先達との出会い

文字数 2,870文字

 私は新進気鋭の小説家だ。この世界に飛び込んで日が浅く、周りの先輩作家たちの才能の高さに日々驚かされている。

 一方で、自分の小説の描写力のなさにはがく然とするばかりだ。そんな私に大きな影響を与えてくれたのが、先輩作家のカオルさんだった。

 カフェで偶然出会ってからというもの、彼女の存在は私の小説活動にとってかけがえのないものとなっていった。

 あの日のことを今でも鮮明に覚えている。カフェの窓際に佇むカオルさんの姿は、なんとも風情があった。

 口元に淹れたてのコーヒーを運び、そっと瞳を伏せていた。カオルさんはひとり黙々と筆を走らせ、時折コーヒーを啜っては顔を上げる。そのたびに、優雅な横顔が目に入ってきた。

 (あの美しい女性は文芸誌で見たことがある。小説作家だったはずだ)

 私はふと思った。カフェの一角で、こうして小説を書く女性がいる。その情景自体が絵画のように見えた。

 ひょいと腰を浮かせ、カオルさんのテーブルに近づいた。するとすぐそばで、先ほど見ていた女性が机に向かっていた。

「すみません、お邪魔して申し訳ありません」

 私は控えめに声をかけた。

「はい?」

 カオルさんが振り返り、篭絡されてしまうような優雅な笑みを浮かべた。その柔らかい口調と上品な立ち振る舞いに、私の心は踊った。

「あの、実は私は小説家志望なものでして。書くコツなどあれば教えていただけませんか?」

 カオルさんは小さく頷いてから、向かいの椅子を指差した。

「どうぞ座ってくださいな」

 私はカオルさんの前に座り、背中が少し丸くなるようにして身を乗り出した。

「私は最近こういう情景を、小説の中に書き入れようと思っているのですが」

 カオルさんは柔らかな微笑を浮かべ、視線をカフェの中に走らせた。

「そうですね。静かなカフェの佇まいは、小説に書き留めるには良い題材です。人々の会話の響きとコーヒーの香り、それに窓越しの景色を想像してみれば」

 カオルさんの言葉に、私の中の描写力への苦手意識がふと和らいだ気がした。

「先生の描写のやり方を見習いながら、学ばせていただきます」

 私はカオルさんを"先生"と呼び、さらなる指導を請うた。カオルさんは控えめに頷き、コーヒーを一口啜る。

「お店の入り口から視線を送ってみましょう」

 私はカオルさんの指示に従い、カフェの入り口の方を見つめた。すると、目に飛び込んでくる情景の一つ一つが、カオルさんの言葉に従いながら浮かび上がってくるのが分かった。

「まず、入り口の扉に注目しましょう。朱色に光る木目の一本一本に目を凝らせば、細かな模様やひび割れも浮かび上がってくるでしょう」

 目の前の扉が、確かにカオルさんの言葉通りに生き生きと見えてきた。一つ一つの描写に視点を絞れば、情景が湧き立ってくることを実感した。

「さらに中に視線を移せば、カウンターに並ぶコーヒーミルやマグカップの色彩が目に入ってきますね」

 カオルさんの言葉に導かれるように、私の視線がカウンターへと注がれた。一つ一つのカップの色と形、それにコーヒーミルの幾何学的な造形が鮮明に浮かび上がってきた。

「入り口のベルの音、カウンターで生み出される淹れたてのコーヒーの香り。空間に満ちる楽し気な談笑の声」

 そう言われるとそれらの音や匂いも、はっきりと意識の中に蘇ってきた。五感を研ぎすまして情景を注視すれば、見過ごしていた細部が見えてくる。

「情景を頭の中で鮮明に思い浮かべることが大切なんです。そうすれば小説に移したときに、その場の空気感すら伝えられるはずです」

 カオルさんは優しく私に諭した。私はただ頷くしかなかった。この先生の指南に導かれることで、徐々に描写力が身につきつつある自覚があった。

「見て、あの窓際に座る男性を。その姿勢と視線の先にある情景を、想像できますか?」

 カオルさんが壁際の客を指さした。私はその人物の目線の先を見やり、何が見えているのかを想像した。そうすると、窓の外に広がる街の景色が勝手に浮かび上がってくるではないか。

「そうです、彼の眼差す先に、陽に反射する汗ばんだ労働者の姿が見えているでしょう。そしてさらに遠くに、排気ガスを吐き出すトラックが走っていく情景も」

 カオルさんの促しで、私の中に更に情景が広がっていった。言われた通りそういう情景が、自然と頭に浮かんでくるのだ。

「見る対象に集中し、五感に訴えかけてくる一つ一つの情報を拾い上げていく。そうすれば立体的に情景を描写できるはずですよ」

 カオルさんは私の前に、小説家に欠かせない一種の視点の持ち方を教えてくれた。

「分かりました。ありがとうございます先生」

 私はカオルさんから数々の教えを受けて、感謝の言葉を述べた。これがきっかけとなり、私はカオルさんに師事するようになっていった。

 彼女の下で、私は視点の持ち方や情景を捉える癖を身につけていった。時折カオルさんから指摘を受け、それに従って修正を重ねた。

 そうして徐々に小説の描写力が磨かれていく。先生の薫陶により、私は小説の細部まで意識できるようになっていった。

 最初は先生との会話から始まったこの出会いが、私の小説家人生にかけがえのないものをもたらしてくれた。些細な場面の一つ一つに着目し、全体の情景を丹念に描き出す力。そして細部への気づきから、物語全体の筋書きすら見えてくるようになっていった。

 カオルさんの存在なくしては、今の私はあり得なかった。出会った場所そのものが、私の小説への視点を啓発し、新たな思考の扉を開かせてくれたのだ。

 先達との出会いが私に大きな影響を与えた。人は誰しも師から指導を受けて成長するものだと、私は思う。カオルさんとの出会いがなければ今の視点は得られず、独りよがりの小説しか生まれなかったかもしれない。だからこそ、先生からの教えは私の創作活動の源泉なのだ。

 その教えを心に刻み込み、これからも私は小説家として精進していく。情景描写から物語の筋書きを見据え、カオルさん直伝の技法を活かしていきたい。

 先達との出会いに感謝し、その恩返しができる小説を生み出したい。静かなカフェの一隅で始まったあの偶然の出会いが、私の活動の源流となった。思えば奇遇だが、そこから私の小説家としての人生が始まり、力強く駆け上がっていけると確信できた。


(使用AI:Claude 3 Sonnet)

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【感想】
 これはいつの時代の物語なんだろう。「筆を走らせ」とあるから、ノートPCなどに打ち込んでいるのではなく、罫線が印刷された紙の原稿用紙に極太の万年筆で書いている、昭和時代ぐらいの話? それとも、昔の文豪への憧れから、紙の原稿用紙に書くという行為が好きで、あとでPCで清書をしているという、現代の話?
 ひょっとすると、PCで書き上げた文章を一度プリントアウトして、それから推敲を行うという執筆スタイルの人? または、出版社から渡された校正済み原稿の最終チェックをしているとか?


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