなかった。おれは、シリウスの生まれ変わり。シリウスは……なんと呼ばれていた? 十二騎士だ。十二騎士の一、星の名を持つラ・スター侯爵——死ぬ前には、そう呼ばれていたじゃないか)

 ホーリーベルガモットが仲間内で呼ばれていた愛称から、ラ・ベルの姓を受けたように、シリウスはラ・スター侯爵を名乗るようになった。
 それなら、シリウスの転生であるワレスが、ラ・スター家にかかわりないわけがない。

(名門ラ・ベル家のばくだいな財産。ラ・スターもそれに匹敵する財産を有している。狙うに充分すぎるじゃないか。もし、ラ・スター侯爵家の人間が、ジュリアスを見れば、どう思う? 一族の特徴を顕著(けんちょ)に表すミラーアイズを持つ少年。始末するべきと考えるだろう)

 今になって思えば、ワレスの父は、いつも何かから追われているかのようだった。ひんぱんに引越しをくりかえし、せっかく仕事がうまくいきかけても、ある日とつぜん、また別の街へ移り住む。

 父には追われるおぼえがあったのだ。
 つまり、父は自分の生まれが、ラ・スター家に関係していることを承知していた。

(おれが、ラ・スター……ユイラでもならぶものなき十二騎士の……)

 ワレスが受けたショックは深かった。
 これまでの自分の人生が、すべて重大な誤謬(ごびゅう)の上に成り立っていたことを知ってしまったのだ。

(おれは……味わう必要のない苦痛を味わい、受ける必要のない屈辱にさらされ続けてきたのか。これまで、ずっと……)

 じゃあ、いったい、なんのための苦痛だったんだ?
 おれはなんのために、あんなに必死に生きてきたんだ。汚辱にまみれて、この手を何度も血で汚し、苦しみ、悶えて……。

 ワレスのなめてきた辛酸(しんさん)は、本来、受けるべきではないものだった。もし、正しい環境に生まれていれば、ワレスはなんの苦労も知らず、ジュリアスのように清廉潔白な少年に育ち、嫉妬からルーシサスを殺すこともなかった。

 悔しさに歯ぎしりして、つっ立つ。

 そのうち、待ちくたびれたのか、ジュリアスの馬車は出てしまった。そうでなければ、あのラ・スター家の馬車が出られないからだ。
 ラ・スター家の少年が馬車に乗りこもうとしたので、ワレスは足早に近づいた。

「わたくし、ジュリアスの父にございます。ラ・スター家のご子息に遅ればせながら、ぜひあいさついたしたく存じます」

 ワレスが声をかけると、少年はおどろいて、ふりかえった。明らかに、ジュリアスの父という言葉に反応した。この少年は知っている。ジュリアスのミラーアイズが彼自身の生家につらなるものであることを。

 少年が馬車のふみ台をふんだまま息をのんでいる。
 ワレスはその前にひざまずいた。わざと顔をふせる。

「ラ・スター侯爵のご子息ですね?」
「……いいえ。父はまだ侯爵ではありません。祖父が存命ですから」

 なるほど。それでだいぶ見えてきた。高齢の現侯爵。跡目を継ぎたい息子。そこに現れた、ミラーアイズを持つ謎の少年というわけだ。

「これは失礼しました。長らく国境の砦におりましたので、世間話に

のです。ご容赦ください」

 少年は何やら落ちつかない。ふみ台をおりてくると、しきりとワレスの前でソワソワする。ワレスの顔をのぞきこみたいそぶりだ。ワレスが低頭すると、追うように腰をかがめる。

「いかがなされましたか?」
「いえ。なんでも……」

 たずねると、あわてて背筋を伸ばす。

 わかっている。少年はワレスの目を見たいのだ。
 代々、シリウスの複製品のように酷似したおもてに、きらめく星の双眸を。ペガサスの血のなかにしか生まれないミラーアイズを。
 ジュリアスの父もそれを持っているのか、気になっている。
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