第19話 間話・月の魔女は妖しく微笑む
文字数 1,551文字
「ケラが負けたわね」
星神島の港を臨む高台にある建物で赤髪の女は開いた窓から外を眺めていた。
びゅうと吹きつけてくる海風が右肩に垂らした三つ編みの髪を揺らす。胸元まである髪につけた黒いリボンの中央には乳白色の宝石がはまっていた。
何かを訴えるかのように宝石がきらりと光る。
窓の外は夜。
暗青の空似象牙色の月がぽっかりと浮かんでいる。
夜の港町はいくつかの明かりを除けばまだ暗く、港にも眠りが広がっていた。
このあたりの海域は夜間の漁を禁じられている。それは施設や学園から契約者(リンカー)が脱走したときのための用心としての規則であったが、表向きは海流の変化が著しく激しくなるためとされていた。
彼女は港のさらに向こう、この島へと進む政府の連絡船を「視て」いる。
一六二センチの痩身に羽織っているローブの色は黒。その下には白いブラウスと淡い緑のスカートを身につけていた。
黒いローブを着ているということは彼女が「魔女」として活動していることを示している。彼女だけでなく彼女の母も、その母である祖母も「魔女」だった。
彼女は魔女の家計の最後の一人である。代を継ぐときに彼女たちは同じ精霊を受け継いでいた。
万物に精霊は宿る。
たとえそれが月だったとしても。
部屋のソファーに男が座っていた。
背中まである長い銀髪を首の後ろのあたりで一束にした男だ。切れ長の目が彼女を見つめていた。
不躾な視線ではあったが彼女は気づかないふりをした。
彼女の手には一枚のカード。
遠見の精霊のカード。名前の通り遠くの場所を見ることのできる精霊である。
銀髪の男は自らの能力によりカードにした力を行使することができた。貸与することにより、適性がある場合に限られるが他の者に使わせることも可能だ。
「ソウルハンター」
彼女は男に告げた。
「あの娘、あなたがケラを送り込んだと思っているみたいよ」
「そうか」
ソウルハンターと呼ばれた男は表情を変えずに応じる。
男の前にある古めかしいローテーブルには二人分の紅茶とスコーンの盛られた皿が用意されていた。食器はいずれも白くシンプルなデザインではあるが安物ではない。スコーンは彼女の手作りだ。客人を市販品でもてなすような真似を彼女はしない。
それがどんな客であっても、だ。
「どうするつもり? あなた、あの娘に狙われるわよ」
「さて、どうしたものかな」
彼女は振り向いた。役目を終えたカードをひょいと投げる。まっすぐにカードは空を切り、男の傍まで来ると空中で静止した。
影のようなものが男から現れカードを掴んだ。きらきらと銀色に輝いてカードは影の手の中で溶けていく。カードは魔女から男の元に返された。再び男の手札は五十枚となる。
彼女はクスリと笑った。
それはどこか妖しく人を惹きつける魅力のある笑いだった。まだ十代の少女の姿を保っていたが中身は齢を重ねている。彼女の契約した……代々引き継がれてきた精霊の副次的な力により常人とは異なる年のとりかたをしていた。
「あなたが放っておいたとしても、アクセルが放っておかないでしょうね」
彼女の想像の中でリーゼントの髪型の男が中指を突き立てて挑発していた。その背後にはたくさんの薔薇の花が咲いている。
「あの娘には悪いけど、彼とやりあったら勝ち目はないわ」
「何事も相性はあるからな」
ふふっと彼女は笑い、それから急に何かを思いついたようにぽんと手を叩いた。
乞うような目でたずねる。
「ねえ、あなたさえ良ければ私にあの娘を任せてくれない?」
「構わないが。それでもアクセルは勝手に動くと思うぞ」
「そのときはそのとき。全ては精霊の導きのままに……ってところかしら」
「ふむ」
ソウルハンターは眉を上げ、興味深げに言った。
「これで敗れるならそれまで……か」
星神島の港を臨む高台にある建物で赤髪の女は開いた窓から外を眺めていた。
びゅうと吹きつけてくる海風が右肩に垂らした三つ編みの髪を揺らす。胸元まである髪につけた黒いリボンの中央には乳白色の宝石がはまっていた。
何かを訴えるかのように宝石がきらりと光る。
窓の外は夜。
暗青の空似象牙色の月がぽっかりと浮かんでいる。
夜の港町はいくつかの明かりを除けばまだ暗く、港にも眠りが広がっていた。
このあたりの海域は夜間の漁を禁じられている。それは施設や学園から契約者(リンカー)が脱走したときのための用心としての規則であったが、表向きは海流の変化が著しく激しくなるためとされていた。
彼女は港のさらに向こう、この島へと進む政府の連絡船を「視て」いる。
一六二センチの痩身に羽織っているローブの色は黒。その下には白いブラウスと淡い緑のスカートを身につけていた。
黒いローブを着ているということは彼女が「魔女」として活動していることを示している。彼女だけでなく彼女の母も、その母である祖母も「魔女」だった。
彼女は魔女の家計の最後の一人である。代を継ぐときに彼女たちは同じ精霊を受け継いでいた。
万物に精霊は宿る。
たとえそれが月だったとしても。
部屋のソファーに男が座っていた。
背中まである長い銀髪を首の後ろのあたりで一束にした男だ。切れ長の目が彼女を見つめていた。
不躾な視線ではあったが彼女は気づかないふりをした。
彼女の手には一枚のカード。
遠見の精霊のカード。名前の通り遠くの場所を見ることのできる精霊である。
銀髪の男は自らの能力によりカードにした力を行使することができた。貸与することにより、適性がある場合に限られるが他の者に使わせることも可能だ。
「ソウルハンター」
彼女は男に告げた。
「あの娘、あなたがケラを送り込んだと思っているみたいよ」
「そうか」
ソウルハンターと呼ばれた男は表情を変えずに応じる。
男の前にある古めかしいローテーブルには二人分の紅茶とスコーンの盛られた皿が用意されていた。食器はいずれも白くシンプルなデザインではあるが安物ではない。スコーンは彼女の手作りだ。客人を市販品でもてなすような真似を彼女はしない。
それがどんな客であっても、だ。
「どうするつもり? あなた、あの娘に狙われるわよ」
「さて、どうしたものかな」
彼女は振り向いた。役目を終えたカードをひょいと投げる。まっすぐにカードは空を切り、男の傍まで来ると空中で静止した。
影のようなものが男から現れカードを掴んだ。きらきらと銀色に輝いてカードは影の手の中で溶けていく。カードは魔女から男の元に返された。再び男の手札は五十枚となる。
彼女はクスリと笑った。
それはどこか妖しく人を惹きつける魅力のある笑いだった。まだ十代の少女の姿を保っていたが中身は齢を重ねている。彼女の契約した……代々引き継がれてきた精霊の副次的な力により常人とは異なる年のとりかたをしていた。
「あなたが放っておいたとしても、アクセルが放っておかないでしょうね」
彼女の想像の中でリーゼントの髪型の男が中指を突き立てて挑発していた。その背後にはたくさんの薔薇の花が咲いている。
「あの娘には悪いけど、彼とやりあったら勝ち目はないわ」
「何事も相性はあるからな」
ふふっと彼女は笑い、それから急に何かを思いついたようにぽんと手を叩いた。
乞うような目でたずねる。
「ねえ、あなたさえ良ければ私にあの娘を任せてくれない?」
「構わないが。それでもアクセルは勝手に動くと思うぞ」
「そのときはそのとき。全ては精霊の導きのままに……ってところかしら」
「ふむ」
ソウルハンターは眉を上げ、興味深げに言った。
「これで敗れるならそれまで……か」