第25話 ガンズアンドローゼズの襲撃 その3

文字数 2,769文字

 バラ園は東西に出入り口があり敷地を取り囲むようにフェンスが張られていた。

 園芸学部のある方が東側で西側には農道を挟んで農学部の農地が広がっている。バラ園で栽培されるバラは初夏と秋に花を咲かせる品種に区分されており、今は秋に目を楽しませてくれるものが開花し始めていた。見ごろになるにはあと一週間くらい必要である。

 東口から三メートルほど奥の茂みに白いシャツと青いジーンズ姿の男がいた。

 男の名はアクセル。

 銀髪をリーゼントにした彼は今年で二十二歳。痩せてはいるがそれなりに鍛えられた身体の持ち主だ。色白の肌に紅い唇が目立つ。低めの鼻に獣のような目と太い眉。耳たぶの大きな耳には金色のピアスがはまっている。

 ふっ、とアクセルが口の端を緩めた。

 魔女の情報を信じて良かったぜ。

 アクセルの傍には銃座のついたマシンガン。黒い銃身にはいくつかの赤いバラの花と緑色の茎が一体化しており、茎は三本ある銃座の脚のうちの一本を伝って地面へと続いていた。

 バラの花に紛れるように存在する紅い宝石がきらりと光る。それ自身が意思を持っているかのようだった。

「ガンズアンドローゼズ」

 アクセルが低い声音で言った。

「このまま距離を保って仕留める。だが、もし駄目なら……わかるよな?」

 呼応するように紅い宝石がチカチカと点滅した。

 どくんどくんと地に根を張った茎が脈打つ。マシンガンの弾が装填されていった。

 リロードに若干の時間がかかるのが難点だがこの「ガンズアンドローゼズ」は一度に八発の弾を撃つことができた。トゲのような形の弾は命中した相手に溶け込んで毒となる。普通の人間なら一分と持たない猛毒だ。

 最初の攻撃で庭師の老人を殺してしまったがもはや些細なことだった。

 アクセルの背後には二人の庭師が遺体となって転がっている。目的の邪魔になるから殺した、ただそれだけだった。

 オリビアを倒したあの黒い修道女を抹殺する、そのために彼は行動を起こしたのだ。誰であろうと妨げになるのなら始末する。目的のためにはどんな障害も排除するつもりだった。

「……あの両手の黒いものがあいつの能力……か」

 二度目の攻撃は修道女が拳で防いだ。しかし、トゲは刺さっているはずだ。毒の効果が今一つなのは女の能力と関係があるのかもしれない。

 どくんどくん。

 大地から養分を吸い上げバラの精霊は力を強める。しかもここはバラ園だ。バラの生育にはぴったりの環境が整っていた。それゆえ他の場所より十分に力を発揮できる。

 ピコン、と紅い宝石が準備完了を告げた。

 アクセルが修道女に向かい中指を立てる。茂みに隠れて見えないかもしれないが構わなかった。

 オリビア、仇は討つぜ。

 彼は冷徹に命令した。

「殺れ、ガンズアンドローゼズ!」

 *

 タタタタタタタタッ!

 バラの茂みから影が覗け、乾いた音を重ねる。

「ウダダダダダダダダッ!」

 アイシャは痛みに耐えながら拳を繰り出した。

 黒い光が幾重にもなって残像を残す。数発が拳に当たり新たな痛みが襲ってきた。しかし、このやり方でどうにかガードはできるかもしれないとアイシャは思う。

 ヨウジが左の手の平に小石を乗せた。

「ラッドウインプス!」

 ヨウジの手から生まれていた白い光が形を成す。

 それは精霊というよりは天使を連想させる姿形の十センチほどの小さな女の子だった。

 一対の翼は純白でぱたぱたと羽ばたいている。身を包む衣も肌や髪の色も真っ白だ。セミロングの髪をほんの少し躍らせながらラッドウインプスはその可愛らしい顔の額にあるサファイアのような宝石を輝かせた。

 ヨウジが敵の位置を見定めるようにバラの茂みを睨み、右手の人差し指で左手の小石を弾く。

 バビューン!

 小石が白い光を纏って発射された。きらきらと光の尾を引いて敵が潜んでいると思しき場所へと飛び込んでいく。

「ぐおっ!」

 男の呻き声がした。どうやら当たったようだ。

 ヨウジがまた別の小石を拾い上げる。左手の上に置くと再び指で弾いた。

 バビューン!

 光弾となった小石が迷うことなくさっきと同じ軌道で撃ち込まれる。命中を知らせるかの如く男の声が聞こえた。

「畜生、なめんじゃねえぞ!」

 その罵声にヨウジがぽりぽりと頬をかく。

「やはり小石程度だとダメージは薄いか」

 アイシャは首を振った。

「十分よ。あいつはあたしがぶん殴る」

 アイシャはきゅっと唇を噛んだ。

 どんな奴かはわからないがとにかくぶちのめす。

 黒いグローブが波打った。アイシャの怒りを糧とした「それ」がさらなる怒りを沸き上がらせようと煽り立ててくる。

 怒れ。

 怒れ。

 怒れ。

 彼女は自分と敵との距離を目測する。現在位置とバラ園の入り口まではおよそ十メートル。そこから奥へさらに五……いや七メートルといったところか。

 入り口までの遮蔽物はライムグリーンのオートバイのみ。

 だが、敵の攻撃によってはかえって危険かもしれなかった。ガソリンタンクの爆発に巻き込まれたらひとたまりもない。

 それでも突っ込むしかなかった。

 近づかなければ、ダーティワークの攻撃範囲内に入らなければ敵を倒せない。

 ぐっと拳を握った。

 ぶっ潰す!

 アイシャは言った。

「援護射撃よろしく」
「えっ? あ、おい」

 アイシャは勢いよく駆けだした。

 一気に敵との距離を詰める。「無茶しやがる」と後ろでぼやくヨウジの声は無視した。

 バビューン!

 光弾が飛び、アイシャを迂回して敵へと向かう。どうやら直線的な動きで的に当たるだけではなく、障害物は避けられるらしい。

 茂みの奥で影が揺れた。

 タタタタタタタタッ!

 身体が敵弾に反応し拳のラッシュで壁を作る。

「ウダダダダダダダダッ!」

 だが、敵の攻撃はアイシャへとは行かずその奥、ヨウジのいる黄色い農業用プラスチック製コンテナへと伸びていく。

 はっとしたときにはすでにコンテナのいくつかが破砕音とともに崩れていた。

「クソッ!」

 悪態をつくヨウジの声が響く。被弾したのか否かアイシャの位置からでは確認できない。

 ……もしかして敵弾の威力が上がってる?

 疑念が浮かんだときバラ園から怒声がした。

「てめーは俺がぶっ殺す!」

 タタタタタタタタッ!

 「えっ?」

 意表を突かれた。

 男のいるであろう場所から横に数メートル離れたところから銃声が轟いた。アイシャは慌ててラッシュを放ち拳のバリアを張る。

「ウダダダダダダダダッ!」

 何発かが拳から逃れ修道服に刺さった。幸いにも身体には届いていない。

 とはいえそんな幸運がそう何度も続くと思えるほど彼女は楽観的ではなかった。

 拳に受けたトゲの痛みで足が止まってしまうのも辛い。

 それに今の攻撃は……?

 アイシャが考えているとまたもラッドウインプスの発射音が聞こえ、これまでより何倍も大きなサイズの光弾がアイシャの脇を通り抜けた。
 
 
 
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