ふたりの桜

文字数 1,880文字

 春の薫風が、小さな町に優しく吹き抜けていた。道路際には桜の木々が軒を連ね、淡い色の花びらが一面に舞い踊っている。そんな春の小径を、少年が一人歩いていた。

 ゆったりと落ち着いた足取りで、少年は桜吹雪を楽しんでいるようだった。顔を上げれば、小さな口を緩め、花びらを受け止めている。まるで舞い落ちた花を、拗ねた赤子が母の優しい微笑みを浴びるがごとくだ。

「こんにちはー」
 小さな声が耳に届いた。視線の先に、もうひとりの少年が立っていた。黒い大きめの瞳と、ちょこんと小さい鼻が特徴的な顔だった。

「君も桜が舞ってるの、見てたの? すごくきれいだよね」

 ちらりと視線を合わせると、少年はすかさず花びらを受け止める仕草をした。そのたおやかな所作には清らかさすらあった。

「春になれば、いつもこの通りを通るんだ。花びらの香りを楽しみながらね」
 静かな語り口から、少年の口元にかすかな笑みがこぼれた。
「ここで毎年お花見ができるから、とてもうれしいよ」

 ――はじめはそんな出会いだった。時が経てば小径での親しげな会話は、ふたつの命を強く結びつけていった。

 ここから毎年続く、特別な桜の思い出が始まったのだ。

 小さな少年たちは、いつしか少年を通り越して、若者の風貌を備えた。ゆったりと隣り合いながら歩く二人の情景は、まるで春の使者のようだった。

 二人の名は、優介と翔太。互いに素っ気ない顔をしている。だが内に秘めた思いは、ただならぬ深みがある。

「おい翔太、今年も言うぜ」
 優介が静かに切り出した。話の内容はもはや、長年の二人の慣わしとなっていた。

「毎年この場所に来ると、心が洗われるっていうか。落ち着くんだよな」
 翔太が続ける。二人の視線は花々の眩しさに釘付けだった。

「そうだな。この季節は心に響く何かがあるよ」
 優介が見上げると、花弁の一片が肩に舞い落ちた。二人は颯爽と、周りを払う仕種で柔らかな舞い上がりを楽しむ。

 毎年この場所で出会うたびに、なつかしさと懐かしさが二人を支配する。光と影が写す光景が、あまりに美しくもあった。

「時間はあれよあれよという間に過ぎていったが、今だにこの場所の思い出は色褪せない」
 翔太が付け加えた。いつの間にか二人は、背丈を伸ばした青年となっていた。

「そうだな。みんなの"桜の思い出"も、きっと忘れられない」
 優介はうなずいた。単なる散歩道でしかなかった場所が、いつの間にか二人の特別な場所になっていた。

 季節はめぐり、春を待つ冬が過ぎた。ふたりの青年は相棒と呼び合う仲になっていた。メインストリートに桜の木を通り抜けると、そこはもはや別世界だった。花の香しい時空のなかで、二人は互いの息遣いを聞き分ける。

 桜のトンネルが視界を優雅に満たし、時に桜吹雪がひらめく。もう何年目になるのだろうか。二人はいつしかこの場所を、特別視するようになっていた。それほど深い思い入れがあったのだ。

 二人の心は、いつしか一心同体となっていった。おのおのの思いが重なり合い、桜がもたらす春の喜びを存分に味わった。毎年この場所に立つと、いつかは死に別れねばならぬ現実を忘れさせてくれるのだ。

 来る季節が過ぎ去ると、ふたりはこの瞬間に別れを告げる。だが次の春が来れば、また二人はここで出会うことになる。そして花吹雪の中で、互いを見つめ合うことだろう。


 時が過ぎ、二人は晩年の男となった。しかし健在なときも、老いの時も、この場所の特別な思い出は色あせることがなかった。

「おい翔太、今年もこの場所だ。覚えてるか?」
 優介が薄く笑みを浮かべた。ボサボサに白くなった髪は、昔からの友と呼び合えることに安堵した様子だった。

「ああ、覚えているとも。気がつけば何十年とここに通っているよ」
 翔太の到着を待って、二人はいつものように花の小径を歩いていく。

「この場所は、俺たちの "特等席"だったんだ」
 言葉に込めた想いこそ、少し年を経た様子がある。だが小径の情景、桜の薫り、ふたつの心の響きは若さそのものだった。

 春の野辺送りを待ち受ける老人、それでも心は常に若く。互いの手を取り合って花を愛でれば、たちまち若き日の想いが蘇る。

 かつて青春時代に交わした無数の約束が、いまここに宿る。友に寄り添う度、懐かしさと共にぬくもりが伝わってくる。

 季節は確実に移り変わっていく。しかし、この場所での思い出だけは、変わることがないだろう。ふたりの青春は、ここに残されている。そしてまた、花と散る春を待ち受けるだろう。


(使用AI:Claude 3 Sonnet)


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