第49話 水の強襲・パーパス!
文字数 2,603文字
シスターマリーがミセスの恩人?
思いもよらぬミセスの告白にアイシャは驚いた。
その告白に対してたずねるべき質問が頭に浮かぶが驚嘆が大きすぎて喉のあたりで止まってしまう。
やむなく言葉を飲み込んだ彼女はミセスを凝視した。目だけでどういうことかと質問する。
「僕は幼馴染みを交通事故で失っているんだ」
それは知っている。
アイシャは小さく首肯し先を促した。
テーブルの反対側に座るドリスとヨウジは口を挟むでもなく様子をうかがっている。二人もミセスの話に興味を示したようだ。
「彼女が亡くなってから僕は何もできなくなったんだ。酷い無力感で一杯になってしまってね。しばらく自分の部屋から出られなくなるほどだった。食事も喉を通らなくなって……」
暗い部屋に閉じこもるミセスの姿をアイシャは想像した。思い悩み、ろくに食べもせず痩せ細っていく姿はとても哀れだ。
「精神科医の世話になったけどそれでも駄目だった。僕は自分も彼女の後を追うべきなんじゃないかと思い、自殺未遂をするようになった。僕なんて消えちゃえ消えちゃえって繰り返して念じたりしたもんだよ」
その思いは透明の精霊を呼ぶきっかけとなったのかもしれない。
そう推しているとミセスが続けた。
「ある日、僕の元に一人のシスターが現れた。その人はとても綺麗な人で何だか初対面から妙に安心できる印象があったよ。今にして思えばそのときにはすでに彼女の能力の影響下に入っていたんだろうね」
マァムハンド。
アイシャは無言でその名をつぶやく。
シスターマリーには内緒でアイシャが勝手につけただけの能力名ではあるがその力とシスターマリーの優しさにぴったりの名前だと未だに信じていた。
もっともシスターマリー本人はその能力を「神のご加護です」と言っていたが。
「シスターマリーのおかげで僕は癒された。幼馴染みのことは忘れてないけど心は軽くなったよ。そして彼女の後を追おうとも思わなくなった。いや、むしろ彼女を取り戻したいと思うようになった。シスターマリーと過ごした二週間の間にいろいろと学んだよ。彼女は僕に透明の精霊が居着いていることを教えてくれた。僕がこれから生きていくのにそれが役に立つとも言った。だから僕は精霊と契約することにしたんだ」
そしてミセスは契約者(リンカー)となった。
「シスターマリーは僕の心を救ってくれた恩人だ。彼女のおかげで僕は目的を持てたんだよ。僕は自室に閉じこもるのをやめて幼馴染みを蘇らせる方法を探すようになった」
「それで、この島に?」
アイシャがたずねるとミセスがうなずいた。
「彼女を蘇らせる方法を探しているうちにこの島のことを知った。だから僕はこの島に来たんだ。契約者(リンカー)の僕にとってこの島に行くのが片道切符だってことは承知している。それでも、僕は彼女を生き返らせたかった。どうしても大切な人を取り戻したかったんだよ」
ミセスが自分で自分を冷静にさせようとするかのように深く息をついた。身体がゆっくりと上下する。亜麻色の縦巻きロールが静かに揺れた。
「僕は島の契約者(リンカー)の中に目的に合致した者がいないかを調べた。その過程で学園の中に忍び込んだとき君の情報も見つけたんだ。まさか君が聖アルガーダ修道院にいただなんて……いや、本当にすごい偶然……」
ガシャーン!
ミセスが言い終えぬうちに破砕音が響いた。アイシャたちはほぼ一斉に音の方へと首を曲げる。キッチンからだった。
「何だ今の?」
ヨウジが立ち上がった。
「おい、そういえば外の攻撃が止んでないか?」
「そうね、諦めたってことはないと思うけど」
ドリスも腰を上げた。
「キッチンからだったわよね」
言ってドリスがキッチンへと向かう。ヨウジが続き、少し遅れてアイシャたちも倣った。
*
キッチンでアイシャたちが目にしたのは床に砕けて散ったティーセットの破片とぶちまかれた紅茶の中に倒れるポピンズ夫人の姿だった。蛇口からは水が出しっ放しになっておりシンクに水音を打ちつけている。室内は紅茶の匂いで満たされていた。
「えっ、おい」
ヨウジがポピンズ夫人に駆け寄った。
汚れるのも構わず片膝をついて抱き起こす。
「しっかりしろ、何があった?」
「……う、うう」
ポピンズ夫人が鈍く呻く。
良かった、とりあえず生きてる。
ポピンズ夫人の能力を考えれば彼女自身も守られているので滅多なことはないのだがアイシャは安堵した。
ドリスも同じだったらしくほっとした面持ちでヨウジたちの方へと歩き水を止める。あっけないくらいに水音が消えた。
急に訪れた静けさに変な緊張感を覚えてしまいアイシャは内心苦笑した。
「……」
改めて室内を見回すと何かが違うと感じる。その正体が判明したときアイシャははっと息を呑んだ。
キッチンの床が不自然なくらい濡れている。
不意にアイシャの中で警鐘が鳴った。これが紅茶のせいではないと思考が追いつき次の疑念へと繋がる。
だとしたら、これは……。
「君たちって、全員間抜け?」
聞き覚えのある声にアイシャは振り返った。この声はバラ園でリーゼントの男を始末した水色の化け物の……。
ドスッ!
キッチンの入り口に立っていたミセスの腹を突き破って水色の何かが現れる。
突然の出来事だった。
ミセスが目を見開き苦痛よりも驚愕を面にしたような顔をして吐血する。大量の血を吐いたその口からツーッと赤黒いものが垂れた。
「えっ」
アイシャの思考が混乱した。彼女の反応の鈍さを嘲るように水色の化け物のクククという笑い声がこだまする。
力の抜けたミセスの身体が崩れ落ちる直前一つの影が彼の頭を掴んだ。
両手で包み込むようにミセスの頭を掴む手は修道院でシスターマリーをカードにしたものと同じ手だ。
男の声がミセスの背後から降ってくる。
「アイシャ、お前のことは後だ」
影の手が銀色に発光する。
禍々しいまでに美しい輝きだ。ミセスに言葉を発する暇も与えず光は彼を飲み込んだ。
数秒で凝縮された光は一枚のカードへと変じていく。
ソウルハンター。
その名を口にするより先にローゼンバーグは自身の能力を顕在化させた。
影はそのシルエットをはっきりとしたものにする。シルクハットを被ったキツネのマジシャンは見せびらかすようにかつてミセスだったカードをひらひらとさせた。
「これであと一枚」
そう言ってローゼンバーグがニヤリと笑った。
思いもよらぬミセスの告白にアイシャは驚いた。
その告白に対してたずねるべき質問が頭に浮かぶが驚嘆が大きすぎて喉のあたりで止まってしまう。
やむなく言葉を飲み込んだ彼女はミセスを凝視した。目だけでどういうことかと質問する。
「僕は幼馴染みを交通事故で失っているんだ」
それは知っている。
アイシャは小さく首肯し先を促した。
テーブルの反対側に座るドリスとヨウジは口を挟むでもなく様子をうかがっている。二人もミセスの話に興味を示したようだ。
「彼女が亡くなってから僕は何もできなくなったんだ。酷い無力感で一杯になってしまってね。しばらく自分の部屋から出られなくなるほどだった。食事も喉を通らなくなって……」
暗い部屋に閉じこもるミセスの姿をアイシャは想像した。思い悩み、ろくに食べもせず痩せ細っていく姿はとても哀れだ。
「精神科医の世話になったけどそれでも駄目だった。僕は自分も彼女の後を追うべきなんじゃないかと思い、自殺未遂をするようになった。僕なんて消えちゃえ消えちゃえって繰り返して念じたりしたもんだよ」
その思いは透明の精霊を呼ぶきっかけとなったのかもしれない。
そう推しているとミセスが続けた。
「ある日、僕の元に一人のシスターが現れた。その人はとても綺麗な人で何だか初対面から妙に安心できる印象があったよ。今にして思えばそのときにはすでに彼女の能力の影響下に入っていたんだろうね」
マァムハンド。
アイシャは無言でその名をつぶやく。
シスターマリーには内緒でアイシャが勝手につけただけの能力名ではあるがその力とシスターマリーの優しさにぴったりの名前だと未だに信じていた。
もっともシスターマリー本人はその能力を「神のご加護です」と言っていたが。
「シスターマリーのおかげで僕は癒された。幼馴染みのことは忘れてないけど心は軽くなったよ。そして彼女の後を追おうとも思わなくなった。いや、むしろ彼女を取り戻したいと思うようになった。シスターマリーと過ごした二週間の間にいろいろと学んだよ。彼女は僕に透明の精霊が居着いていることを教えてくれた。僕がこれから生きていくのにそれが役に立つとも言った。だから僕は精霊と契約することにしたんだ」
そしてミセスは契約者(リンカー)となった。
「シスターマリーは僕の心を救ってくれた恩人だ。彼女のおかげで僕は目的を持てたんだよ。僕は自室に閉じこもるのをやめて幼馴染みを蘇らせる方法を探すようになった」
「それで、この島に?」
アイシャがたずねるとミセスがうなずいた。
「彼女を蘇らせる方法を探しているうちにこの島のことを知った。だから僕はこの島に来たんだ。契約者(リンカー)の僕にとってこの島に行くのが片道切符だってことは承知している。それでも、僕は彼女を生き返らせたかった。どうしても大切な人を取り戻したかったんだよ」
ミセスが自分で自分を冷静にさせようとするかのように深く息をついた。身体がゆっくりと上下する。亜麻色の縦巻きロールが静かに揺れた。
「僕は島の契約者(リンカー)の中に目的に合致した者がいないかを調べた。その過程で学園の中に忍び込んだとき君の情報も見つけたんだ。まさか君が聖アルガーダ修道院にいただなんて……いや、本当にすごい偶然……」
ガシャーン!
ミセスが言い終えぬうちに破砕音が響いた。アイシャたちはほぼ一斉に音の方へと首を曲げる。キッチンからだった。
「何だ今の?」
ヨウジが立ち上がった。
「おい、そういえば外の攻撃が止んでないか?」
「そうね、諦めたってことはないと思うけど」
ドリスも腰を上げた。
「キッチンからだったわよね」
言ってドリスがキッチンへと向かう。ヨウジが続き、少し遅れてアイシャたちも倣った。
*
キッチンでアイシャたちが目にしたのは床に砕けて散ったティーセットの破片とぶちまかれた紅茶の中に倒れるポピンズ夫人の姿だった。蛇口からは水が出しっ放しになっておりシンクに水音を打ちつけている。室内は紅茶の匂いで満たされていた。
「えっ、おい」
ヨウジがポピンズ夫人に駆け寄った。
汚れるのも構わず片膝をついて抱き起こす。
「しっかりしろ、何があった?」
「……う、うう」
ポピンズ夫人が鈍く呻く。
良かった、とりあえず生きてる。
ポピンズ夫人の能力を考えれば彼女自身も守られているので滅多なことはないのだがアイシャは安堵した。
ドリスも同じだったらしくほっとした面持ちでヨウジたちの方へと歩き水を止める。あっけないくらいに水音が消えた。
急に訪れた静けさに変な緊張感を覚えてしまいアイシャは内心苦笑した。
「……」
改めて室内を見回すと何かが違うと感じる。その正体が判明したときアイシャははっと息を呑んだ。
キッチンの床が不自然なくらい濡れている。
不意にアイシャの中で警鐘が鳴った。これが紅茶のせいではないと思考が追いつき次の疑念へと繋がる。
だとしたら、これは……。
「君たちって、全員間抜け?」
聞き覚えのある声にアイシャは振り返った。この声はバラ園でリーゼントの男を始末した水色の化け物の……。
ドスッ!
キッチンの入り口に立っていたミセスの腹を突き破って水色の何かが現れる。
突然の出来事だった。
ミセスが目を見開き苦痛よりも驚愕を面にしたような顔をして吐血する。大量の血を吐いたその口からツーッと赤黒いものが垂れた。
「えっ」
アイシャの思考が混乱した。彼女の反応の鈍さを嘲るように水色の化け物のクククという笑い声がこだまする。
力の抜けたミセスの身体が崩れ落ちる直前一つの影が彼の頭を掴んだ。
両手で包み込むようにミセスの頭を掴む手は修道院でシスターマリーをカードにしたものと同じ手だ。
男の声がミセスの背後から降ってくる。
「アイシャ、お前のことは後だ」
影の手が銀色に発光する。
禍々しいまでに美しい輝きだ。ミセスに言葉を発する暇も与えず光は彼を飲み込んだ。
数秒で凝縮された光は一枚のカードへと変じていく。
ソウルハンター。
その名を口にするより先にローゼンバーグは自身の能力を顕在化させた。
影はそのシルエットをはっきりとしたものにする。シルクハットを被ったキツネのマジシャンは見せびらかすようにかつてミセスだったカードをひらひらとさせた。
「これであと一枚」
そう言ってローゼンバーグがニヤリと笑った。