第28話 水の殺意(ガンズアンドローゼズ戦・決着)
文字数 2,544文字
「ウダァッ!」
アイシャはダーティワークの力でリーゼントの男を殴った。
腹を強打された男が低く呻き、両膝をつく。それが戦いの終了の合図のように全てのマシンガンがボロボロと形を失って土に還った。
敵の能力が効果をなくしたからか急に身体のだるさと熱っぽさが薄れていく。
アイシャはゆっくりと呼吸を繰り返し拳を握り直した。どくんどくんと黒い光のグローブが波を打つ。
アイシャの中の「それ」がささやき続けていたが彼女は無視した。
バビューン!
白い光を纏ったレンガが飛来して男の右肩に命中する。
「うごぅっ」と男が声を漏らした。
もはや駄目押しの感はあるがアイシャは冷徹に男を見下ろした。
男に当たったレンガが跳ね返って池へと落ちる。バシャント水飛沫が飛んだ。いくつかの飛沫が男にかかる。まわりの地面にも点々と水が黒く染みを作った。
アイシャは男を睨めつけ、言った。
「答えてもらうわよ。ソウルハンターはどこ?」
ハァハァと呼吸を乱しつつ男が睨み返してくる。
視線が絡み合い見えない火花がスパークした。アイシャはピリピリと緊張を肌で感じながら油断なく質問を重ねる。
「言いなさい、あいつはどこ? 何者なの?」
背後から駆け足が近づいてくる。
ヨウジだった。
彼はまっすぐに男に駆け寄り、胸倉を掴んだ。振り上げた拳は怒りで震えていた。
「よくもじいさんをっ!」
アイシャはその拳を止めた。
「待って、まだあたしの用が終わってない」
「とりあえず俺にも殴らせろ!」
「あたしの用が先」
アイシャも引かなかった。
そもそもソウルハンターを見つけるために、そして復讐を果たすためにここに来たのだ。ヨウジが何と言おうとこちらを優先させてもらう。
「質問に答えて、あいつはどこ?」
「……」
男は右手の中指を立てた。肩の負傷が辛いのかあまり腕が上がっていない。もしかしたら折れているのかもしれなかった。
「……くたばりやがれ」
「シスター、とにかく殴らせろ!」
男の態度にヨウジが荒々しく怒鳴った。ぐぐくっと掴んでいる拳の抵抗が強まる。この手を離したら間違いなくその憤怒を男にぶつけるだろう。
自分でもわからずアイシャはその行為を辞めさせたかった。
気持ちは痛いほど理解できる。だが、なぜか許す気になれなかった。
「シスター、あんただってこいつを殴ったんだろ? どうして俺は駄目なんだ!」
「あなたが手を下す価値もないわ」
吐き出された言葉は自分でも意外なものだった。口にしてからはっとする。
ヨウジがピタリと動きを止める。それから萎れるように腕を下ろした。胸倉を掴んでいた手も乱暴に放す。
「ちっ!」
忌々しげにヨウジが舌打ちした。
男が身を小さくして咳き込む。
「シスター」
男を凝視したままヨウジがたずねた。
「あんたの目的は何なんだ」
「復讐よ」
躊躇わずに言えた。
「あたしは復讐のためにこの島に来たの」
ここは敵地。
誰が味方で誰が敵か……それはアイシャにもわからない。
けれど、なぜかヨウジは信用できると思えた。
共に戦い、窮地を乗り越えたからかもしれない。あるいは自分の心にまだ誰かを信じたいと望む部分があったからかもしれない。
それは後々命取りとなりかねない甘さだった。
けれど、彼女はその甘さを受け容れた。この判断の責任は自分がとる。もし彼が裏切るというならそのときは一切の甘さを捨てて彼をぶちのめそう。
「ふーん、復讐に来たくせにずいぶんと甘いんだ」
聞き覚えのない声がしてアイシャはビクリとした。
誰?
きょろきょろと見回すが人の姿はない。ヨウジもあたりに目をやっていたが見つけられないようであった。
リーゼントの男が露骨に嫌な顔をする。腹の底から嫌悪を吐き捨てるように毒づいた。
「よりにもよってあいつかよ」
「その言い方はないんじゃない?」
バシャッと池から一本の水柱が立つ。
高さは五メートルくらいか。その先端が曲線を描いてリーゼントの男に降り注いだ。
男をずぶ濡れにした水は肩の上でその形を変える。水色の全身タイツを着た人形のような姿になった。
三頭身で短い手足には水かきがついている。耳と鼻はなく、やたら大きな目と口紅を塗ったような真紅の唇が異様さを際立たせていた。
額には水色の宝石がはまっている。キラキラと輝き何らかの意思を感じさせた。
水色の化け物は言った。
「僕が来たってことは……わかるよね?」
「俺は口を割ったりしねぇぞ」
「んー、前から思っていたけど、君って頭悪いよね」
水色の化け物はその身体を伸ばして男の首に巻きついた。
「僕のパーパスが何しに来たか、ちょっと頭を働かせればわかるでしょ? それとも君の首の上にあるのはお飾りなのかな?」
男が顔を引きつらせた。
「俺はまだ負けてねぇ」
「言い逃れしたいの? 潔くないなぁ。ケラはちゃんと自分の始末をつけられたっていうのに情けない限りだねぇ」
「ジャスティン、てめえっ!」
「うるさい」
水色の化け物が男の口に飛び込んだ。
肉を炸裂させる音を響かせながら高等部から飛び出てくる。血と肉片が奇妙でべたついた音を伴って不快なノイズを放った。
頭部を破壊された男の肉体が仰け反るように転がる。即死だった。水色の化け物は一ミリの情けも容赦もなく男を殺していた。
……これは、口封じ?
アイシャはよろよろとファイティングポーズをとる。
ヨウジも険しい表情で身構えた。ラッドウインプスが彼のすぐ傍に浮遊しぱたぱたと羽を動かしながら水色の化け物を睨みつけている。
「シスター、君には僕を殴れないよ」
水色の化け物がクククと笑った。
「それに僕の受けた命令は負けたアクセルの始末。今、君たちとやり合うつもりはないよ」
「あいつの……ソウルハンターの仲間なのよね。あいつはどこにいるの?」
「それ、答えると本気で思ってるの?」
クククと水色の化け物が嘲る。
「じゃあね」
水色の化け物が男の遺体から池へとジャンプする。飛沫を上げながら水は放物線を描いて池へと還っていった。
アイシャとヨウジは池を覗き込むが水色の化け物は見当たらない。
「おい、出てこい! 逃げるなんて卑怯だぞ!」
ヨウジが叫んだが返事をする者などどこにもいない。
ただきらきらと陽光に照らされた水面が反射するのみであった。
アイシャはダーティワークの力でリーゼントの男を殴った。
腹を強打された男が低く呻き、両膝をつく。それが戦いの終了の合図のように全てのマシンガンがボロボロと形を失って土に還った。
敵の能力が効果をなくしたからか急に身体のだるさと熱っぽさが薄れていく。
アイシャはゆっくりと呼吸を繰り返し拳を握り直した。どくんどくんと黒い光のグローブが波を打つ。
アイシャの中の「それ」がささやき続けていたが彼女は無視した。
バビューン!
白い光を纏ったレンガが飛来して男の右肩に命中する。
「うごぅっ」と男が声を漏らした。
もはや駄目押しの感はあるがアイシャは冷徹に男を見下ろした。
男に当たったレンガが跳ね返って池へと落ちる。バシャント水飛沫が飛んだ。いくつかの飛沫が男にかかる。まわりの地面にも点々と水が黒く染みを作った。
アイシャは男を睨めつけ、言った。
「答えてもらうわよ。ソウルハンターはどこ?」
ハァハァと呼吸を乱しつつ男が睨み返してくる。
視線が絡み合い見えない火花がスパークした。アイシャはピリピリと緊張を肌で感じながら油断なく質問を重ねる。
「言いなさい、あいつはどこ? 何者なの?」
背後から駆け足が近づいてくる。
ヨウジだった。
彼はまっすぐに男に駆け寄り、胸倉を掴んだ。振り上げた拳は怒りで震えていた。
「よくもじいさんをっ!」
アイシャはその拳を止めた。
「待って、まだあたしの用が終わってない」
「とりあえず俺にも殴らせろ!」
「あたしの用が先」
アイシャも引かなかった。
そもそもソウルハンターを見つけるために、そして復讐を果たすためにここに来たのだ。ヨウジが何と言おうとこちらを優先させてもらう。
「質問に答えて、あいつはどこ?」
「……」
男は右手の中指を立てた。肩の負傷が辛いのかあまり腕が上がっていない。もしかしたら折れているのかもしれなかった。
「……くたばりやがれ」
「シスター、とにかく殴らせろ!」
男の態度にヨウジが荒々しく怒鳴った。ぐぐくっと掴んでいる拳の抵抗が強まる。この手を離したら間違いなくその憤怒を男にぶつけるだろう。
自分でもわからずアイシャはその行為を辞めさせたかった。
気持ちは痛いほど理解できる。だが、なぜか許す気になれなかった。
「シスター、あんただってこいつを殴ったんだろ? どうして俺は駄目なんだ!」
「あなたが手を下す価値もないわ」
吐き出された言葉は自分でも意外なものだった。口にしてからはっとする。
ヨウジがピタリと動きを止める。それから萎れるように腕を下ろした。胸倉を掴んでいた手も乱暴に放す。
「ちっ!」
忌々しげにヨウジが舌打ちした。
男が身を小さくして咳き込む。
「シスター」
男を凝視したままヨウジがたずねた。
「あんたの目的は何なんだ」
「復讐よ」
躊躇わずに言えた。
「あたしは復讐のためにこの島に来たの」
ここは敵地。
誰が味方で誰が敵か……それはアイシャにもわからない。
けれど、なぜかヨウジは信用できると思えた。
共に戦い、窮地を乗り越えたからかもしれない。あるいは自分の心にまだ誰かを信じたいと望む部分があったからかもしれない。
それは後々命取りとなりかねない甘さだった。
けれど、彼女はその甘さを受け容れた。この判断の責任は自分がとる。もし彼が裏切るというならそのときは一切の甘さを捨てて彼をぶちのめそう。
「ふーん、復讐に来たくせにずいぶんと甘いんだ」
聞き覚えのない声がしてアイシャはビクリとした。
誰?
きょろきょろと見回すが人の姿はない。ヨウジもあたりに目をやっていたが見つけられないようであった。
リーゼントの男が露骨に嫌な顔をする。腹の底から嫌悪を吐き捨てるように毒づいた。
「よりにもよってあいつかよ」
「その言い方はないんじゃない?」
バシャッと池から一本の水柱が立つ。
高さは五メートルくらいか。その先端が曲線を描いてリーゼントの男に降り注いだ。
男をずぶ濡れにした水は肩の上でその形を変える。水色の全身タイツを着た人形のような姿になった。
三頭身で短い手足には水かきがついている。耳と鼻はなく、やたら大きな目と口紅を塗ったような真紅の唇が異様さを際立たせていた。
額には水色の宝石がはまっている。キラキラと輝き何らかの意思を感じさせた。
水色の化け物は言った。
「僕が来たってことは……わかるよね?」
「俺は口を割ったりしねぇぞ」
「んー、前から思っていたけど、君って頭悪いよね」
水色の化け物はその身体を伸ばして男の首に巻きついた。
「僕のパーパスが何しに来たか、ちょっと頭を働かせればわかるでしょ? それとも君の首の上にあるのはお飾りなのかな?」
男が顔を引きつらせた。
「俺はまだ負けてねぇ」
「言い逃れしたいの? 潔くないなぁ。ケラはちゃんと自分の始末をつけられたっていうのに情けない限りだねぇ」
「ジャスティン、てめえっ!」
「うるさい」
水色の化け物が男の口に飛び込んだ。
肉を炸裂させる音を響かせながら高等部から飛び出てくる。血と肉片が奇妙でべたついた音を伴って不快なノイズを放った。
頭部を破壊された男の肉体が仰け反るように転がる。即死だった。水色の化け物は一ミリの情けも容赦もなく男を殺していた。
……これは、口封じ?
アイシャはよろよろとファイティングポーズをとる。
ヨウジも険しい表情で身構えた。ラッドウインプスが彼のすぐ傍に浮遊しぱたぱたと羽を動かしながら水色の化け物を睨みつけている。
「シスター、君には僕を殴れないよ」
水色の化け物がクククと笑った。
「それに僕の受けた命令は負けたアクセルの始末。今、君たちとやり合うつもりはないよ」
「あいつの……ソウルハンターの仲間なのよね。あいつはどこにいるの?」
「それ、答えると本気で思ってるの?」
クククと水色の化け物が嘲る。
「じゃあね」
水色の化け物が男の遺体から池へとジャンプする。飛沫を上げながら水は放物線を描いて池へと還っていった。
アイシャとヨウジは池を覗き込むが水色の化け物は見当たらない。
「おい、出てこい! 逃げるなんて卑怯だぞ!」
ヨウジが叫んだが返事をする者などどこにもいない。
ただきらきらと陽光に照らされた水面が反射するのみであった。