第9話 間話・敵意は窓から飛び立つ
文字数 1,793文字
ソウルハンターは開かれた窓から夕日を長めていた。
高級感のある机に背を向け少し離れた水平線の彼方に思いを馳せる。
長身の彼に遭わせたダークグレイのスーツに黄昏色の陽光が重なっていた。
そよりと吹いた風は潮の匂いが混じっており、彼の銀髪を軽く撫でる。背中まで伸ばしたそれは首の後ろのあたりで束ねられていた。
ソウルハンターはふむと短く息をつき、その薄く長い眉を僅かにひそめる。
まっすぐに窓の外へと目をやったまま彼はもう一人の男にたずねた。
「ケラ、君は運命を信じるかね?」
ドアに近い側に応接用のソファーとテーブルがあった。一式揃いの焦げ茶色でこちらも高価なものであることを想起させる。
テーブルを挟んで向かい合うソファーの一方、壁側に金髪のモヒカン頭の男が座っていた。
見た目は二十代半ばで肌の色から白人であろうと推察できる。
季節感を無視した半袖のシャツの色は緑。沢山の銀バッジが両肩についていた。
胸元には白抜きでTOPKNIFEの文字。室内を染める夕焼けの赤が白文字にほんのりと朱を与えていた。
テーブルの上には本土の情報提供者からの報告書が広げられている。その中に紛れるように少女の写真があった。黒い修道服を身に纏い、ボストンバッグを片手にいずこかへと向かおうとしている。
「運命?」
ケラと呼ばれたモヒカンの男が訝しげに玉子型の目を細め、首をひねる。肩の銀バッジがこすれ合って金属質の音を鳴らした。
「そう、運命だよ」
ソウルハンターが静かに応える。
彼はケラへと振り返った。ぼんやりと身体から影が浮かび上がる。二つの人影がだぶつくかのように全く同じ動きで右手を胸に当てた。
「あるいは宿命と言うべきかな? 人は誰しも運命や宿命を背負って生きている。それがどんなものであれ逃れることはできない」
「ソウルハンター、あんたが言いたいことは何となくわかる」
ケラは修道服の少女の写真に目を落とした。
「でも、いくら何でも心配しすぎじゃねぇか? 相手はまだ小娘だぞ」
「確かに小娘だな……だが、この小娘はオリビアを倒した」
きらきらと影の右手が銀色に光る。
光は収束しやがて一枚のカードへと変じた。それを影から受け取り、ソウルハンターはじっと見つめる。
カードの表面には一人の修道女が映っていた。
長いブロンドの美しい顔立ちの女性だ。
アイシャの恩人、シスターマリーである。
ソウルハンターはカードを見つめた。切れ長の目がその鋭さを増す。
「あと二枚か……」
「あんたが何をしようとしているか、そんなことはどうでもいい」
ケラが立ち上がった。
彼は中背ではあるがやや肉づきは良い。ズボンの色も緑色で、腰のまわりにじゃらじゃらと銀細工のアクセサリーをつけていた。その全てが小さなナイフの形をしている。
「けどな、誰かがあんたの邪魔をするというのなら俺は許さねぇ。あんたは俺たちをあの施設から出してくれた恩人だからな」
ソウルハンターは口許を緩ませる。薄い唇が柔らかな弧を描いた。
黒い影の右手がまた銀色の光を宿し、ぱらぱらとカードを生み出していく。
熟練のカードマジシャンの如く手慣れたカードさばきでソウルハンターは五十枚のカードをシャッフルした。
無作為に一枚を引く。
安らぎの精霊の契約者(リンカー)。
シスターマリー。
ぴくり、とソウルハンターは眉を動かす。
彼は運命の存在を知覚した。運命は厳然としてそこにある。目を背けてはならないと判じた。しっかりと見据えなければいつか自分の身を滅ぼしかねない。
しかし……。
彼の迷いを察してかケラが苛立たしげに唸った。
ふわりとテーブルの上にあった修道服の少女の写真が浮かび上がる。目に見えない何かがその写真をバラバラに切り刻んだ。
ひらひらと散っていく写真の残骸がテーブルや床に散らばっていく。
「ソウルハンター、あんたは何も心配しなくていい」
ケラが窓へと駆けだした。
「その小娘は俺のトップナイフが片づける!」
ソウルハンターの脇をすり抜け、ケラが窓から外へと飛び出した。
ぶわっと緑色の影がケラから発現する。
ケラの手が緑色の「それ」に掴まりひょいと背に立った。はっきりと姿を表した「それ」は一六五センチのケラを乗せてもまだ余裕のあるサイズである。
「これで破れるならそれまでか」
ソウルハンターは小さくなっていくケラを見つめながらつぶやいた。
高級感のある机に背を向け少し離れた水平線の彼方に思いを馳せる。
長身の彼に遭わせたダークグレイのスーツに黄昏色の陽光が重なっていた。
そよりと吹いた風は潮の匂いが混じっており、彼の銀髪を軽く撫でる。背中まで伸ばしたそれは首の後ろのあたりで束ねられていた。
ソウルハンターはふむと短く息をつき、その薄く長い眉を僅かにひそめる。
まっすぐに窓の外へと目をやったまま彼はもう一人の男にたずねた。
「ケラ、君は運命を信じるかね?」
ドアに近い側に応接用のソファーとテーブルがあった。一式揃いの焦げ茶色でこちらも高価なものであることを想起させる。
テーブルを挟んで向かい合うソファーの一方、壁側に金髪のモヒカン頭の男が座っていた。
見た目は二十代半ばで肌の色から白人であろうと推察できる。
季節感を無視した半袖のシャツの色は緑。沢山の銀バッジが両肩についていた。
胸元には白抜きでTOPKNIFEの文字。室内を染める夕焼けの赤が白文字にほんのりと朱を与えていた。
テーブルの上には本土の情報提供者からの報告書が広げられている。その中に紛れるように少女の写真があった。黒い修道服を身に纏い、ボストンバッグを片手にいずこかへと向かおうとしている。
「運命?」
ケラと呼ばれたモヒカンの男が訝しげに玉子型の目を細め、首をひねる。肩の銀バッジがこすれ合って金属質の音を鳴らした。
「そう、運命だよ」
ソウルハンターが静かに応える。
彼はケラへと振り返った。ぼんやりと身体から影が浮かび上がる。二つの人影がだぶつくかのように全く同じ動きで右手を胸に当てた。
「あるいは宿命と言うべきかな? 人は誰しも運命や宿命を背負って生きている。それがどんなものであれ逃れることはできない」
「ソウルハンター、あんたが言いたいことは何となくわかる」
ケラは修道服の少女の写真に目を落とした。
「でも、いくら何でも心配しすぎじゃねぇか? 相手はまだ小娘だぞ」
「確かに小娘だな……だが、この小娘はオリビアを倒した」
きらきらと影の右手が銀色に光る。
光は収束しやがて一枚のカードへと変じた。それを影から受け取り、ソウルハンターはじっと見つめる。
カードの表面には一人の修道女が映っていた。
長いブロンドの美しい顔立ちの女性だ。
アイシャの恩人、シスターマリーである。
ソウルハンターはカードを見つめた。切れ長の目がその鋭さを増す。
「あと二枚か……」
「あんたが何をしようとしているか、そんなことはどうでもいい」
ケラが立ち上がった。
彼は中背ではあるがやや肉づきは良い。ズボンの色も緑色で、腰のまわりにじゃらじゃらと銀細工のアクセサリーをつけていた。その全てが小さなナイフの形をしている。
「けどな、誰かがあんたの邪魔をするというのなら俺は許さねぇ。あんたは俺たちをあの施設から出してくれた恩人だからな」
ソウルハンターは口許を緩ませる。薄い唇が柔らかな弧を描いた。
黒い影の右手がまた銀色の光を宿し、ぱらぱらとカードを生み出していく。
熟練のカードマジシャンの如く手慣れたカードさばきでソウルハンターは五十枚のカードをシャッフルした。
無作為に一枚を引く。
安らぎの精霊の契約者(リンカー)。
シスターマリー。
ぴくり、とソウルハンターは眉を動かす。
彼は運命の存在を知覚した。運命は厳然としてそこにある。目を背けてはならないと判じた。しっかりと見据えなければいつか自分の身を滅ぼしかねない。
しかし……。
彼の迷いを察してかケラが苛立たしげに唸った。
ふわりとテーブルの上にあった修道服の少女の写真が浮かび上がる。目に見えない何かがその写真をバラバラに切り刻んだ。
ひらひらと散っていく写真の残骸がテーブルや床に散らばっていく。
「ソウルハンター、あんたは何も心配しなくていい」
ケラが窓へと駆けだした。
「その小娘は俺のトップナイフが片づける!」
ソウルハンターの脇をすり抜け、ケラが窓から外へと飛び出した。
ぶわっと緑色の影がケラから発現する。
ケラの手が緑色の「それ」に掴まりひょいと背に立った。はっきりと姿を表した「それ」は一六五センチのケラを乗せてもまだ余裕のあるサイズである。
「これで破れるならそれまでか」
ソウルハンターは小さくなっていくケラを見つめながらつぶやいた。