妖精探偵の事件簿

文字数 2,569文字

 私は都会の片隅で、女だてらに事件に首を突っ込む、いわゆる私立探偵だ。しかし私には、"特別な能力"がある。妖精の姿で、大人では気づきにくい物事を見ることができるのだ。

 この不思議な力のおかげで、今までさまざまな事件を解決してきた。探偵稼業35年、ここまで辿り着けたのは、妖精の目線から見た独自の視点があったおかげだろう。

 ある日のこと、一人のクライアントから依頼を受けた。老人ホームで起きた怪奇現象についてだ。
「なんと、うちの老人ホームで幽霊が出るようになったそうです!」

 施設長からの電話では、目撃者の多くは介護施設「ゆりかご苑」の利用者だった。事件の概要を筆記しながら、私は探偵魂を燃やした。

「分かりました。すぐに老人ホームに向かいます」

 ゆりかご苑に到着すると、施設長の山野さんが出迎えてくれた。第一印象は威厳に満ちた雰囲気で、大人の女性らしい落ち着きがあった。

「おいでいただきありがとうございます、探偵さん。実はここ2週間ほど、夜な夜な恐ろしい出来事が起きているんです」

 山野さんに案内されて苑内に入った。食堂では高齢の利用者が、スタッフの介助を受けながらおしゃべりを楽しんでいた。一見すると平和な日常風景に見えた。

「目撃現場はこちらです」

 山野さんが私を通路の奥へと導く。壁にはたくさんの利用者の作品が飾られていた。温かみのある手作りの作品に、利用者の思いが込められている。

「ここの個室は、最近入所されたばかりの高齢男性のお部屋なんです。事件は毎晩、このお部屋で起こっているみたいなんです」

 目の前にあった木製のドアは、重厚な作りで洋風の装飾があしらわれていた。山野さんが入室の合図をくれた。中に入ると、スッキリとした個室空間が広がっていた。

「ここに住んでいる利用者の方から、"幽霊が出る"と訴えがあるんです。夜な夜な、ベッドの周りをひとり歩きする人影が見えると...」

 山野さんが詳細を説明する。男性の利用者は老年で精神が衰え始めているらしい。だが他の利用者からも同様の目撃証言があるそうだ。

「入居者の方々は比較的ご健康です。若年性認知症の方もいらっしゃいますが、一人ひとりの症状に応じたきめ細やかな生活サポートを行っております」

 その後山野さんに宿直室に案内された。そこで静かにお茶を啜りながら、探偵としての考察に入った。

 数々の目撃証言を総合すると、確かに何者かが夜な夜な這い出てくるらしい。難しい事件だが、私には他の人には見えない世界を垣間見る力がある。

「山野さん、ここで一夜を過ごさせてもらえますか?」
「え、まさか探偵さんが!?しかし、もし何かあって怪我でもされたら...」
「心配ありません、私には特別な力があるんです」

 そう伝えると、山野さんは眉を顰めた。だが私に力があると知ると、私の申し出を快く了承してくれた。

 夜の10時を迎えると、人気のない施設内が閑散とした雰囲気に包まれた。私は山野さんに案内されて個室に入り、部屋の隅で気配を伺った。

「さて、いったい何が現れるのだろう」

 ほどなくしてから、ひんやりとした空気が個室に充満してきた。低温の気流が、ゆっくりと寝室の奥から這い出してきた。そして徐々にその正体が見えてくる。

 まるで扉から抜け出したように、小さな人型の存在が寝室の中心へと進んでいった。それは小さな翼を広げ、くるくると舞い踊る妖精の姿だった。

「ふふっ、やはり幽霊ではない。ただの無邪気な妖精さんだったのね」

 私は人間の姿から、そっと小さな妖精の姿へと変化した。すると視界が一変し、妖精界の光景が目に映る。

 部屋の隅から、小柄な妖精さんたちが舞い上がっている。皆、踊りながら小さな歌を歌っていた。

「かわいい妖精さんたち、ここで何をしているの?」
 私は小さな妖精の姿で近付いて話しかけてみる。すると、一人の妖精さんが小さな手を振りながら寄ってきた。

「ここは私たちの "おさんぽ場" なのよ。ゆりかごみたいでいい匂いがするの」
「そういえば、確かにここはゆりかご苑というお庭があるわね」

 私は幽霊の正体を掴んで納得した。老人ホームはお年寄りの生活の場で、同時に妖精さんたちの遊び場ともなっていたらしい。

 世間では老人ホームで幽霊が出たと噂されているのだが、本当は無邪気な妖精さんたちが遊びに来ているだけだったのだ。

「ところでおばさん妖精さん、私たちは大人の目には見えないらしいの。だからここで思い切り楽しんでいたのよ」
「なるほど、だから不思議な人影を見るのね」しかし、元気な子たちだわ。

 妖精さんたちは小さな体を舞わせ、派手な踊りを披露してくれた。探偵として、私はひとつ気づきを得た。

 この老人ホームでは高齢者の生活と、妖精さんたちの遊びとが偶然にもリンクしていたのだ。利用者に見えているのは、単に妖精さんの姿だけなのである。

 翌日、私は山野さんに事件の真相を説明した。老人ホームでは幽霊が出たのではなく、ただの子ども妖精さんたちが夜な夜な遊びに来ているだけだという。

「本当に!?それで入居者の方から幽霊目撃証言があったのですね」
「そうです。年を重ねた目には、あの無邪気な小さな存在が"幽霊のような人影"に見えていたのでしょう」

 山野さんも納得の様子だった。私は大人になると、そのような妖精の存在に気付くのは難しいと説明する。

「ただの無害な妖精さんの遊びでした。怖がらせてしまって申し訳ありません」
「いえいえ、こちらこそ探偵さんのおかげで事態が判明して安心しました」

 老人ホームの怪奇現象は、この妖精さんたちの遊びにまつわる出来事だったのだ。大人には見えない存在だが、年を重ねた方の目には垣間見えていたのだろう。

 大人には見えない世界があり、子供や高齢者にしかその世界は映らないのかもしれない。年月を経てふたたび子供のように澄んだ心を手に入れると、本当の姿が見えてくるのだろうか。

 不思議な事件だったが、この経験から私は新たな気づきを得た。それは大人になると見えなくなる、何かがあるということ。見えなくなっても一度は見えていた世界の在り方を、思い出す作業が求められるのかもしれない。


(使用AI:Claude 3 Sonnet)


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