第51話 激突、ダーティワーク VS ソウルハンター

文字数 2,670文字

「さっきも言ったがお前は後だ」

 そう言い捨て、ローゼンバーグがドリスたちに向き直る。

 アイシャは直感的に最後の一枚が自分以外の誰かだと判った。

 それはドリスかもしれない。

 ヨウジかもしれない。

 ポピンズ夫人かもしれない。

 でも……。

 そんなことさせない!

 身体の内から力が沸いてきた。

 どくんどくんと心音を激しくさせて闘志が漲ってくる。全身の痛みが弱まり力が蘇った。

 両手を覆う黒い光のグローブが脈打ちその甲に宝石を浮かび上がらせる。漆黒の光を放つ一対の宝石だ。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 気合いを入れ、アイシャは立ち上がる。動かなかった身体が嘘のように動いた。

 彼女は一歩冷蔵庫から離れファイティングポーズをとる。戦意はまだ失われていなかった。

 ローゼンバーグが眉をぴくりとさせる。

「……困った娘だな」

 ソウルハンターが右手を銀色に輝かせる。光は一枚のカードを生み、ローゼンバーグがそれを手にした。掲げるようにカードを持った手を突き上げる。

「麻痺の精霊ッ!」

 カードから雷撃が放たれる。

 それはアイシャを貫いた。微弱だが彼女の手足の自由を奪うには十分な威力だった。

 その場にアイシャは倒れ、痺れに身をもがく。

 ふっ、とローゼンバーグが笑んだ。

「他愛もないな、まあいい」
「……」

 アイシャは言い返そうとしたが声が出ない。彼女はローゼンバーグを睨んだ。視線で殺せるものならそうしたいくらいだった。

 彼女を見返してから少しだけローゼンバーグが首を傾げる。彼はため息をつくと静かに言った。

「やはりこの力は負担が大きいか。連発できるものではないな……アイシャ、お前はそこで良い子にしていろ」

 カードをソウルハンターに戻す。

 ソウルハンターの手の中でカードが溶け込むように消えた。身動きのとれなくなったアイシャを大股で跨ぎローゼンバーグがドリスたちに近づこうとする。

 何もできない自分にアイシャは苛立った。これでは復讐を果たすどころか一矢報いることすらできない。

 こんなものか、と情けなくなる。

 あたしはこんなものか。

 ダーティワークの力はこんなものか。

 不甲斐なさに腹が立った。

 自分にむけられた感情すらも「それ」は糧とした。怒りは「それ」を喜ばせ、憤怒は新しい力を呼んだ。

 煌めくように黒い宝石が発効し、その光がアイシャの身体を包む。

 彼女の内側から嘘のように痺れが消えていった。

「それ」が彼女の中で声を大にして叫ぶ。

 怒れ!

 怒れ!

 怒れ!

 熱を帯びて駆け巡る力はどす黒く、着ている修道服や胸のロザリオには似つかわしくない邪悪なものだった。

 だが、アイシャには必要な力だ。彼女は神を信じていない。かつて信じようとしたものは大切な人を守ってくれなかった。

 彼女は失い続けた。失いすぎた。

 アイシャは思った。

 あたしは神を信じていない。

 神なんかに頼らない。

 あたしは。

 あたしは……!

「ダーティ、ワーク」

 でなかった声が出た。

 怒りの精霊が彼女を解き放った。

 心臓の鼓動が、筋肉の伸縮が、、呼吸のリズムがこれまでにないくらいはっきりと自覚できた。覚醒したものが何かアイシャは理解していた。初めてダーティワークを発現したときよりも強い興奮と快感が彼女を支配していた。

 異変を察したのかローゼンバーグが振り返る。

 すっくと立ち上がったアイシャはその顔面目掛けて殴りつけた。

「ウダァッ!」

 咄嗟に手で庇おうとするソウルハンターより早く拳がローゼンバーグの右頬を捉える。アイシャはそのまま殴り抜けた。ふっ飛ばされたローゼンバーグが壁に叩きつけられる。

「ぐはっ!」
「あんたは、絶対にぶちのめす」

 決意を込めてアイシャは宣言する。自分の身体から黒いオーラが漂っていることに彼女は気づいていた。闇よりも深い漆黒の黒だ。聖なるものではなく邪なもの。

 しかし、そんなことはどうでもいい。目の前の仇敵をぶっ潰せるのなら些細なことだ。

「この私が殴られるだと?」

 酷く驚いた口調でローゼンバーグがつぶやく。彼はゆっくりと身を起こすと切れ長の目を鋭くさせた。

 傍にいるソウルハンターが身構える。アイシャへ向けられたその眼差しは敵意そのものだ。

 キツネのマジシャンの口がわずかに歪んだ。

「この状況で成長したということか」

 自らの精霊と立ち並ぶとローゼンバーグは告げる。

「アイシャ、なぜ十二年前私がお前を生かしておいたのかわかるか?」
「うるさい」
「それはお前がシンイチロウではなく私の娘だからだ。子連れのシンイチロウがミーシャと再婚したときすでに彼女のお腹には私の子が宿っていたのだよ。それがお前だ」
「うるさい」
「お前は私とミーシャの間に出来た子供なのだ。だから衣装ケースの中に隠れていたお前を見逃した。わかるか? お前が今ここにいるのは私のおかげなのだよ」
「うるさい! うるさい! うるさい!」

 アイシャは怒鳴り散らし、ローゼンバーグに突っ込んだ。

「あんたが父親だなんて認めないッ!」

 突き放った拳が黒い光の線を描く。ソウルハンターがそれを受け止めぐらりと体勢を崩した。目を見張るローゼンバーグにアイシャはさらに距離を詰める。

「ウダァッ!」

 この拳撃をソウルハンターが身を挺して防ぐ。キツネの顔が苦悶に歪んだ。

 好機。

 アイシャは拳をぎゅっと握り直し、ラッシュを打ち込んだ。

「ウダダダダダダダダダダダダダダダダッ!」

 全身を滅多打ちされたソウルハンターがローゼンバーグを巻き込んで後ろに倒れる。再び壁に激突したローゼンバーグが低く呻いた。

 アイシャは拳を構えたまま転がるローゼンバーグを見下ろす。勝てる、と心のどこかで確信する自分がいた。

 キラリ。

 ソウルハンターが片手を隠していた。その手が銀色の光を放っている。

 何?

 そう思ったときカードはローゼンバーグの手に移っていた。

 ヤバい、と判じたときにはもう遅くローゼンバーグがカードの力を発動させた。

 させるかっ!

「ウダァッ!」

 アイシャが殴るもその拳はローゼンバーグをすり抜けてしまう。

 あっ、と声が漏れた。これが何を意味しているか彼女にはもうわかっていた。

「この能力はミセスの」
「そうだ、透明の精霊の力だ」

 透化したローゼンバーグとソウルハンターが姿を消した。アイシャは周囲を警戒するがどこにいるのかわからぬ敵を探すのはかなり困難だ。

「さて、良い子はおねんねの時間だな」

 声がした瞬間アイシャは首筋に一撃を加えられた。急に視界が真っ暗になり意識が薄れていく。

 悔やむ暇すら与えられず、アイシャはそのまま気を失った。
 
 
 
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