第20話 最初の手がかり(星神島編スタート!)

文字数 3,253文字

 星神島に着いて一週間が過ぎた。
 連絡船の襲撃事件の事情聴取や学園への転入のあれやこれやがありそれなりに忙しさはあったがアイシャの心は沈んでいた。
 ソウルハンターの居所がわからないということも理由の一つではあるがやはりエンヤを守りきれなかったショックが強くて引きずっていたのだ。彼女とは僅かな時間しか一緒にいなかったというのにアイシャの中で大きな存在となっていた。
 特にこれといったあてもなく島を歩く。
 星神島は南北に楕円形に延びた島で北側に学園、南側に施設があった。学園のある北側はそれなりに拓かれており学園関係者や港湾業者、漁業に従事する人などさまざまな人が生活していた。規模は決して大きいとはいえないが相応の街があり一見するとただの栄えた街並みのようにも思える。
 だが、ここは特別な島なのだ。
 今住んでいる学生寮に戻ったアイシャは出迎えた人物を目にして改めてそう感じた。
「アイシャさん、お帰りなさい……ん? どうかしましたか?」
 学生寮の玄関に立つのはメタリックブルーのコードレス掃除機を片手に持つ白と水色の生地のメイド服を着た女性。
 年齢は二十代後半といったところだ。ふわっとカールした金髪は羊を連想させる。薄い眉とたれ目気味の目、品の良い鼻と小さな口が柔らかく微笑みを形作っていた。小首を傾けてもなおその微笑は絶やさない。
「ただいま、ポピンズ夫人」
 応えたものの視線は彼女の足へと向かってしまう。
 白いフリルの着いた短い水色のスカート部分からすらりと長い脚が伸びていた。履いているクリーム色のニーソックスから覗ける太股の肌の色が微妙にエロティックな雰囲気を醸し出している。しかしさらに下、つま先と床の間隔がおかしかった。
 三、いや五センチは浮いているだろうか。
 アイシャはポピンズ夫人の白い髪飾りに目を移す。髪飾りの中央には水色の宝石がはまっておりそれがアイシャの視線に気づいたかのようにキラキラと光った。照明の明かりに反射したのではない。それ自体が意思を持っていることをアイシャは知っていた。
 なぜなら最初に会ったときに本人から説明されたから。
 家庭の精霊。
 それがポピンズ夫人の契約している精霊である。すなわち彼女は契約者(リンカー)。
 同時に彼女はアイシャの世話になる学生寮の寮母でもあった。学生たちを管理・監視するのが主な役目である。
 能力名は「ホームスイートホーム」。
 外観は三階建ての一般家屋のようでもあるがこの学生寮は精霊の創り出した実態あるイメージである。いかなる外敵の侵入を許さず、いかなる災害からも建物を守る。
 寮の中にあるもの全てがポピンズ夫人の耳であり目であった。ここは学生寮の体裁をとった監獄であり、辛うじての自由はあるもののここで暮らす学生はほぼ囚人であった。
 しかし、アイシャに選択権は与えられていない。
 島にいる限りここに住むしかないのだ。
 これといって話すこともないので二階の自室へ行こうと脚を向ける。階段へと進みかけたとき、ポピンズ夫人の声がコツンと背中を叩いた。
「ああ、アイシャさん」
 くるりと振り返った。
 ポピンズ夫人のにこやかな顔がさらに広がっていく。
「そういえば人を探しているんですよね」
「……ええ」
 ポピンズ夫人に隠し事はできない。
 ここに来てすぐ、どんなに部屋の壁を殴っても壊れないのをいいことにダーティワークを使って戦う練習をした。翌朝顔を合わせた彼女に「壁を殴るのはほどほどに願います」と注意されてしまい思わず冷や汗をかいたものだ。
 きっと部屋で独り言を言っていたときにソウルハンターのことを口にしてしまったのだろう。
「あのですね、私、、一つ思い出しまして……聞きたいですか?」
 もったいぶった言い方にちょっと苛ついてくる。
「別に」
 そっけなく返し再び階段へと歩を薦めると、あからさまに慌てた声が追い掛けてきた。
「アイシャさんの探している人かどうかはわかりませんが銀髪の契約者(リンカー)なら心当たりがありますよ」
「えっ!」
 びっくりして振り向いた。
 ポピンズ夫人がフフンと鼻を高くして得意そうにしている。どうやらアイシャの驚きに気を良くしたようであった。
 瞬時に心臓が穏やかならぬ鼓動を鳴らし、ほぼ無意識に身体が動く。アイシャはポピンズ夫人に詰め寄っていた。胸倉を掴まないだけまだましだったかもしれない。
「そいつはどこにいるの? 名前は? 何者なの?」
「えっ、あれ? アイシャさん?」
 戸惑ったように表情を引きつらせたポピンズ夫人に問いを重ねた。
「どこへ行けばそいつを捕まえられるの? いつ行けばいいの? 知っていることは全部話して!」
「いや、あの、アイシャさん落ち着いて」
「落ち着ける訳ないでしょ! いいから早く言いなさい!」
 キラリとポピンズ夫人の髪飾りの宝石が光った。
 廊下の白い壁からにゅうっと数本の白い腕が現れる。それらはポピンズ夫人を守ろうとするかのようにアイシャの身体に絡みつき、壁際へと引き離した。
 この建物の中は「ホームスイートホーム」の有効範囲内。ポピンズ夫人のテリトリーといっても過言ではない。
 咄嗟にダーティワークを両拳に纏わせたアイシャではあったがそのことを思い出しあっさりと抵抗をやめた。ここで無駄な戦いをするのは本意ではない。その代わりに鋭く彼女を睨みつけた。
「手荒なことはしないわ。だからお願い、知っていることがあれば全て教えて」
 やれやれとポピンズ夫人が肩をすくめる。眉尻を下げて彼女は一つ息をついた。どうやら彼女のほうも荒事は避けてくれるらしい。それでも白い腕の拘束を解こうとはしなかったが。
 コホンとポピンズ夫人が咳払いする。
 アイシャはまっすぐに彼女を見据え、一言も聞き漏らすまいと集中した。この島に来て初めての手がかりになるかもしれない。そう思うと否が応でも緊張せざるを得なかった。
「学園にバラ園があるのはご存知ですか?」
「いえ」
 アイシャは首を横にした。
「そんなものがあることすら知らなかったわ」
「ええっ、それはもったいないですよ。ぜひ一度はご覧になってください」
「……そのバラ園にそいつはいるの?」
「まあまあ、そんなに慌てないでください。慌てんぼさんは良くありませんよ」
 ちっちっ、とポピンズ夫人が人差し指を立てて左右に振った。アイシャがさらに睨みを強めるとびくりとして指を後ろに隠す。
「そ、それでですね、そのバラ園によくいるんですよ。名前とか何をしている人かとかは存じませんがたぶん愛好家か何かだと思います」
「……」
 不意に疑問が浮かびアイシャはたずねた。
「どうしてそいつが契約者だとわかるの?」
「そりゃ、わかりますよ。私を誰だと思っているんですか」
 ポピンズ夫人が細い身体の線の割には豊かな胸を張る。アイシャには足りない豊かさだ。
「これまで数多くの契約者をお世話してきたんですよ。その辺の人とは経験が違います。私が契約者だと思ったらその人は契約者なんです。これで納得していただけましたか?」
「……」
 まるで根拠はない。
 正直、自分の中にいる「それ」に確認したほうがいいのではないかというレベルではあった。
 だが「それ」が教えてくれる保証もない。
 アイシャが黙っていると白い腕がしゅるりと壁に引っ込んでいく。
「だいたい午後の三時から五時くらいの間に来られるみたいですよ。私がお見かけするのもそれくらいの時間ですし」
 そう告げると話はお終いと言わんばかりにコードレス掃除機のスイッチを入れた。ポピンズ夫人が掃除をするのをしばらく眺めてからアイシャは自室へと目指す。かなり信憑性は薄そうだがとにかく手がかりは手がかりだと判じた。何もないよりはマシである。
 明日、バラ園に行ってみよう。
 アイシャはそう決心し、小さくうなずいた。
 
 
 
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